18 蜻蛉・手習

2020-02-27

蜻蛉

第一章 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転
 [第一段 宇治の浮舟失踪]
 かしこには、人びと、おはせぬを求め騒げど、かひなし。物語の姫君の、人に盗まれたらむ明日のやうなれば、詳しくも言ひ続けず。京より、ありし使の帰らずなりにしかば、おぼつかなしとて、また人おこせたり。

 「まだ、鶏の鳴くになむ、出だし立てさせたまへる」

 と使の言ふに、いかに聞こえむと、乳母よりはじめて、あわて惑ふこと限りなし。思ひやる方なくて、ただ騷ぎ合へるを、かの心知れるどちなむ、いみじくものを思ひたまへりしさまを思ひ出づるに、「身を投げたまへるか」とは思ひ寄りける。

 泣く泣くこの文を開けたれば、

 「いとおぼつかなさに、まどろまれはべらぬけにや、今宵は夢にだにうちとけても見えず。物に襲はれつつ、心地も例ならずうたてはべるを。なほいと恐ろしく、ものへ渡らせたまはむことは近くなれど、そのほど、ここに迎へたてまつりてむ。今日は雨降りはべりぬべければ」

 などあり。昨夜の御返りをも開けて見て、右近いみじう泣く。

 「さればよ。心細きことは聞こえたまひけり。我に、などかいささかのたまふことのなかりけむ。幼かりしほどより、つゆ心置かれたてまつることなく、塵ばかり隔てなくてならひたるに、今は限りの道にしも、我を後らかし、けしきをだに見せたまはざりけるがつらきこと」

 と思ふに、足摺りといふことをして泣くさま、若き子どものやうなり。いみじく思したる御けしきは、見たてまつりわたれど、かけても、かくなべてならずおどろおどろしきこと、思し寄らむものとは見えざりつる人の御心ざまを、「なほ、いかにしつることにか」とおぼつかなくいみじ。

 乳母は、なかなかものもおぼえで、ただ、「いかさまにせむ。いかさまにせむ」とぞ言はれける。

 [第二段 匂宮から宇治へ使者派遣]

 宮にも、いと例ならぬけしきありし御返り、「いかに思ふならむ。我を、さすがにあひ思ひたるさまながら、あだなる心なりとのみ、深く疑ひたれば、他へ行き隠れむとにやあらむ」と思し騷ぎ、御使あり。

 ある限り泣き惑ふほどに来て、御文もえたてまつらず。

 「いかなるぞ」

 と下衆女に問へば、

 「上の、今宵、にはかに亡せたまひにければ、ものもおぼえたまはず。頼もしき人もおはしまさぬ折なれば、さぶらひたまふ人びとは、ただものに当たりてなむ惑ひたまふ」

 と言ふ。心も深く知らぬ男にて、詳しう問はで参りぬ。

 「かくなむ」と申させたるに、夢とおぼえて、

 「いとあやし。いたくわづらふとも聞かず。日ごろ、悩ましとのみありしかど、昨日の返り事はさりげもなくて、常よりもをかしげなりしものを」

 と、思しやる方なければ、

 「時方、行きてけしき見、たしかなること問ひ聞け」

 とのたまへば、

 「かの大将殿、いかなることか、聞きたまふことはべりけむ、宿直する者おろかなり、など戒め仰せらるるとて、下人のまかり出づるをも、見とがめ問ひはべるなれば、ことづくることなくて、時方まかりたらむを、ものの聞こえはべらば、思し合はすることなどやはべらむ。さて、にはかに人の亡せたまへらむ所は、論なう騒がしう、人しげくはべらむを」と聞こゆ。

 「さりとては、いとおぼつかなくてやあらむ。なほ、とかくさるべきさまに構へて、例の、心知れる侍従などに会ひて、いかなることをかく言ふぞ、と案内せよ。下衆はひがことも言ふなり」

 とのたまへば、いとほしき御けしきもかたじけなくて、夕つ方行く。

 [第三段 時方、宇治に到着]

 かやすき人は、疾く行き着きぬ。雨少し降り止みたれど、わりなき道にやつれて、下衆のさまにて来たれば、人多く立ち騷ぎて、

 「今宵、やがてをさめたてまつるなり」

 など言ふを聞く心地も、あさましくおぼゆ。右近に消息したれども、え会はず、

 「ただ今、ものおぼえず。起き上がらむ心地もせでなむ。さるは、今宵ばかりこそ、かくも立ち寄りたまはめ、え聞こえぬこと」

 と言はせたり。

 「さりとて、かくおぼつかなくては、いかが帰り参りはべらむ。今一所だに」

 と切に言ひたれば、侍従ぞ会ひたりける。

 「いとあさまし。思しもあへぬさまにて亡せたまひにたれば、いみじと言ふにも飽かず、夢のやうにて、誰も誰も惑ひはべるよしを申させたまへ。すこしも心地のどめはべりてなむ、日ごろも、もの思したりつるさま、一夜、いと心苦しと思ひきこえさせたまへりしありさまなども、聞こえさせはべるべき。この穢らひなど、人の忌みはべるほど過ぐして、今一度立ち寄りたまへ」

 と言ひて、泣くこといといみじ。

 [第四段 乳母、悲嘆に暮れる]

 内にも泣く声々のみして、乳母なるべし、

 「あが君や、いづ方にかおはしましぬる。帰りたまへ。むなしき骸をだに見たてまつらぬが、かひなく悲しくもあるかな。明け暮れ見たてまつりても飽かずおぼえたまひ、いつしかかひある御さまを見たてまつらむと、朝夕に頼みきこえつるにこそ、命も延びはべりつれ。うち捨てたまひて、かく行方も知らせたまはぬこと。

 鬼神も、あが君をばえ領じたてまつらじ。人のいみじく惜しむ人をば、帝釈も返したまふなり。あが君を取りたてまつりたらむ、人にまれ鬼にまれ、返したてまつれ。亡き御骸をも見たてまつらむ」

 と言ひ続くるが、心得ぬことども混じるを、あやしと思ひて、

 「なほ、のたまへ。もし、人の隠しきこえたまへるか。たしかに聞こし召さむと、御身の代はりに出だし立てさせたまへる御使なり。今は、とてもかくてもかひなきことなれど、後にも聞こし召し合はすることのはべらむに、違ふこと混じらば、参りたらむ御使の罪なるべし。

 また、さりともと頼ませたまひて、『君たちに対面せよ』と仰せられつる御心ばへも、かたじけなしとは思されずや。女の道に惑ひたまふことは、人の朝廷にも、古き例どもありけれど、またかかること、この世にはあらじ、となむ見たてまつる」

 と言ふに、「げに、いとあはれなる御使にこそあれ。隠すとすとも、かくて例ならぬことのさま、おのづから聞こえなむ」と思ひて、

 「などか、いささかにても、人や隠いたてまつりたまふらむ、と思ひ寄るべきことあらむには、かくしもある限り惑ひはべらむ。日ごろ、いといみじくものを思し入るめりしかば、かの殿の、わづらはしげに、ほのめかし聞こえたまふことなどもありき。

 御母にものしたまふ人も、かくののしる乳母なども、初めより知りそめたりし方に渡りたまはむ、となむいそぎ立ちて、この御ことをば、人知れぬさまにのみ、かたじけなくあはれと思ひきこえさせたまへりしに、御心乱れけるなるべし。あさましう、心と身を亡くなしたまへるやうなれば、かく心の惑ひに、ひがひがしく言ひ続けらるるなめり」

 と、さすがに、まほならずほのめかす。心得がたくおぼえて、

 「さらば、のどかに参らむ。立ちながらはべるも、いとことそぎたるやうなり。今、御みづからもおはしましなむ」

 と言へば、

 「あな、かたじけな。今さら、人の知りきこえさせむも、亡き御ためは、なかなかめでたき御宿世見ゆべきことなれど、忍びたまひしことなれば、また漏らさせたまはで、止ませたまはむなむ、御心ざしにはべるべき」

 ここには、かく世づかず亡せたまへるよしを、人に聞かせじと、よろづに紛らはすを、「自然にことどものけしきもこそ見ゆれ」と思へば、かくそそのかしやりつ。

 [第五段 浮舟の母、宇治に到着]

 雨のいみじかりつる紛れに、母君も渡りたまへり。さらに言はむ方もなく、

 「目の前に亡くなしたらむ悲しさは、いみじうとも、世の常にて、たぐひあることなり。これは、いかにしつることぞ」

 と惑ふ。かかることどもの紛れありて、いみじうもの思ひたまふらむとも知らねば、身を投げたまへらむとも思ひも寄らず、

 「鬼や食ひつらむ。狐めくものや取りもて去ぬらむ。いと昔物語のあやしきもののことのたとひにか、さやうなることも言ふなりし」

 と思ひ出づ。

 「さては、かの恐ろしと思ひきこゆるあたりに、心など悪しき御乳母やうの者や、かう迎へたまふべしと聞きて、めざましがりて、たばかりたる人もやあらむ」

 と、下衆などを疑ひ、

 「今参りの、心知らぬやある」

 と問へば、

 「いと世離れたりとて、ありならはぬ人は、ここにてはかなきこともえせず、今とく参らむ、と言ひてなむ、皆、そのいそぐべきものどもなど取り具しつつ、帰り出ではべりにし」

 とて、もとよりある人だに、片へはなくて、いと人少ななる折になむありける。

 [第六段 侍従ら浮舟の葬儀を営む]

 侍従などこそ、日ごろの御けしき思ひ出で、「身を失ひてばや」など、泣き入りたまひし折々のありさま、書き置きたまへる文をも見るに、「亡き影に」と書きすさびたまへるものの、硯の下にありけるを見つけて、川の方を見やりつつ、響きののしる水の音を聞くにも、疎ましく悲しと思ひつつ、

 「さて、亡せたまひけむ人を、とかく言ひ騷ぎて、いづくにもいづくにも、いかなる方になりたまひにけむ、と思し疑はむも、いとほしきこと」

 と言ひ合はせて、

 「忍びたる事とても、御心より起こりてありしことならず。親にて、亡き後に聞きたまへりとも、いとやさしきほどならぬを、ありのままに聞こえて、かくいみじくおぼつかなきことどもをさへ、かたがた思ひ惑ひたまふさまは、すこし明らめさせたてまつらむ。亡くなりたまへる人とても、骸を置きてもて扱ふこそ、世の常なれ、世づかぬけしきにて日ごろも経ば、さらに隠れあらじ。なほ、聞こえて、今は世の聞こえをだにつくろはむ」

 と語らひて、忍びてありしさまを聞こゆるに、言ふ人も消え入り、え言ひやらず、聞く心地も惑ひつつ、「さは、このいと荒ましと思ふ川に、流れ亡せたまひにけり」と思ふに、いとど我も落ち入りぬべき心地して、

 「おはしましにけむ方を尋ねて、骸をだにはかばかしくをさめむ」

 とのたまへど、

 「さらに何のかひはべらじ。行方も知らぬ大海の原にこそおはしましにけめ。さるものから、人の言ひ伝へむことは、いと聞きにくし」

 と聞こゆれば、とざまかくざまに思ふに、胸のせきのぼる心地して、いかにもいかにもすべき方もおぼえたまはぬを、この人びと二人して、車寄せさせて、御座ども、気近う使ひたまひし御調度ども、皆ながら脱ぎ置きたまへる御衾などやうのものを取り入れて、乳母子の大徳、それが叔父の阿闍梨、その弟子の睦ましきなど、もとより知りたる老法師など、御忌に籠もるべき限りして、人の亡くなりたるけはひにまねびて、出だし立つるを、乳母、母君は、いといみじくゆゆしと臥しまろぶ。

 [第七段 侍従ら真相を隠す]

 大夫、内舎人など、脅しきこえし者どもも参りて、

 「御葬送の事は、殿に事のよしも申させたまひて、日定められ、いかめしうこそ仕うまつらめ」

 など言ひけれど、

 「ことさら、今宵過ぐすまじ。いと忍びてと思ふやうあればなむ」

 とて、この車を、向かひの山の前なる原にやりて、人も近うも寄せず、この案内知りたる法師の限りして焼かす。いとはかなくて、煙は果てぬ。田舎人どもは、なかなか、かかることをことことしくしなし、言忌みなど深くするものなりければ、

 「いとあやしう。例の作法など、あることども知らず、下衆下衆しく、あへなくてせられぬることかな」

 と誹りければ、

 「片へおはする人は、ことさらにかくなむ、京の人はしたまふ」

 などぞ、さまざまになむやすからず言ひける。

 「かかる人どもの言ひ思ふことだに慎ましきを、まして、ものの聞こえ隠れなき世の中に、大将殿わたりに、骸もなく亡せたまひにけり、と聞かせたまはば、かならず思ほし疑ふこともあらむを、宮はた、同じ御仲らひにて、さる人のおはしおはせず、しばしこそ忍ぶとも思さめ、つひには隠れあらじ。

 また、定めて宮をしも疑ひきこえたまはじ。いかなる人か率て隠しけむなどぞ、思し寄せむかし。生きたまひての御宿世は、いと気高くおはせし人の、げに亡き影に、いみじきことをや疑はれたまはむ」

 と思へば、ここの内なる下人どもにも、今朝のあわたたしかりつる惑ひに、「けしきも見聞きつるには口かため、案内知らぬには聞かせじ」などぞたばかりける。

 「ながらへては、誰にも、静やかに、ありしさまをも聞こえてむ。ただ今は、悲しさ覚めぬべきこと、ふと人伝てに聞こし召さむは、なほいといとほしかるべきことなるべし」

 と、この人二人ぞ、深く心の鬼添ひたれば、もて隠しける。

 

第二章 浮舟の物語 浮舟失踪と薫、匂宮
 [第一段 薫、石山寺で浮舟失踪の報に接す]
 大将殿は、入道の宮の悩みたまひければ、石山に籠もりたまひて、騷ぎたまふころなりけり。さて、いとどかしこをおぼつかなう思しけれど、はかばかしう、「さなむ」と言ふ人はなかりければ、かかるいみじきことにも、まづ御使のなきを、人目も心憂しと思ふに、御荘の人なむ参りて、「しかしか」と申させければ、あさましき心地したまひて、御使、そのまたの日、まだつとめて参りたり。

 「いみじきことは、聞くままにみづからもすべきに、かく悩みたまふ御ことにより、慎みて、かかる所に日を限りて籠もりたればなむ。昨夜のことは、などか、ここに消息して、日を延べてもさることはするものを、いと軽らかなるさまにて、急ぎせられにける。とてもかくても、同じ言ふかひなさなれど、とぢめのことをしも、山賤の誹りをさへ負ふなむ、ここのためもからき」

 など、かの睦ましき大蔵大輔してのたまへり。御使の来たるにつけても、いとどいみじきに、聞こえむ方なきことどもなれば、ただ涙におぼほれたるばかりをかことにて、はかばかしうもいらへやらずなりぬ。

 [第二段 薫の後悔]

 殿は、なほ、いとあへなくいみじと聞きたまふにも、

 「心憂かりける所かな。鬼などや住むらむ。などて、今までさる所に据ゑたりつらむ。思はずなる筋の紛れあるやうなりしも、かく放ち置きたるに、心やすくて、人も言ひ犯したまふなりけむかし」

 と思ふにも、わがたゆく世づかぬ心のみ悔しく、御胸痛くおぼえたまふ。悩ませたまふあたりに、かかること思し乱るるもうたてあれば、京におはしぬ。

 宮の御方にも渡りたまはず、

 「ことことしきほどにもはべらねど、ゆゆしきことを近う聞きつれば、心の乱れはべるほども忌ま忌ましうて」

 など聞こえたまひて、尽きせずはかなくいみじき世を嘆きたまふ。ありしさま容貌、いと愛敬づき、をかしかりしけはひなどの、いみじく恋しく悲しければ、

 「うつつの世には、などかくしも思ひ晴れず、のどかにて過ぐしけむ。ただ今は、さらに思ひ静めむ方なきままに、悔しきことの数知らず。かかることの筋につけて、いみじうものすべき宿世なりけり。さま異に心ざしたりし身の、思ひの外に、かく例の人にてながらふるを、仏などの憎しと見たまふにや。人の心を起こさせむとて、仏のしたまふ方便は、慈悲をも隠して、かやうにこそはあなれ」

 と思ひ続けたまひつつ、行ひをのみしたまふ。

 [第三段 匂宮悲しみに籠もる]

 かの宮はた、まして、二、三日はものもおぼえたまはず、うつし心もなきさまにて、「いかなる御もののけならむ」など騒ぐに、やうやう涙尽くしたまひて、思し静まるにしもぞ、ありしさまは恋しういみじく思ひ出でられたまひける。人には、ただ御病の重きさまをのみ見せて、「かくすぞろなるいやめのけしき知らせじ」と、かしこくもて隠すと思しけれど、おのづからいとしるかりければ、

 「いかなることにかく思し惑ひ、御命も危ふきまで沈みたまふらむ」

 と、言ふ人もありければ、かの殿にも、いとよくこの御けしきを聞きたまふに、「さればよ。なほ、よその文通はしのみにはあらぬなりけり。見たまひては、かならずさ思しぬべかりし人ぞかし。ながらへましかば、ただなるよりぞ、わがためにをこなることも出で来なまし」と思すになむ、焦がるる胸もすこし冷むる心地したまひける。

 [第四段 薫、匂宮を訪問]

 宮の御訪らひに、日々に参りたまはぬ人なく、世の騷ぎとなれるころ、「ことことしき際ならぬ思ひに籠もりゐて、参らざらむもひがみたるべし」と思して参りたまふ。

 そのころ、式部卿宮と聞こゆるも亡せたまひにければ、御叔父の服にて薄鈍なるも、心のうちにあはれに思ひよそへられて、つきづきしく見ゆ。すこし面痩せて、いとどなまめかしきことまさりたまへり。人びとまかり出でて、しめやかなる夕暮なり。

 宮、臥し沈みてはなき御心地なれば、疎き人にこそ会ひたまはね、御簾の内にも例入りたまふ人には、対面したまはずもあらず。見えたまはむもあいなくつつまし。見たまふにつけても、いとど涙のまづせきがたさを思せど、思ひ静めて、

 「おどろおどろしき心地にもはべらぬを、皆人、慎むべき病のさまなり、とのみものすれば、内裏にも宮にも思し騒ぐがいと苦しく、げに、世の中の常なきをも、心細く思ひはべる」

 とのたまひて、おし拭ひ紛らはしたまふと思す涙の、やがてとどこほらずふり落つれば、いとはしたなけれど、「かならずしもいかでか心得む。ただめめしく心弱きとや見ゆらむ」と思すも、「さりや。ただこのことをのみ思すなりけり。いつよりなりけむ。我をいかにをかしと、もの笑ひしたまふ心地に、月ごろ思しわたりつらむ」

 と思ふに、この君は、悲しさは忘れたまへるを、

 「こよなくも、おろかなるかな。ものの切におぼゆる時は、いとかからぬことにつけてだに、空飛ぶ鳥の鳴き渡るにも、もよほされてこそ悲しけれ。わがかくすぞろに心弱きにつけても、もし心得たらむに、さ言ふばかり、もののあはれも知らぬ人にもあらず。世の中の常なきこと惜しみて思へる人しもつれなき」

 と、うらやましくも心にくくも思さるるものから、真木柱はあはれなり。これに向かひたらむさまも思しやるに、「形見ぞかし」とも、うちまもりたまふ。

 [第五段 薫、匂宮と語り合う]

 やうやう世の物語聞こえたまふに、「いと籠めてしもはあらじ」と思して、

 「昔より、心に籠めてしばしも聞こえさせぬこと残しはべる限りは、いといぶせくのみ思ひたまへられしを、今は、なかなか上臈になりにてはべり。まして、御暇なき御ありさまにて、心のどかにおはします折もはべらねば、宿直などに、そのこととなくてはえさぶらはず、そこはかとなくて過ぐしはべるをなむ。

 昔、御覧ぜし山里に、はかなくて亡せはべりにし人の、同じゆかりなる人、おぼえぬ所にはべりと聞きつけはべりて、時々さて見つべくや、と思ひたまへしに、あいなく人の誹りもはべりぬべかりし折なりしかば、このあやしき所に置きてはべりしを、をさをさまかりて見ることもなく、また、かれも、なにがし一人をあひ頼む心もことになくてやありけむ、とは見たまひつれど、やむごとなくものものしき筋に思ひたまへばこそあらめ、見るにはた、ことなる咎もはべらずなどして、心やすくらうたしと思ひたまへつる人の、いとはかなくて亡くなりはべりにける。なべて世のありさまを思ひたまへ続けはべるに、悲しくなむ。聞こし召すやうもはべらむかし」

 とて、今ぞ泣きたまふ。

 これも、「いとかうは見えたてまつらじ。をこなり」と思ひつれど、こぼれそめてはいと止めがたし。けしきのいささか乱り顔なるを、「あやしく、いとほし」と思せど、つれなくて、

 「いとあはれなることにこそ。昨日ほのかに聞きはべりき。いかにとも聞こゆべく思ひはべりながら、わざと人に聞かせたまはぬこと、と聞きはべりしかばなむ」

 と、つれなくのたまへど、いと堪へがたければ、言少なにておはします。

 「さる方にても御覧ぜさせばや、と思ひたまへりし人になむ。おのづからさもやはべりけむ、宮にも参り通ふべきゆゑはべりしかば」

 など、すこしづつけしきばみて、

 「御心地例ならぬほどは、すぞろなる世のこと聞こし召し入れ、御耳おどろくも、あいなきことになむ。よく慎ませおはしませ」

 など、聞こえ置きて、出でたまひぬ。

 [第六段 人は非情の者に非ず]

 「いみじくも思したりつるかな。いとはかなかりけれど、さすがに高き人の宿世なりけり。当時の帝、后の、さばかりかしづきたてまつりたまふ親王、顔容貌よりはじめて、ただ今の世にはたぐひおはせざめり。見たまふ人とても、なのめならず、さまざまにつけて、限りなき人をおきて、これに御心を尽くし、世の人立ち騷ぎて、修法、読経、祭、祓と、道々に騒ぐは、この人を思すゆかりの、御心地のあやまりにこそはありけれ。

 我も、かばかりの身にて、時の帝の御女を持ちたてまつりながら、この人のらうたくおぼゆる方は、劣りやはしつる。まして、今はとおぼゆるには、心をのどめむ方なくもあるかな。さるは、をこなり、かからじ」

 と思ひ忍ぶれど、さまざまに思ひ乱れて、

 「人木石に非ざれば皆情けあり」

 と、うち誦じて臥したまへり。

 後のしたためなども、いとはかなくしてけるを、「宮にもいかが聞きたまふらむ」と、いとほしくあへなく、「母のなほなほしくて、兄弟あるはなど、さやうの人は言ふことあんなるを思ひて、こと削ぐなりけむかし」など、心づきなく思す。

 おぼつかなさも限りなきを、ありけむさまもみづから聞かまほしと思せど、「長籠もりしたまはむも便なし。行きと行きて立ち帰らむも心苦し」など、思しわづらふ。

 

第三章 匂宮の物語 匂宮、侍従を迎えて語り合う
 [第一段 四月、薫と匂宮、和歌を贈答]
 月たちて、「今日ぞ渡らまし」と思し出でたまふ日の夕暮、いとものあはれなり。御前近き橘の香のなつかしきに、ほととぎすの二声ばかり鳴きて渡る。「宿に通はば」と独りごちたまふも飽かねば、北の宮に、ここに渡りたまふ日なりければ、橘を折らせて聞こえたまふ。

 「忍び音や君も泣くらむかひもなき
  死出の田長に心通はば」

 宮は、女君の御さまのいとよく似たるを、あはれと思して、二所眺めたまふ折なりけり。「けしきある文かな」と見たまひて、

 「橘の薫るあたりはほととぎす
  心してこそ鳴くべかりけれ
 わづらはし」

 と書きたまふ。

 女君、このことのけしきは、皆見知りたまひてけり。「あはれにあさましきはかなさの、さまざまにつけて心深きなかに、我一人もの思ひ知らねば、今までながらふるにや。それもいつまで」と心細く思す。宮も、隠れなきものから、隔てたまふもいと心苦しければ、ありしさまなど、すこしはとり直しつつ語りきこえたまふ。

 「隠したまひしがつらかりし」

 など、泣きみ笑ひみ聞こえたまふにも、異人よりは睦ましくあはれなり。ことことしくうるはしくて、例ならぬ御ことのさまも、おどろき惑ひたまふ所にては、御訪らひの人しげく、父大臣、兄の君たち隙なきも、いとうるさきに、ここはいと心やすくて、なつかしくぞ思されける。

 [第二段 匂宮、右近を迎えに時方派遣]

 いと夢のやうにのみ、なほ、「いかで、いとにはかなりけることにかは」とのみいぶせければ、例の人びと召して、右近を迎へに遣はす。母君も、さらにこの水の音けはひを聞くに、我もまろび入りぬべく、悲しく心憂きことのどまるべくもあらねば、いとわびしうて帰りたまひにけり。

 念仏の僧どもを頼もしき者にて、いとかすかなるに入り来たれば、ことことしく、にはかに立ちめぐりし宿直人どもも、見とがめず。「あやにくに、限りのたびしも入れたてまつらずなりにしよ」と、思ひ出づるもいとほし。

 「さるまじきことを思ほし焦がるること」と、見苦しく見たてまつれど、ここに来ては、おはしましし夜な夜なのありさま、抱かれたてまつりたまひて、舟に乗りたまひしけはひの、あてにうつくしかりしことなどを思ひ出づるに、心強き人なくあはれなり。右近会ひて、いみじう泣くもことわりなり。

 「かくのたまはせて、御使になむ参りつる」

 と言へば、

 「今さらに、人もあやしと言ひ思はむも慎ましく、参りても、はかばかしく聞こし召し明らむばかり、もの聞こえさすべき心地もしはべらず。この御忌果てて、あからさまにもなむ、と人に言ひなさむも、すこし似つかはしかりぬべきほどになしてこそ、心より外の命はべらば、いささか思ひ静まらむ折になむ、仰せ言なくとも参りて、げにいと夢のやうなりしことどもも、語りきこえまほしき」

 と言ひて、今日は動くべくもあらず。

 [第三段 時方、侍従と語る]

 大夫も泣きて、

 「さらに、この御仲のこと、こまかに知りきこえさせはべらず。物の心知りはべらずながら、たぐひなき御心ざしを見たてまつりはべりしかば、君たちをも、何かは急ぎてしも聞こえ承らむ。つひには仕うまつるべきあたりにこそ、と思ひたまへしを、言ふかひなく悲しき御ことの後は、私の御心ざしも、なかなか深さまさりてなむ」

 と語らふ。

 「わざと御車など思しめぐらして、奉れたまへるを、空しくては、いといとほしうなむ。今一所にても参りたまへ」

 と言へば、侍従の君呼び出でて、

 「さは、参りたまへ」

 と言へば、

 「まして何事をかは聞こえさせむ。さても、なほ、この御忌のほどにはいかでか。忌ませたまはぬか」

 と言へば、

 「悩ませたまふ御響きに、さまざまの御慎みどもはべめれど、忌みあへさせたまふまじき御けしきになむ。また、かく深き御契りにては、籠もらせたまひてもこそおはしまさめ。残りの日いくばくならず。なほ一所参りたまへ」

 と責むれば、侍従ぞ、ありし御さまもいと恋しう思ひきこゆるに、「いかならむ世にかは見たてまつらむ、かかる折に」と思ひなして参りける。

 [第四段 侍従、京の匂宮邸へ]

 黒き衣ども着て、引きつくろひたる容貌もいときよげなり。裳は、ただ今我より上なる人なきにうちたゆみて、色も変へざりければ、薄色なるを持たせて参る。

 「おはせましかば、この道にぞ忍びて出でたまはまし。人知れず心寄せきこえしものを」など思ふにもあはれなり。道すがら泣く泣くなむ来ける。

 宮は、この人参れり、と聞こし召すもあはれなり。女君には、あまりうたてあれば、聞こえたまはず。寝殿におはしまして、渡殿に降ろしたまへり。ありけむさまなど詳しう問はせたまふに、日ごろ思し嘆きしさま、その夜泣きたまひしさま、

 「あやしきまで言少なに、おぼおぼとのみものしたまひて、いみじと思すことをも、人にうち出でたまふことは難く、ものづつみをのみしたまひしけにや、のたまひ置くこともはべらず。夢にも、かく心強きさまに思しかくらむとは、思ひたまへずなむはべりし」

 など、詳しう聞こゆれば、ましていといみじう、「さるべきにても、ともかくもあらましよりも、いかばかりものを思ひ立ちて、さる水に溺れけむ」と思しやるに、「これを見つけて堰きとめたらましかば」と、湧きかへる心地したまへど、かひなし。

 「御文を焼き失ひたまひしなどに、などて目を立てはべらざりけむ」

 など、夜一夜語らひたまふに、聞こえ明かす。かの巻数に書きつけたまへりし、母君の返り事などを聞こゆ。

 [第五段 侍従、宇治へ帰る]

 何ばかりのものとも御覧ぜざりし人も、睦ましくあはれに思さるれば、

 「わがもとにあれかし。あなたももて離るべくやは」

 とのたまへば、

 「さて、さぶらはむにつけても、もののみ悲しからむを思ひたまへれば、今この御果てなど過ぐして」

 と聞こゆ。「またも参れ」など、この人をさへ、飽かず思す。

 暁帰るに、かの御料にとてまうけさせたまひける櫛の筥一具、衣筥一具、贈物にせさせたまふ。さまざまにせさせたまふことは多かりけれど、おどろおどろしかりぬべければ、ただこの人に仰せたるほどなりけり。

 「なに心もなく参りて、かかることどものあるを、人はいかが見む。すずろにむつかしきわざかな」

 と思ひわぶれど、いかがは聞こえ返さむ。

 右近と二人、忍びて見つつ、つれづれなるままに、こまかに今めかしうし集めたることどもを見ても、いみじう泣く。装束もいとうるはしうし集めたるものどもなれば、

 「かかる御服に、これをばいかでか隠さむ」

 など、もてわづらひける。

 

第四章 薫の物語 薫、浮舟の法事を営む
 [第一段 薫、宇治を訪問]
 大将殿も、なほ、いとおぼつかなきに、思し余りておはしたり。道のほどより、昔の事どもかき集めつつ、

 「いかなる契りにて、この父親王の御もとに来そめけむ。かかる思ひかけぬ果てまで思ひあつかひ、このゆかりにつけては、ものをのみ思ふよ。いと尊くおはせしあたりに、仏をしるべにて、後の世をのみ契りしに、心きたなき末の違ひめに、思ひ知らするなめり」

 とぞおぼゆる。右近召し出でて、

 「ありけむさまもはかばかしう聞かず、なほ、尽きせずあさましう、はかなければ、忌の残りもすくなくなりぬ。過ぐして、と思ひつれど、静めあへずものしつるなり。いかなる心地にてか、はかなくなりたまひにし」

 と問ひたまふに、「尼君なども、けしきは見てければ、つひに聞きあはせたまはむを、なかなか隠しても、こと違ひて聞こえむに、そこなはれぬべし。あやしきことの筋にこそ、虚言も思ひめぐらしつつならひしか。かくまめやかなる御けしきにさし向かひきこえては、かねて、と言はむ、かく言はむと、まうけし言葉をも忘れ、わづらはしう」おぼえければ、ありしさまのことどもを聞こえつ。

 [第二段 薫、真相を聞きただす]

 あさましう、思しかけぬ筋なるに、物もとばかりのたまはず。

 「さらにあらじとおぼゆるかな。なべての人の思ひ言ふことをも、こよなく言少なに、おほどかなりし人は、いかでかさるおどろおどろしきことは思ひ立つべきぞ。いかなるさまに、この人びと、もてなして言ふにか」

 と御心も乱れまさりたまへど、「宮も思し嘆きたるけしき、いとしるし、事のありさまも、しかつれなしづくりたらむけはひは、おのづから見えぬべきを、かくおはしましたるにつけても、悲しくいみじきことを、上下の人集ひて泣き騒ぐを」と、聞きたまへば、

 「御供に具して失せたる人やある。なほ、ありけむさまをたしかに言へ。我をおろかに思ひて背きたまふことは、よもあらじとなむ思ふ。いかやうなる、たちまちに、言ひ知らぬことありてか、さるわざはしたまはむ。我なむえ信ずまじき」

 とのたまへば、「いとどしく、さればよ」とわづらはしくて、

 「おのづから聞こし召しけむ。もとより思すさまならで生ひ出でたまへりし人の、世離れたる御住まひの後は、いつとなくものをのみ思すめりしかど、たまさかにもかく渡りおはしますを、待ちきこえさせたまふに、もとよりの御身の嘆きをさへ慰めたまひつつ、心のどかなるさまにて、時々も見たてまつらせたまふべきやうには、いつしかとのみ、言に出でてはのたまはねど、思しわたるめりしを、その御本意かなふべきさまに承ることどもはべりしに、かくてさぶらふ人どもも、うれしきことに思ひたまへいそぎ、かの筑波山も、からうして心ゆきたるけしきにて、渡らせたまはむことをいとなみ思ひたまへしに、心得ぬ御消息はべりけるに、この宿直仕うまつる者どもも、女房たちらうがはしかなり、など、戒め仰せらるることなど申して、ものの心得ず荒々しきは田舎人どもの、あやしきさまにとりなしきこゆることどもはべりしを、その後、久しう御消息などもはべらざりしに、心憂き身なりとのみ、いはけなかりしほどより思ひ知るを、人数にいかで見なさむとのみ、よろづに思ひ扱ひたまふ母君の、なかなかなることの、人笑はれになりては、いかに思ひ嘆かむ、などおもむけてなむ、常に嘆きたまひし。

 その筋よりほかに、何事をかと、思ひたまへ寄るに、堪へはべらずなむ。鬼などの隠しきこゆとも、いささか残る所もはべるなるものを」

 とて、泣くさまもいみじければ、「いかなることにか」と紛れつる御心も失せて、せきあへたまはず。

 [第三段 薫、匂宮と浮舟の関係を知る]

 「我は心に身をもまかせず、顕証なるさまにもてなされたるありさまなれば、おぼつかなしと思ふ折も、今近くて、人の心置くまじく、目やすきさまにもてなして、行く末長くを、と思ひのどめつつ過ぐしつるを、おろかに見なしたまひつらむこそ、なかなか分くる方ありける、とおぼゆれ。

 今は、かくだに言はじと思へど、また人の聞かばこそあらめ。宮の御ことよ。いつよりありそめけむ。さやうなるにつけてや、いとかたはに、人の心を惑はしたまふ宮なれば、常にあひ見たてまつらぬ嘆きに、身をも失ひたまへる、となむ思ふ。なほ、言へ。我には、さらにな隠しそ」

 とのたまへば、「たしかにこそは聞きたまひてけれ」と、いといとほしくて、

 「いと心憂きことを聞こし召しけるにこそははべるなれ。右近もさぶらはぬ折ははべらぬものを」

 と眺めやすらひて、

 「おのづから聞こし召しけむ。この宮の上の御方に、忍びて渡らせたまへりしを、あさましく思ひかけぬほどに、入りおはしたりしかど、いみじきことを聞こえさせはべりて、出でさせたまひにき。それに懼ぢたまひて、かのあやしくはべりし所には渡らせたまへりしなり。

 その後、音にも聞こえじ、と思してやみにしを、いかでか聞かせたまひけむ。ただ、この如月ばかりより、訪れきこえたまふべし。御文は、いとたびたびはべりしかど、御覧じ入るることもはべらざりき。いとかたじけなく、うたてあるやうになどぞ、右近など聞こえさせしかば、一度二度や聞こえさせたまひけむ。それより他のことは見たまへず」

 と聞こえさす。

 「かうぞ言はむかし。しひて問はむもいとほしく」て、つくづくとうち眺めつつ、

 「宮をめづらしくあはれと思ひきこえても、わが方をさすがにおろかに思はざりけるほどに、いと明らむるところなく、はかなげなりし心にて、この水の近きをたよりにて、思ひ寄るなりけむかし。わがここにさし放ち据ゑざらましかば、いみじく憂き世に経とも、いかでか、かならず深き谷をも求め出でまし」

 と、「いみじう憂き水の契りかな」と、この川の疎ましう思さるること、いと深し。年ごろ、あはれと思ひそめたりし方にて、荒き山路を行き帰りしも、今は、また心憂くて、この里の名をだにえ聞くまじき心地したまふ。

 [第四段 薫、宇治の過去を追懐す]

 「宮の上の、のたまひ始めし、人形とつけそめたりしさへゆゆしう、ただ、わが過ちに失ひつる人なり」と思ひもてゆくには、「母のなほ軽びたるほどにて、後の後見もいとあやしく、ことそぎてしなしけるなめり」と心ゆかず思ひつるを、詳しう聞きたまふになむ、

 「いかに思ふらむ。さばかりの人の子にては、いとめでたかりし人を、忍びたることはかならずしもえ知らで、わがゆかりにいかなることのありけるならむ、とぞ思ふなるらむかし」

 など、よろづにいとほしく思す。穢らひといふことはあるまじけれど、御供の人目もあれば、昇りたまはで、御車の榻を召して、妻戸の前にぞゐたまひけるも、見苦しければ、いと茂き木の下に、苔を御座にて、とばかり居たまへり。「今はここを来て見むことも心憂かるべし」とのみ、見めぐらしたまひて、

 「我もまた憂き古里を荒れはてば
  誰れ宿り木の蔭をしのばむ」

 阿闍梨、今は律師なりけり。召して、この法事のことおきてさせたまふ。念仏僧の数添へなどせさせたまふ。「罪いと深かなるわざ」と思せば、軽むべきことをぞすべき、七日七日に経仏供養ずべきよしなど、こまかにのたまひて、いと暗うなりぬるに帰りたまふも、「あらましかば、今宵帰らましやは」とのみなむ。

 尼君に消息せさせたまへれど、

 「いともいともゆゆしき身をのみ思ひたまへ沈みて、いとどものも思ひたまへられず、ほれはべりてなむ、うつぶし臥してはべる」

 と聞こえて、出で来ねば、しひても立ち寄りたまはず。

 道すがら、とく迎へ取りたまはずなりにけること悔しう、水の音の聞こゆる限りは、心のみ騷ぎたまひて、「骸をだに尋ねず、あさましくてもやみぬるかな。いかなるさまにて、いづれの底のうつせに混じりけむ」など、やる方なく思す。

 [第五段 薫、浮舟の母に手紙す]

 かの母君は、京に子産むべき娘のことにより、慎み騒げば、例の家にもえ行かず、すずろなる旅居のみして、思ひ慰む折もなきに、「また、これもいかならむ」と思へど、平らかに産みてけり。ゆゆしければ、え寄らず、残りの人びとの上もおぼえず、ほれ惑ひて過ぐすに、大将殿より御使忍びてあり。ものおぼえぬ心地にも、いとうれしくあはれなり。

 「あさましきことは、まづ聞こえむと思ひたまへしを、心ものどまらず、目もくらき心地して、まいていかなる闇にか惑はれたまふらむと、そのほどを過ぐしつるに、はかなくて日ごろも経にけることをなむ。世の常なさも、いとど思ひのどめむ方なくのみはべるを、思ひの外にもながらへば、過ぎにし名残とは、かならずさるべきことにも尋ねたまへ」

 など、こまかに書きたまひて、御使には、かの大蔵大輔をぞ賜へりける。

 「心のどかによろづを思ひつつ、年ごろにさへなりにけるほど、かならずしも心ざしあるやうには見たまはざりけむ。されど、今より後、何ごとにつけても、かならず忘れきこえじ。また、さやうにを人知れず思ひ置きたまへ。幼き人どももあなるを、朝廷に仕うまつらむにも、かならず後見思ふべくなむ」

 など、言葉にものたまへり。

 [第六段 浮舟の母からの返書]

 いたくしも忌むまじき穢らひなれば、「深うしも触れはべらず」など言ひなして、せめて呼び据ゑたり。御返り、泣く泣く書く。

 「いみじきことに死なれはべらぬ命を、心憂く思うたまへ嘆きはべるに、かかる仰せ言見はべるべかりけるにや、となむ。

 年ごろは、心細きありさまを見たまへながら、それは数ならぬ身のおこたりに思ひたまへなしつつ、かたじけなき御一言を、行く末長く頼みきこえはべりしに、いふかひなく見たまへ果てては、里の契りもいと心憂く悲しくなむ。

 さまざまにうれしき仰せ言に、命延びはべりて、今しばしながらへはべらば、なほ、頼みきこえはべるべきにこそ、と思ひたまふるにつけても、目の前の涙にくれて、え聞こえさせやらずなむ」

 など書きたり。御使に、なべての禄などは見苦しきほどなり。飽かぬ心地もすべければ、かの君にたてまつらむと心ざして持たりける、よき班犀の帯、太刀のをかしきなど、袋に入れて、車に乗るほど、

 「これは昔の人の御心ざしなり」

 とて、贈らせてけり。

 殿に御覧ぜさすれば、

 「いとすぞろなるわざかな」

 とのたまふ。言葉には、

 「みづから会ひはべりたうびて、いみじく泣く泣くよろづのことのたまひて、幼き者どものことまで仰せられたるが、いともかしこきに、また数ならぬほどは、なかなかいと恥づかしう、人に何ゆゑなどは知らせはべらで、あやしきさまどもをも皆参らせはべりて、さぶらはせむ、となむものしはべりつる」

 と聞こゆ。

 「げに、ことなることなきゆかり睦びにぞあるべけれど、帝にも、さばかりの人の娘たてまつらずやはある。それに、さるべきにて、時めかし思さむは、人の誹るべきことかは。ただ人、はた、あやしき女、世に古りにたるなどを持ちゐるたぐひ多かり。

 かの守の娘なりけりと、人の言ひなさむにも、わがもてなしの、それに穢るべくありそめたらばこそあらめ、一人の子をいたづらになして思ふらむ親の心に、なほこのゆかりこそおもだたしかりけれ、と思ひ知るばかり、用意はかならず見すべきこと」と思す。

 [第七段 常陸介、浮舟の死を悼む]

 かしこには、常陸守、立ちながら来て、「折しも、かくてゐたまへることなむ」と腹立つ。年ごろ、いづくになむおはするなど、ありのままにも知らせざりければ、「はかなきさまにておはすらむ」と思ひ言ひけるを、「京になど迎へたまひて後、面目ありて、など知らせむ」と思ひけるほどに、かかれば、今は隠さむもあいなくて、ありしさま泣く泣く語る。

 大将殿の御文もとり出でて見すれば、よき人かしこくして、鄙び、ものめでする人にて、おどろき臆して、うち返しうち返し、

 「いとめでたき御幸ひを捨てて亡せたまひにける人かな。おのれも殿人にて、参り仕うまつれども、近く召し使ふこともなく、いと気高く思はする殿なり。若き者どものこと仰せられたるは、頼もしきことになむ」

 など、喜ぶを見るにも、「まして、おはせましかば」と思ふに、臥しまろびて泣かる。

 守も今なむうち泣きける。さるは、おはせし世には、なかなか、かかるたぐひの人しも、尋ねたまふべきにしもあらずかし。「わが過ちにて失ひつるもいとほし。慰めむ」と思すよりなむ、「人の誹り、ねむごろに尋ねじ」と思しける。

 [第八段 浮舟四十九日忌の法事]

 四十九日のわざなどせさせたまふにも、「いかなりけむことにかは」と思せば、とてもかくても罪得まじきことなれば、いと忍びて、かの律師の寺にてせさせたまひける。六十僧の布施など、大きにおきてられたり。母君も来ゐて、事ども添へたり。

 宮よりは、右近がもとに、白銀の壺に黄金入れて賜へり。人見とがむばかり大きなるわざは、えしたまはず、右近が心ざしにてしたりければ、心知らぬ人は、「いかで、かくなむ」など言ひける。殿の人ども、睦ましき限りあまた賜へり。

 「あやしく。音もせざりつる人の果てを、かく扱はせたまふ。誰れならむ」

 と、今おどろく人のみ多かるに、常陸守来て、主人がり居るなむ、あやしと人びと見ける。少将の子産ませて、いかめしきことせさせむとまどひ、家の内になきものはすくなく、唐土新羅の飾りをもしつべきに、限りあれば、いとあやしかりけり。この御法事の、忍びたるやうに思したれど、けはひこよなきを見るに、「生きたらましかば、わが身を並ぶべくもあらぬ人の御宿世なりけり」と思ふ。

 宮の上も誦経したまひ、七僧の前のことせさせたまひけり。今なむ、「かかる人持たまへりけり」と、帝までも聞こし召して、おろかにもあらざりける人を、宮にかしこまりきこえて、隠し置きたまひたりける、いとほしと思しける。

 二人の人の御心のうち、古りず悲しく、あやにくなりし御思ひの盛りにかき絶えては、いといみじければ、あだなる御心は、慰むやなど、こころみたまふこともやうやうありけり。

 かの殿は、かくとりもちて、何やかやと思して、残りの人を育ませたまひても、なほ、いふかひなきことを、忘れがたく思す。

 

第五章 薫の物語 明石中宮の女宮たち
 [第一段 薫と小宰相の君の関係]
 后の宮の、御軽服のほどは、なほかくておはしますに、二の宮なむ式部卿になりたまひにける。重々しうて、常にしも参りたまはず。この宮は、さうざうしくものあはれなるままに、一品の宮の御方を慰め所にしたまふ。よき人の容貌をも、えまほに見たまはぬ、残り多かり。

 大将殿の、からうして、いと忍びて語らはせたまふ小宰相の君といふ人の、容貌などもきよげなり、心ばせある方の人と思されたり。同じ琴を掻きならす、爪音、撥音も、人にはまさり、文を書き、ものうち言ひたるも、よしあるふしをなむ添へたりける。

 この宮も、年ごろ、いといたきものにしたまひて、例の、言ひ破りたまへど、「などか、さしもめづらしげなくはあらむ」と、心強くねたきさまなるを、まめ人は、「すこし人よりことなり」と思すになむありける。かくもの思したるも見知りければ、忍びあまりて聞こえたり。

 「あはれ知る心は人におくれねど
  数ならぬ身に消えつつぞ経る
 代へたらば」

 と、ゆゑある紙に書きたり。ものあはれなる夕暮、しめやかなるほどを、いとよく推し量りて言ひたるも、憎からず。

 「常なしとここら世を見る憂き身だに
  人の知るまで嘆きやはする

 このよろこび、あはれなりし折からも、いとどなむ」

 など言ひに立ち寄りたまへり。いと恥づかしげにものものしげにて、なべてかやうになどもならしたまはぬ、人柄もやむごとなきに、いとものはかなき住まひなりかし。局などいひて、狭くほどなき遣戸口に寄りゐたまへる、かたはらいたくおぼゆれど、さすがにあまり卑下してもあらで、いとよきほどにものなども聞こゆ。

 「見し人よりも、これは心にくきけ添ひてもあるかな。などて、かく出で立ちけむ。さるものにて、我も置いたらましものを」

 と思す。人知れぬ筋は、かけても見せたまはず。

 [第二段 六条院の法華八講]

 蓮の花の盛りに、御八講せらる。六条の院の御ため、紫の上など、皆思し分けつつ、御経仏など供養ぜさせたまひて、いかめしく、尊くなむありける。五巻の日などは、いみじき見物なりければ、こなたかなた、女房につきて参りて、物見る人多かりけり。

 五日といふ朝座に果てて、御堂の飾り取りさけ、御しつらひ改むるに、北の廂も、障子ども放ちたりしかば、皆入り立ちてつくろふほど、西の渡殿に姫宮おはしましけり。もの聞き極じて、女房もおのおの局にありつつ、御前はいと人少ななる夕暮に、大将殿、直衣着替へて、今日まかづる僧の中に、かならずのたまふべきことあるにより、釣殿の方におはしたるに、皆まかでぬれば、池の方に涼みたまひて、人少ななるに、かくいふ宰相の君など、かりそめに几帳などばかり立てて、うちやすむ上局にしたり。

 「ここにやあらむ、人の衣の音す」と思して、馬道の方の障子の細く開きたるより、やをら見たまへば、例さやうの人のゐたるけはひには似ず、晴れ晴れしくしつらひたれば、なかなか、几帳どもの立て違へたるあはひより見通されて、あらはなり。

 氷をものの蓋に置きて割るとて、もて騒ぐ人びと、大人三人ばかり、童と居たり。唐衣も汗衫も着ず、皆うちとけたれば、御前とは見たまはぬに、白き薄物の御衣着替へたまへる人の、手に氷を持ちながら、かく争ふを、すこし笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり。

 いと暑さの堪へがたき日なれば、こちたき御髪の、苦しう思さるるにやあらむ、すこしこなたに靡かして引かれたるほど、たとへむものなし。「ここらよき人を見集むれど、似るべくもあらざりけり」とおぼゆ。御前なる人は、まことに土などの心地ぞするを、思ひ静めて見れば、黄なる生絹の単衣、薄色なる裳着たる人の、扇うち使ひたるなど、「用意あらむはや」と、ふと見えて、

 「なかなか、もの扱ひに、いと苦しげなり。ただ、さながら見たまへかし」

 とて、笑ひたるまみ、愛敬づきたり。声聞くにぞ、この心ざしの人とは知りぬる。

 [第三段 小宰相の君、氷を弄ぶ]

 心強く割りて、手ごとに持たり。頭にうち置き、胸にさし当てなど、さま悪しうする人もあるべし。異人は、紙につつみて、御前にもかくて参らせたれど、いとうつくしき御手をさしやりたまひて、拭はせたまふ。

 「いな、持たらじ。雫むつかし」

 とのたまふ御声、いとほのかに聞くも、限りもなくうれし。「まだいと小さくおはしまししほどに、我も、ものの心も知らで見たてまつりし時、めでたの稚児の御さまや、と見たてまつりし。その後、たえてこの御けはひをだに聞かざりつるものを、いかなる神仏の、かかる折見せたまへるならむ。例の、やすからずもの思はせむとするにやあらむ」

 と、かつは静心なくて、まもり立ちたるほどに、こなたの対の北面に住みける下臈女房の、この障子は、とみのことにて、開けながら下りにけるを思ひ出でて、「人もこそ見つけて騒がるれ」と思ひければ、惑ひ入る。

 この直衣姿を見つくるに、「誰ならむ」と心騷ぎて、おのがさま見えむことも知らず、簀子よりただ来に来れば、ふと立ち去りて、「誰れとも見えじ。好き好きしきやうなり」と思ひて隠れたまひぬ。

 この御許は、

 「いみじきわざかな。御几帳をさへあらはに引きなしてけるよ。右の大殿の君たちならむ。疎き人、はた、ここまで来べきにもあらず。ものの聞こえあらば、誰れか障子は開けたりしと、かならず出で来なむ。単衣も袴も、生絹なめりと見えつる人の御姿なれば、え人も聞きつけたまはぬならむかし」

 と思ひ極じてをり。

 かの人は、「やうやう聖になりし心を、ひとふし違へそめて、さまざまなるもの思ふ人ともなるかな。そのかみ世を背きなましかば、今は深き山に住み果てて、かく心乱れましやは」など思し続くるも、やすからず。「などて、年ごろ、見たてまつらばやと思ひつらむ。なかなか苦しう、かひなかるべきわざにこそ」と思ふ。

 [第四段 薫と女二宮との夫婦仲]

 つとめて、起きたまへる女宮の御容貌、「いとをかしげなめるは、これよりかならずまさるべきことかは」と見えながら、「さらに似たまはずこそありけれ。あさましきまであてに、えも言はざりし御さまかな。かたへは思ひなしか、折からか」と思して、

 「いと暑しや。これより薄き御衣奉れ。女は、例ならぬ物着たるこそ、時々につけてをかしけれ」とて、「あなたに参りて、大弐に、薄物の単衣の御衣、縫ひて参れと言へ」

 とのたまふ。御前なる人は、「この御容貌のいみじき盛りにおはしますを、もてはやしきこえたまふ」とをかしう思へり。

 例の、念誦したまふわが御方におはしましなどして、昼つ方渡りたまへれば、のたまひつる御衣、御几帳にうち掛けたり。

 「なぞ、こは奉らぬ。人多く見る時なむ、透きたる物着るは、ばうぞくにおぼゆる。ただ今はあへはべりなむ」

 とて、手づから着せ奉りたまふ。御袴も昨日の同じ紅なり。御髪の多さ、裾などは劣りたまはねど、なほさまざまなるにや、似るべくもあらず。氷召して、人びとに割らせたまふ。取りて一つ奉りなどしたまふ、心のうちもをかし。

 「絵に描きて、恋しき人見る人は、なくやはありける。ましてこれは、慰めむに似げなからぬ御ほどぞかしと思へど、昨日かやうにて、我混じりゐ、心にまかせて見たてまつらましかば」とおぼゆるに、心にもあらずうち嘆かれぬ。

 「一品の宮に、御文は奉りたまふや」

 と聞こえたまへば、

 「内裏にありし時、主上の、さのたまひしかば聞こえしかど、久しうさもあらず」

 とのたまふ。

 「ただ人にならせたまひにたりとて、かれよりも聞こえさせたまはぬにこそは、心憂かなれ。今、大宮の御前にて、恨みきこえさせたまふ、と啓せむ」

 とのたまふ。

 「いかが恨みきこえむ。うたて」

 とのたまへば、

 「下衆になりにたりとて、思し落とすなめり、と見れば、おどろかしきこえぬ、とこそは聞こえめ」

 とのたまふ。

 [第五段 薫、明石中宮に対面]

 その日は暮らして、またの朝に大宮に参りたまふ。例の、宮もおはしけり。丁子に深く染めたる薄物の単衣を、こまやかなる直衣に着たまへる、いとこのましげなる女の御身なりのめでたかりしにも劣らず、白くきよらにて、なほありしよりは面痩せたまへる、いと見るかひあり。

 おぼえたまへりと見るにも、まづ恋しきを、いとあるまじきこと、と静むるぞ、ただなりしよりは苦しき。絵をいと多く持たせて参りたまへりける、女房して、あなたに参らせたまひて、渡らせたまひぬ。

 大将も近く参り寄りたまひて、御八講の尊くはべりしこと、いにしへの御こと、すこし聞こえつつ、残りたる絵見たまふついでに、

 「この里にものしたまふ皇女の、雲の上離れて、思ひ屈したまへるこそ、いとほしう見たまふれ。姫宮の御方より、御消息もはべらぬを、かく品定まりたまへるに、思し捨てさせたまへるやうに思ひて、心ゆかぬけしきのみはべるを、かやうのもの、時々ものせさせたまはなむ。なにがしがおろして持てまからむ。はた、見るかひもはべらじかし」

 とのたまへば、

 「あやしく。などてか捨てきこえたまはむ。内裏にては、近かりしにつきて、時々も聞こえたまふめりしを、所々になりたまひし折に、とだえたまへるにこそあらめ。今、そそのかしきこえむ。それよりもなどかは」

 と聞こえたまふ。

 「かれよりは、いかでかは。もとより数まへさせたまはざらむをも、かく親しくてさぶらふべきゆかりに寄せて、思し召し数まへさせたまはむをこそ、うれしくははべるべけれ。まして、さも聞こえ馴れたまひにけむを、今捨てさせたまはむは、からきことにはべり」

 と啓せさせたまふを、「好きばみたるけしきあるか」とは思しかけざりけり。

 立ち出でて、「一夜の心ざしの人に会はむ。ありし渡殿も慰めに見むかし」と思して、御前を歩み渡りて、西ざまにおはするを、御簾の内の人は心ことに用意す。げに、いと様よく限りなきもてなしにて、渡殿の方は、左の大殿の君たちなど居て、物言ふけはひすれば、妻戸の前に居たまひて、

 「おほかたには参りながら、この御方の見参に入ることの、難くはべれば、いとおぼえなく、翁び果てにたる心地しはべるを、今よりは、と思ひ起こしはべりてなむ。ありつかず、若き人どもぞ思ふらむかし」

 と、甥の君たちの方を見やりたまふ。

 「今よりならはせたまふこそ、げに若くならせたまふならめ」

 など、はかなきことを言ふ人びとのけはひも、あやしうみやびかに、をかしき御方のありさまにぞある。そのこととなけれど、世の中の物語などしつつ、しめやかに、例よりは居たまへり。

 [第六段 明石中宮、薫と小宰相の君の関係を聞く]

 姫宮は、あなたに渡らせたまひにけり。大宮、

 「大将のそなたに参りつるは」

 と問ひたまふ。御供に参りたる大納言の君、

 「小宰相の君に、もののたまはむとにこそは、はべめりつれ」

 と聞こゆるに、

 「例、まめ人の、さすがに人に心とどめて物語するこそ、心地おくれたらむ人は苦しけれ。心のほども見ゆらむかし。小宰相などは、いとうしろやすし」

 とのたまひて、御姉弟なれど、この君をば、なほ恥づかしく、「人も用意なくて見えざらむかし」と思いたり。

 「人よりは心寄せたまひて、局などに立ち寄りたまふべし。物語こまやかにしたまひて、夜更けて出でたまふ折々もはべれど、例の目馴れたる筋にははべらぬにや。宮をこそ、いと情けなくおはしますと思ひて、御いらへをだに聞こえずはべるめれ。かたじけなきこと」

 と言ひて笑へば、宮も笑はせたまひて、

 「いと見苦しき御さまを、思ひ知るこそをかしけれ。いかで、かかる御癖やめたてまつらむ。恥づかしや、この人びとも」

 とのたまふ。

 [第七段 明石中宮、薫の三角関係を知る]

 「いとあやしきことをこそ聞きはべりしか。この大将の亡くなしたまひてし人は、宮の御二条の北の方の御おとうとなりけり。異腹なるべし。常陸の前の守なにがしが妻は、叔母とも母とも言ひはべるなるは、いかなるにか。その女君に、宮こそ、いと忍びておはしましけれ。

 大将殿や聞きつけたまひたりけむ。にはかに迎へたまはむとて、守り目添へなど、ことことしくしたまひけるほどに、宮も、いと忍びておはしましながら、え入らせたまはず、あやしきさまに、御馬ながら立たせたまひつつぞ、帰らせたまひける。

 女も、宮を思ひきこえさせけるにや、にはかに消え失せにけるを、身投げたるなめりとてこそ、乳母などやうの人どもは、泣き惑ひはべりけれ」

 と聞こゆ。宮も、「いとあさまし」と思して、

 「誰れか、さることは言ふとよ。いとほしく心憂きことかな。さばかりめづらかならむことは、おのづから聞こえありぬべきを。大将もさやうには言はで、世の中のはかなくいみじきこと、かく宇治の宮の族の、命短かりけることをこそ、いみじう悲しと思ひてのたまひしか」

 とのたまふ。

 「いさや、下衆は、たしかならぬことをも言ひはべるものを、と思ひはべれど、かしこにはべりける下童の、ただこのころ、宰相が里に出でまうできて、たしかなるやうにこそ言ひはべりけれ。かくあやしうて亡せたまへること、人に聞かせじ。おどろおどろしく、おぞきやうなりとて、いみじく隠しけることどもとて。さて、詳しくは聞かせたてまつらぬにやありけむ」

 と聞こゆれば、

 「さらに、かかること、またまねぶな、と言はせよ。かかる筋に、御身をももてそこなひ、人に軽く心づきなきものに思はれぬべきなめり」

 といみじう思いたり。

 

第六章 薫の物語 薫、断腸の秋の思い
 [第一段 女一の宮から妹二の宮への手紙]
 その後、姫宮の御方より、二の宮に御消息ありけり。御手などの、いみじううつくしげなるを見るにも、いとうれしく、「かくてこそ、とく見るべかりけれ」と思す。

 あまたをかしき絵ども多く、大宮もたてまつらせたまへり。大将殿、うちまさりてをかしきども集めて、参らせたまふ。芹川の大将の遠君の、女一の宮思ひかけたる秋の夕暮に、思ひわびて出でて行きたる画、をかしう描きたるを、いとよく思ひ寄せらるかし。「かばかり思し靡く人のあらましかば」と思ふ身ぞ口惜しき。

 「荻の葉に露吹き結ぶ秋風も
  夕べぞわきて身にはしみける」

 と書きても添へまほしく思せど、

 「さやうなるつゆばかりのけしきにても漏りたらば、いとわづらはしげなる世なれば、はかなきことも、えほのめかし出づまじ。かくよろづに何やかやと、ものを思ひの果ては、昔の人のものしたまはましかば、いかにもいかにも他ざまに心分けましや。

 時の帝の御女を賜ふとも、得たてまつらざらまし。また、さ思ふ人ありと聞こし召しながらは、かかることもなからましを、なほ心憂く、わが心乱りたまひける橋姫かな」

 と思ひあまりては、また宮の上にとりかかりて、恋しうもつらくも、わりなきことぞ、をこがましきまで悔しき。これに思ひわびて、さしつぎには、あさましくて亡せにし人の、いと心幼く、とどこほるところなかりける軽々しさをば思ひながら、さすがにいみじとものを、思ひ入りけむほど、わがけしき例ならずと、心の鬼に嘆き沈みてゐたりけむありさまを、聞きたまひしも思ひ出でられつつ、

 「重りかなる方ならで、ただ心やすくらうたき語らひ人にてあらせむ、と思ひしには、いとらうたかりし人を。思ひもていけば、宮をも思ひきこえじ。女をも憂しと思はじ。ただわがありさまの世づかぬおこたりぞ」

 など、眺め入りたまふ時々多かり。

 [第二段 侍従、明石中宮に出仕す]

 心のどかに、さまよくおはする人だに、かかる筋には、身も苦しきことおのづから混じるを、宮は、まして慰めかねつつ、かの形見に、飽かぬ悲しさをものたまひ出づべき人さへなきを、対の御方ばかりこそは、「あはれ」などのたまへど、深くも見馴れたまはざりける、うちつけの睦びなれば、いと深くしも、いかでかはあらむ。また、思すままに、「恋しや、いみじや」などのたまはむには、かたはらいたければ、かしこにありし侍従をぞ、例の、迎へさせたまひける。

 皆人どもは行き散りて、乳母とこの人二人なむ、取り分きて思したりしも忘れがたくて、侍従はよそ人なれど、なほ語らひてあり経るに、世づかぬ川の音も、うれしき瀬もやある、と頼みしほどこそ慰めけれ、心憂くいみじくもの恐ろしくのみおぼえて、京になむ、あやしき所に、このころ来てゐたりける、尋ねたまひて、

 「かくてさぶらへ」

 とのたまへば、「御心はさるものにて、人びとの言はむことも、さる筋のこと混じりぬるあたりは、聞きにくきこともあらむ」と思へば、うけひききこえず。「后の宮に参らむ」となむおもむけたれば、

 「いとよかなり。さて人知れず思し使はむ」

 とのたまはせけり。心細くよるべなきも慰むやとて、知るたより求め参りぬ。「きたなげなくてよろしき下臈なり」と許して、人もそしらず。大将殿も常に参りたまふを、見るたびごとに、もののみあはれなり。「いとやむごとなきものの姫君のみ、参り集ひたる宮」と人も言ふを、やうやう目とどめて見れど、「見たてまつりし人に似たるはなかりけり」と思ひありく。

 [第三段 匂宮、宮の君を浮舟によそえて思う]

 この春亡せたまひぬる式部卿宮の御女を、継母の北の方、ことにあひ思はで、兄の馬頭にて人柄もことなることなき、心懸けたるを、いとほしうなども思ひたらで、さるべきさまになむ契る、と聞こし召すたよりありて、

 「いとほしう。父宮のいみじくかしづきたまひける女君を、いたづらなるやうにもてなさむこと」

 などのたまはせければ、いと心細くのみ思ひ嘆きたまふありさまにて、

 「なつかしう、かく尋ねのたまはするを」

 など、御兄の侍従も言ひて、このころ迎へ取らせたまひてけり。姫宮の御具にて、いとこよなからぬ御ほどの人なれば、やむごとなく心ことにてさぶらひたまふ。限りあれば、宮の君などうち言ひて、裳ばかりひきかけたまふぞ、いとあはれなりける。

 兵部卿宮、「この君ばかりや、恋しき人に思ひよそへつべきさましたらむ。父親王は兄弟ぞかし」など、例の御心は、人を恋ひたまふにつけても、人ゆかしき御癖やまで、いつしかと御心かけたまひてけり。

 大将、「もどかしきまでもあるわざかな。昨日今日といふばかり、春宮にやなど思し、我にもけしきばませたまひきかし。かくはかなき世の衰へを見るには、水の底に身を沈めても、もどかしからぬわざにこそ」など思ひつつ、人よりは心寄せきこえたまへり。

 この院におはしますをば、内裏よりも広くおもしろく住みよきものにして、常にしもさぶらはぬどもも、皆うちとけ住みつつ、はるばると多かる対ども、廊、渡殿に満ちたり。

 左大臣殿、昔の御けはひにも劣らず、すべて限りもなく営み仕うまつりたまふ。いかめしうなりたる御族なれば、なかなかいにしへよりも、今めかしきことはまさりてさへなむありける。

 この宮、例の御心ならば、月ごろのほどに、いかなる好きごとどもをし出でたまはまし、こよなく静まりたまひて、人目に「すこし生ひ直りたまふかな」と見ゆるを、このころぞまた、宮の君に、本性現はれて、かかづらひありきたまひける。

 [第四段 侍従、薫と匂宮を覗く]

 涼しくなりぬとて、宮、内裏に参らせたまひなむとすれば、

 「秋の盛り、紅葉のころを見ざらむこそ」

 など、若き人びとは口惜しがりて、皆参り集ひたるころなり。水に馴れ月をめでて、御遊び絶えず、常よりも今めかしければ、この宮ぞ、かかる筋はいとこよなくもてはやしたまふ。朝夕目馴れても、なほ今見む初花のさましたまへるに、大将の君は、いとさしも入り立ちなどしたまはぬほどにて、恥づかしう心ゆるびなきものに、皆思ひたり。

 例の、二所参りたまひて、御前におはするほどに、かの侍従は、ものより覗きたてまつるに、

 「いづ方にもいづ方にもよりて、めでたき御宿世見えたるさまにて、世にぞおはせましかし。あさましくはかなく、心憂かりける御心かな」

 など、人には、そのわたりのこと、かけて知り顔にも言はぬことなれば、心一つに飽かず胸いたく思ふ。宮は、内裏の御物語など、こまやかに聞こえさせたまへば、いま一所は立ち出でたまふ。「見つけられたてまつらじ。しばし、御果てをも過ぐさず心浅し、と見えたてまつらじ」と思へば、隠れぬ。

 [第五段 薫、弁の御許らと和歌を詠み合う]

 東の渡殿に、開きあひたる戸口に、人びとあまたゐて、物語などする所におはして、

 「なにがしをぞ、女房は睦ましと思すべき。女だにかく心やすくはよもあらじかし。さすがにさるべからむこと、教へきこえぬべくもあり。やうやう見知りたまふべかめれば、いとなむうれしき」

 とのたまへば、いといらへにくくのみ思ふ中に、弁の御許とて、馴れたる大人、

 「そも睦ましく思ひきこゆべきゆゑなき人の、恥ぢきこえはべらぬにや。ものはさこそはなかなかはべるめれ。かならずそのゆゑ尋ねて、うちとけ御覧ぜらるるにしもはべらねど、かばかり面無くつくりそめてける身に負はさざらむも、かたはらいたくてなむ」

 と聞こゆれば、

 「恥づべきゆゑあらじ、と思ひ定めたまひてけるこそ、口惜しけれ」

 など、のたまひつつ見れば、唐衣は脱ぎすべし押しやり、うちとけて手習しけるなるべし、硯の蓋に据ゑて、心もとなき花の末手折りて、弄びけり、と見ゆ。かたへは几帳のあるにすべり隠れ、あるはうち背き、押し開けたる戸の方に、紛らはしつつゐたる、頭つきどもも、をかしと見わたしたまひて、硯ひき寄せて、

 「女郎花乱るる野辺に混じるとも
  露のあだ名を我にかけめや
 心やすくは思さで」

 と、ただこの障子にうしろしたる人に見せたまへば、うちみじろきなどもせず、のどやかに、いととく、

 「花といへば名こそあだなれ女郎花
  なべての露に乱れやはする」

 と書きたる手、ただかたそばなれど、よしづきて、おほかためやすければ、誰ならむ、と見たまふ。今参う上りける道に、塞げられてとどこほりゐたるなるべし、と見ゆ。弁の御許は、

 「いとけざやかなる翁言、憎くはべり」とて、

 「旅寝してなほこころみよ女郎花
  盛りの色に移り移らず

 さて後、定めきこえさせむ」

 と言へば、

 「宿貸さば一夜は寝なむおほかたの
  花に移らぬ心なりとも」

 とあれば、

 「何か、恥づかしめさせたまふ。おほかたの野辺のさかしらをこそ聞こえさすれ」

 と言ふ。はかなきことをただすこしのたまふも、人は残り聞かまほしくのみ思ひきこえたり。

 「心なし。道開けはべりなむよ。分きても、かの御もの恥ぢのゆゑ、かならずありぬべき折にぞあめる」

 とて、立ち出でたまへば、「おしなべてかく残りなからむ、と思ひやりたまふこそ心憂けれ」と思へる人もあり。

 [第六段 薫、断腸の秋の思い]

 東の高欄に押しかかりて、夕影になるままに、花の紐解く御前の草むらを見わたしたまふ。もののみあはれなるに、「中に就いて腸断ゆるは秋の天」といふことを、いと忍びやかに誦じつつゐたまへり。ありつる衣の音なひ、しるきけはひして、母屋の御障子より通りて、あなたに入るなり。宮の歩みおはして、

 「これよりあなたに参りつるは誰そ」

 と問ひたまへば、

 「かの御方の中将の君」

 と聞こゆなり。

 「なほ、あやしのわざや。誰れにかと、かりそめにもうち思ふ人に、やがてかくゆかしげなく聞こゆる名ざしよ」と、いとほしく、この宮には、皆目馴れてのみおぼえたてまつるべかめるも口惜し。

 「おりたちてあながちなる御もてなしに、女はさもこそ負けたてまつらめ。わが、さも口惜しう、この御ゆかりには、ねたく心憂くのみあるかな。いかで、このわたりにも、めづらしからむ人の、例の心入れて騷ぎたまはむを語らひ取りて、わが思ひしやうに、やすからずとだにも思はせたてまつらむ。まことに心ばせあらむ人は、わが方にぞ寄るべきや。されど難いものかな。人の心は」

 と思ふにつけて、対の御方の、かの御ありさまをば、ふさはしからぬものに思ひきこえて、いと便なき睦びになりゆくが、おほかたのおぼえをば、苦しと思ひながら、なほさし放ちがたきものに思し知りたるぞ、ありがたくあはれなりける。

 「さやうなる心ばせある人、ここらの中にあらむや。入りたちて深く見ねば知らぬぞかし。寝覚がちにつれづれなるを、すこしは好きもならはばや」

 など思ふに、今はなほつきなし。

 [第七段 薫と中将の御許、遊仙窟の問答]

 例の、西の渡殿を、ありしにならひて、わざとおはしたるもあやし。姫宮、夜はあなたに渡らせたまひければ、人びと月見るとて、この渡殿にうちとけて物語するほどなりけり。箏の琴いとなつかしう弾きすさむ爪音、をかしう聞こゆ。思ひかけぬに寄りおはして、

 「など、かくねたまし顔にかき鳴らしたまふ」

 とのたまふに、皆おどろかるべけれど、すこし上げたる簾うち下ろしなどもせず、起き上がりて、

 「似るべき兄やは、はべるべき」

 といらふる声、中将の御許とか言ひつるなりけり。

 「まろこそ、御母方の叔父なれ」

 と、はかなきことをのたまひて、

 「例の、あなたにおはしますべかめりな。何わざをか、この御里住みのほどにせさせたまふ」

 など、あぢきなく問ひたまふ。

 「いづくにても、何事をかは。ただ、かやうにてこそは過ぐさせたまふめれ」

 と言ふに、「をかしの御身のほどや、と思ふに、すずろなる嘆きの、うち忘れてしつるも、あやしと思ひ寄る人もこそ」と紛らはしに、さし出でたる和琴を、たださながら掻き鳴らしたまふ。律の調べは、あやしく折にあふと聞く声なれば、聞きにくくもあらねど、弾き果てたまはぬを、なかなかなりと、心入れたる人は、消えかへり思ふ。

 「わが母宮も劣りたまふべき人かは。后腹と聞こゆばかりの隔てこそあれ、帝々の思しかしづきたるさま、異事ならざりけるを。なほ、この御あたりは、いとことなりけるこそあやしけれ。明石の浦は心にくかりける所かな」など思ひ続くることどもに、「わが宿世は、いとやむごとなしかし。まして、並べて持ちたてまつらば」と思ふぞ、いと難きや。

 [第八段 薫、宮の君を訪ねる]

 宮の君は、この西の対にぞ御方したりける。若き人びとのけはひあまたして、月めであへり。

 「いで、あはれ、これもまた同じ人ぞかし」

 と思ひ出できこえて、「親王の、昔心寄せたまひしものを」と言ひなして、そなたへおはしぬ。童の、をかしき宿直姿にて、二、三人出でて歩きなどしけり。見つけて入るさまども、かかやかし。これぞ世の常と思ふ。

 南面の隅の間に寄りて、うち声づくりたまへば、すこしおとなびたる人出で来たり。

 「人知れぬ心寄せなど聞こえさせはべれば、なかなか、皆人聞こえさせふるしつらむことを、うひうひしきさまにて、まねぶやうになりはべり。まめやかになむ、言より外を求められはべる」

 とのたまへば、君にも言ひ伝へず、さかしだちて、

 「いと思ほしかけざりし御ありさまにつけても、故宮の思ひきこえさせたまへりしことなど、思ひたまへ出でられてなむ。かくのみ、折々聞こえさせたまふなり。御後言をも、よろこびきこえたまふめる」

 と言ふ。

 [第九段 薫、宇治の三姉妹の運命を思う]

 「なみなみの人めきて、心地なのさまや」ともの憂ければ、

 「もとより思し捨つまじき筋よりも、今はまして、さるべきことにつけても、思ほし尋ねむなむうれしかるべき。疎々しう人伝てなどにてもてなさせたまはば、えこそ」

 とのたまふに、「げに」と、思ひ騷ぎて、君をひきゆるがすめれば、

 「松も昔のとのみ、眺めらるるにも、もとよりなどのたまふ筋は、まめやかに頼もしうこそは」

 と、人伝てともなく言ひなしたまへる声、いと若やかに愛敬づき、やさしきところ添ひたり。「ただなべてのかかる住処の人と思はば、いとをかしかるべきを、ただ今は、いかでかばかりも、人に声聞かすべきものとならひたまひけむ」と、なまうしろめたし。「容貌もいとなまめかしからむかし」と、見まほしきけはひのしたるを、「この人ぞ、また例の、かの御心乱るべきつまなめると、をかしうも、ありがたの世や」と思ひゐたまへり。

 「これこそは、限りなき人のかしづき生ほしたてたまへる姫君。また、かばかりぞ多くはあるべき。あやしかりけることは、さる聖の御あたりに、山のふところより出で来たる人びとの、かたほなるはなかりけるこそ。この、はかなしや、軽々しや、など思ひなす人も、かやうのうち見るけしきは、いみじうこそをかしかりしか」

 と、何事につけても、ただかの一つゆかりをぞ思ひ出でたまひける。あやしう、つらかりける契りどもを、つくづくと思ひ続け眺めたまふ夕暮、蜻蛉のものはかなげに飛びちがふを、

 「ありと見て手にはとられず見ればまた
  行方も知らず消えし蜻蛉
 あるか、なきかの」

 と、例の、独りごちたまふ、とかや。


手習

第一章 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる
 [第一段 横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病]
 そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて、いと尊き人住みけり。八十余りの母、五十ばかりの妹ありけり。古き願ありて、初瀬に詣でたりけり。

 睦ましうやむごとなく思ふ弟子の阿闍梨を添へて、仏経供養ずること行ひけり。事ども多くして帰る道に、奈良坂と言ふ山越えけるほどより、この母の尼君、心地悪しうしければ、「かくては、いかでか残りの道をもおはし着かむ」ともて騷ぎて、宇治のわたりに知りたりける人の家ありけるに、とどめて、今日ばかり休めたてまつるに、なほいたうわづらへば、横川に消息したり。

 山籠もりの本意深く、今年は出でじと思ひけれど、「限りのさまなる親の、道の空にて亡くやならむ」と驚きて、急ぎものしたまへり。惜しむべくもあらぬ人ざまを、みづからも、弟子の中にも験あるして、加持し騒ぐを、家主人聞きて、

 「御獄精進しけるを、いたう老いたまへる人の、重く悩みたまふは、いかが」

 とうしろめたげに思ひて言ひければ、さも言ふべきことぞ、いとほしう思ひて、いと狭くむつかしうもあれば、やうやう率てたてまつるべきに、中神塞がりて、例住みたまふ方は忌むべかりければ、「故朱雀院の御領にて、宇治の院と言ひし所、このわたりならむ」と思ひ出でて、院守、僧都知りたまへりければ、「一、二日宿らむ」と言ひにやりたまへりければ、

 「初瀬になむ、昨日皆詣りにける」

 とて、いとあやしき宿守の翁を呼びて率て来たり。

 「おはしまさば、はや。いたづらなる院の寝殿にこそはべるめれ。物詣での人は、常にぞ宿りたまふ」

 と言へば、

 「いとよかなり。公所なれど、人もなく心やすきを」

 とて、見せにやりたまふ。この翁、例もかく宿る人を見ならひたりければ、おろそかなるしつらひなどして来たり。

 [第二段 僧都、宇治の院の森で妖しい物に出会う]

 まづ、僧都渡りたまふ。「いといたく荒れて、恐ろしげなる所かな」と見たまふ。

 「大徳たち、経読め」

 などのたまふ。この初瀬に添ひたりし阿闍梨と同じやうなる、何事のあるにか、つきづきしきほどの下臈法師に、火ともさせて、人も寄らぬうしろの方に行きたり。森かと見ゆる木の下を、「疎ましげのわたりや」と見入れたるに、白き物の広ごりたるぞ見ゆる。

 「かれは、何ぞ」

 と、立ち止まりて、火を明くなして見れば、物の居たる姿なり。

 「狐の変化したる。憎し。見現はさむ」

 とて、一人は今すこし歩み寄る。今一人は、

 「あな、用な。よからぬ物ならむ」

 と言ひて、さやうの物退くべき印を作りつつ、さすがになほまもる。頭の髪あらば太りぬべき心地するに、この火ともしたる大徳、憚りもなく、奥なきさまにて、近く寄りてそのさまを見れば、髪は長くつやつやとして、大きなる木のいと荒々しきに寄りゐて、いみじう泣く。

 「珍しきことにもはべるかな。僧都の御坊に御覧ぜさせたてまつらばや」

 と言へば、

 「げに、妖しき事なり」

 とて、一人はまうでて、「かかることなむ」と申す。

 「狐の人に変化するとは昔より聞けど、まだ見ぬものなり」

 とて、わざと下りておはす。

 かの渡りたまはむとすることによりて、下衆ども、皆はかばかしきは、御厨子所など、あるべかしきことどもを、かかるわたりには急ぐものなりければ、ゐ静まりなどしたるに、ただ四、五人して、ここなる物を見るに、変はることもなし。

 あやしうて、時の移るまで見る。「疾く夜も明け果てなむ。人か何ぞと、見現はさむ」と、心にさるべき真言を読み、印を作りて試みるに、しるくや思ふらむ、

 「これは、人なり。さらに非常のけしからぬ物にあらず。寄りて問へ。亡くなりたる人にはあらぬにこそあめれ。もし死にたりける人を捨てたりけるが、蘇りたるか」

 と言ふ。

 「何の、さる人をか、この院の内に捨てはべらむ。たとひ、真に人なりとも、狐、木霊やうの物の、欺きて取りもて来たるにこそはべらめと、不便にもはべりけるかな。穢らひあるべき所にこそはべめれ」

 と言ひて、ありつる宿守の男を呼ぶ。山彦の答ふるも、いと恐ろし。

 [第三段 若い女であることを確認し、救出する]

 妖しのさまに、額おし上げて出で来たり。

 「ここには、若き女などや住みたまふ。かかることなむある」

 とて見すれば、

 「狐の仕うまつるなり。この木のもとになむ、時々妖しきわざなむしはべる。一昨年の秋も、ここにはべる人の子の、二つばかりにはべしを、取りてまうで来たりしかど、見驚かずはべりき」

 「さて、その稚児は死にやしにし」

 と言へば、

 「生きてはべり。狐は、さこそは人を脅かせど、ことにもあらぬ奴」

 と言ふさま、いと馴れたり。かの夜深き参りものの所に、心を寄せたるなるべし。僧都、

 「さらば、さやうの物のしたるわざか。なほ、よく見よ」

 とて、このもの懼ぢせぬ法師を寄せたれば、

 「鬼か神か狐か木霊か。かばかりの天の下の験者のおはしますには、え隠れたてまつらじ。名のりたまへ。名のりたまへ」

 と、衣を取りて引けば、顔をひき入れていよいよ泣く。

 「いで、あな、さがなの木霊の鬼や。まさに隠れなむや」

 と言ひつつ、顔を見むとするに、「昔ありけむ目も鼻もなかりける女鬼にやあらむ」と、むくつけきを、頼もしういかきさまを人に見せむと思ひて、衣を引き脱がせむとすれば、うつ臥して声立つばかり泣く。

 「何にまれ、かく妖しきこと、なべて、世にあらじ」

 とて、見果てむと思ふに、

 「雨いたく降りぬべし。かくて置いたらば、死に果てはべりぬべし。垣の下にこそ出ださめ」

 と言ふ。僧都、

 「まことの人の形なり。その命絶えぬを見る見る捨てむこと、いといみじきことなり。池に泳ぐ魚、山に鳴く鹿をだに、人に捕へられて死なむとするを見て、助けざらむは、いと悲しかるべし。人の命久しかるまじきものなれど、残りの命、一、二日をも惜しまずはあるべからず。鬼にも神にも、領ぜられ、人に逐はれ、人に謀りごたれても、これ横様の死にをすべきものにこそあんめれ、仏のかならず救ひたまふべき際なり。

 なほ、試みに、しばし湯を飲ませなどして、助け試みむ。つひに、死なば、言ふ限りにあらず」

 とのたまひて、この大徳して抱き入れさせたまふを、弟子ども、

 「たいだいしきわざかな。いたうわづらひたまふ人の御あたりに、よからぬ物を取り入れて、穢らひかならず出で来なむとす」

 と、もどくもあり。また、

 「物の変化にもあれ、目に見す見す、生ける人を、かかる雨にうち失はせむは、いみじきことなれば」

 など、心々に言ふ。下衆などは、いと騒がしく、物をうたて言ひなすものなれば、人騒がしからぬ隠れの方になむ臥せたりける。

 [第四段 妹尼、若い女を介抱す]

 御車寄せて降りたまふほど、いたう苦しがりたまふとて、ののしる。すこし静まりて、僧都、

 「ありつる人、いかがなりぬる」

 と問ひたまふ。

 「なよなよとしてもの言はず、息もしはべらず。何か、物にけどられにける人にこそ」

 と言ふを、妹の尼君聞きたまひて、

 「何事ぞ」

 と問ふ。

 「しかしかのことなむ、六十に余る年、珍かなるものを見たまへつる」

 とのたまふ。うち聞くままに、

 「おのが寺にて見し夢ありき。いかやうなる人ぞ。まづそのさま見む」

 と泣きてのたまふ。

 「ただこの東の遣戸になむはべる。はや御覧ぜよ」

 と言へば、急ぎ行きて見るに、人も寄りつかでぞ、捨て置きたりける。いと若ううつくしげなる女の、白き綾の衣一襲、紅の袴ぞ着たる。香はいみじう香うばしくて、あてなるけはひ限りなし。

 「ただ、わが恋ひ悲しむ娘の、帰りおはしたるなめり」

 とて、泣く泣く御達を出だして、抱き入れさす。いかなりつらむとも、ありさま見ぬ人は、恐ろしがらで抱き入れつ。生けるやうにもあらで、さすがに目をほのかに見開けたるに、

 「もののたまへや。いかなる人か、かくては、ものしたまへる」

 と言へど、ものおぼえぬさまなり。湯取りて、手づからすくひ入れなどするに、ただ弱りに絶え入るやうなりければ、

 「なかなかいみじきわざかな」とて、「この人亡くなりぬべし。加持したまへ」

 と、験者の阿闍梨に言ふ。

 「さればこそ。あやしき御もの扱ひ」

 とは言へど、神などのために経読みつつ祈る。

 [第五段 若い女生き返るが、死を望む]

 僧都もさしのぞきて、

 「いかにぞ。何のしわざぞと、よく調じて問へ」

 とのたまへど、いと弱げに消えもていくやうなれば、

 「え生きはべらじ。すぞろなる穢らひに籠もりて、わづらふべきこと」

 「さすがに、いとやむごとなき人にこそはべるめれ。死に果つとも、ただにやは捨てさせたまはむ。見苦しきわざかな」

 と言ひあへり。

 「あなかま。人に聞かすな。わづらはしきこともぞある」

 など口固めつつ、尼君は、親のわづらひたまふよりも、この人を生け果てて見まほしう惜しみて、うちつけに添ひゐたり。知らぬ人なれど、みめのこよなうをかしげなれば、いたづらになさじと、見る限り扱ひ騷ぎけり。さすがに、時々、目見開けなどしつつ、涙の尽きせず流るるを、

 「あな、心憂や。いみじく悲しと思ふ人の代はりに、仏の導きたまへると思ひきこゆるを。かひなくなりたまはば、なかなかなることをや思はむ。さるべき契りにてこそ、かく見たてまつらめ。なほ、いささかもののたまへ」

 と言ひ続くれど、からうして、

 「生き出でたりとも、あやしき不用の人なり。人に見せで、夜この川に落とし入れたまひてよ」

 と、息の下に言ふ。

 「まれまれ物のたまふをうれしと思ふに、あな、いみじや。いかなれば、かくはのたまふぞ。いかにして、さる所にはおはしつるぞ」

 と問へども、物も言はずなりぬ。「身にもし傷などやあらむ」とて見れど、ここはと見ゆるところなくうつくしければ、あさましく悲しく、「まことに、人の心惑はさむとて出で来たる仮のものにや」と疑ふ。

 [第六段 宇治の里人、僧都に葬送のことを語る]

 二日ばかり籠もりゐて、二人の人を祈り加持する声絶えず、あやしきことを思ひ騒ぐ。そのわたりの下衆などの、僧都に仕まつりける、かくておはしますなりとて、とぶらひ出で来るも、物語などして言ふを聞けば、

 「故八の宮の御女、右大将殿の通ひたまひし、ことに悩みたまふこともなくて、にはかに隠れたまへりとて、騷ぎはべる。その御葬送の雑事ども仕うまつりはべりとて、昨日はえ参りはべらざりし」

 と言ふ。「さやうの人の魂を、鬼の取りもて来たるにや」と思ふにも、かつ見る見る、「あるものともおぼえず、危ふく恐ろし」と思す。人びと、

 「昨夜見やられし火は、しかことことしきけしきも見えざりしを」

 と言ふ。

 「ことさら事削ぎて、いかめしうもはべらざりし」

 と言ふ。穢らひたる人とて、立ちながら追ひ返しつ。

 「大将殿は、宮の御女持ちたまへりしは、亡せたまひて、年ごろになりぬるものを、誰れを言ふにかあらむ。姫宮をおきたてまつりたまひて、よに異心おはせじ」

 など言ふ。

 [第七段 尼君ら一行、小野に帰る]

 尼君よろしくなりたまひぬ。方も開きぬれば、「かくうたてある所に久しうおはせむも便なし」とて帰る。

 「この人は、なほいと弱げなり。道のほどもいかがものしたまはむと、心苦しきこと」

 と言ひ合へり。車二つして、老い人乗りたまへるには、仕うまつる尼二人、次のにはこの人を臥せて、かたはらにいま一人乗り添ひて、道すがら行きもやらず、車止めて湯参りなどしたまふ。

 比叡坂本に、小野といふ所にぞ住みたまひける。そこにおはし着くほど、いと遠し。

 「中宿りを設くべかりける」

 など言ひて、夜更けておはし着きぬ。

 僧都は、親を扱ひ、娘の尼君は、この知らぬ人をはぐくみて、皆抱き降ろしつつ休む。老いの病のいつともなきが、苦しと思ひたまへし遠道の名残こそ、しばしわづらひたまひけれ、やうやうよろしうなりたまひにければ、僧都は登りたまひぬ。

 「かかる人なむ率て来たる」など、法師のあたりにはよからぬことなれば、見ざりし人にはまねばず。尼君も、皆口固めさせつつ、「もし尋ね来る人もやある」と思ふも、静心なし。「いかで、さる田舎人の住むあたりに、かかる人落ちあふれけむ。物詣でなどしたりける人の、心地などわづらひけむを、継母などやうの人の、たばかりて置かせたるにや」などぞ思ひ寄りける。

 「川に流してよ」と言ひし一言より他に、ものもさらにのたまはねば、いとおぼつかなく思ひて、「いつしか人にもなしてみむ」と思ふに、つくづくとして起き上がる世もなく、いとあやしうのみものしたまへば、「つひに生くまじき人にや」と思ひながら、うち捨てむもいとほしういみじ。夢語りもし出でて、初めより祈らせし阿闍梨にも、忍びやかに芥子焼くことせさせたまふ。

 

第二章 浮舟の物語 浮舟の小野山荘での生活
 [第一段 僧都、小野山荘へ下山]
 うちはへかく扱ふほどに、四、五月も過ぎぬ。いとわびしうかひなきことを思ひわびて、僧都の御もとに、

 「なほ下りたまへ。この人、助けたまへ。さすがに今日までもあるは、死ぬまじかりける人を、憑きしみ領じたるものの、去らぬにこそあめれ。あが仏、京に出でたまはばこそはあらめ、ここまではあへなむ」

 など、いみじきことを書き続けて、奉りたまへれば、

 「いとあやしきことかな。かくまでもありける人の命を、やがてとり捨ててましかば。さるべき契りありてこそは、我しも見つけけめ。試みに助け果てむかし。それに止まらずは、業尽きにけりと思はむ」

 とて、下りたまひけり。

 よろこび拝みて、月ごろのありさまを語る。

 「かく久しうわづらふ人は、むつかしきこと、おのづからあるべきを、いささか衰へず、いときよげに、ねぢけたるところなくのみものしたまひて、限りと見えながらも、かくて生きたるわざなりけり」

 など、おほなおほな泣く泣くのたまへば、

 「見つけしより、珍かなる人のみありさまかな。いで」

 とて、さしのぞきて見たまひて、

 「げに、いと警策なりける人の御容面かな。功徳の報いにこそ、かかる容貌にも生ひ出でたまひけめ。いかなる違ひめにて、損はれたまひけむ。もし、さにや、と聞き合はせらるることもなしや」

 と問ひたまふ。

 「さらに聞こゆることもなし。何か、初瀬の観音の賜へる人なり」

 とのたまへば、

 「何か。それ縁に従ひてこそ導きたまはめ。種なきことはいかでか」

 など、のたまふが、あやしがりたまひて、修法始めたり。

 [第二段 もののけ出現]

 「朝廷の召しにだに従はず、深く籠もりたる山を出でたまひて、すぞろにかかる人のためになむ行ひ騷ぎたまふと、ものの聞こえあらむ、いと聞きにくかるべし」と思し、弟子どもも言ひて、「人に聞かせじ」と隠す。僧都、

 「いで、あなかま。大徳たち。われ無慚の法師にて、忌むことの中に、破る戒は多からめど、女の筋につけて、まだ誹りとらず、過つことなし。六十に余りて、今さらに人のもどき負はむは、さるべきにこそはあらめ」

 とのたまへば、

 「よからぬ人の、ものを便なく言ひなしはべる時には、仏法の瑕となりはべることなり」

 と、心よからず思ひて言ふ。

 「この修法のほどにしるし見えずは」

 と、いみじきことどもを誓ひたまひて、夜一夜加持したまへる暁に、人に駆り移して、「何やうのもの、かく人を惑はしたるぞ」と、ありさまばかり言はせまほしうて、弟子の阿闍梨、とりどりに加持したまふ。月ごろ、いささかも現はれざりつるもののけ、調ぜられて、

 「おのれは、ここまで参うで来て、かく調ぜられたてまつるべき身にもあらず。昔は行ひせし法師の、いささかなる世に恨みをとどめて、漂ひありきしほどに、よき女のあまた住みたまひし所に住みつきて、かたへは失ひてしに、この人は、心と世を恨みたまひて、我いかで死なむ、と言ふことを、夜昼のたまひしにたよりを得て、いと暗き夜、独りものしたまひしを取りてしなり。されど、観音とざまかうざまにはぐくみたまひければ、この僧都に負けたてまつりぬ。今は、まかりなむ」

 とののしる。

 「かく言ふは、何ぞ」

 と問へば、憑きたる人、ものはかなきけにや、はかばかしうも言はず。

 [第三段 浮舟、意識を回復]

 正身の心地はさはやかに、いささかものおぼえて見回したれば、一人見し人の顔はなくて、皆、老法師、ゆがみ衰へたる者のみ多かれば、知らぬ国に来にける心地して、いと悲し。

 ありし世のこと思ひ出づれど、住みけむ所、誰れと言ひし人とだに、たしかにはかばかしうもおぼえず。ただ、

 「我は、限りとて身を投げし人ぞかし。いづくに来にたるにか」とせめて思ひ出づれば、

 「いといみじと、ものを思ひ嘆きて、皆人の寝たりしに、妻戸を放ちて出でたりしに、風は烈しう、川波も荒う聞こえしを、独りもの恐ろしかりしかば、来し方行く先もおぼえで、簀子の端に足をさし下ろしながら、行くべき方も惑はれて、帰り入らむも中空にて、心強くこの世に亡せなむと思ひ立ちしを、『をこがましうて人に見つけられむよりは、鬼も何も食ひ失へ』と言ひつつ、つくづくと居たりしを、いときよげなる男の寄り来て、『いざ、たまへ。おのがもとへ』と言ひて、抱く心地のせしを、宮と聞こえし人のしたまふ、とおぼえしほどより、心地惑ひにけるなめり。知らぬ所に据ゑ置きて、この男は消え失せぬ、と見しを、つひにかく本意のこともせずなりぬる、と思ひつつ、いみじう泣く、と思ひしほどに、その後のことは絶えて、いかにもいかにもおぼえず。

 人の言ふを聞けば、多くの日ごろも経にけり。いかに憂きさまを、知らぬ人に扱はれ見えつらむ、と恥づかしう、つひにかくて生き返りぬるか」

 と思ふも口惜しければ、いみじうおぼえて、なかなか、沈みたまひつる日ごろは、うつし心もなきさまにて、ものいささか参る事もありつるを、つゆばかりの湯をだに参らず。

 [第四段 浮舟、五戒を受く]

 「いかなれば、かく頼もしげなくのみはおはするぞ。うちはへぬるみなどしたまへることは冷めたまひて、さはやかに見えたまへば、うれしう思ひきこゆるを」

 と、泣く泣く、たゆむ折なく添ひゐて扱ひきこえたまふ。ある人びとも、あたらしき御さま容貌を見れば、心を尽くしてぞ惜しみまもりける。心には、「なほいかで死なむ」とぞ思ひわたりたまへど、さばかりにて、生き止まりたる人の命なれば、いと執念くて、やうやう頭もたげたまへば、もの参りなどしたまふにぞ、なかなか面痩せもていく。いつしかとうれしう思ひきこゆるに、

 「尼になしたまひてよ。さてのみなむ生くやうもあるべき」

 とのたまへば、

 「いとほしげなる御さまを。いかでか、さはなしたてまつらむ」

 とて、ただ頂ばかりを削ぎ、五戒ばかりを受けさせたてまつる。心もとなけれど、もとよりおれおれしき人の心にて、えさかしく強ひてものたまはず。僧都は、

 「今は、かばかりにて、いたはり止めたてまつりたまへ」

 と言ひ置きて、登りたまひぬ。

 [第五段 浮舟、素性を隠す]

 「夢のやうなる人を見たてまつるかな」と尼君は喜びて、せめて起こし据ゑつつ、御髪手づから削りたまふ。さばかりあさましう、ひき結ひてうちやりたりつれど、いたうも乱れず、解き果てたれば、つやつやとけうらなり。一年足らぬ九十九髪多かる所にて、目もあやに、いみじき天人の天降れるを見たらむやうに思ふも、危ふき心地すれど、

 「などか、いと心憂く、かばかりいみじく思ひきこゆるに、御心を立てては見えたまふ。いづくに誰れと聞こえし人の、さる所にはいかでおはせしぞ」

 と、せめて問ふを、いと恥づかしと思ひて、

 「あやしかりしほどに、皆忘れたるにやあらむ、ありけむさまなどもさらにおぼえはべらず。ただ、ほのかに思ひ出づることとては、ただ、いかでこの世にあらじと思ひつつ、夕暮ごとに端近くて眺めしほどに、前近く大きなる木のありし下より、人の出で来て、率て行く心地なむせし。それより他のことは、我ながら、誰れともえ思ひ出でられはべらず」

 と、いとらうたげに言ひなして、

 「世の中に、なほありけりと、いかで人に知られじ。聞きつくる人もあらば、いといみじくこそ」

 とて泣いたまふ。あまり問ふをば、苦しと思したれば、え問はず。かぐや姫を見つけたりけむ竹取の翁よりも、珍しき心地するに、「いかなるものの隙に消え失せむとすらむ」と、静心なくぞ思しける。

 [第六段 小野山荘の風情]

 この主人もあてなる人なりけり。娘の尼君は、上達部の北の方にてありけるが、その人亡くなりたまひてのち、娘ただ一人をいみじくかしづきて、よき君達を婿にして思ひ扱ひけるを、その娘の君の亡くなりにければ、心憂し、いみじ、と思ひ入りて、形をも変へ、かかる山里には住み始めたりけるなり。

 「世とともに恋ひわたる人の形見にも、思ひよそへつべからむ人をだに見出でてしがな」、つれづれも心細きままに思ひ嘆きけるを、かく、おぼえぬ人の、容貌けはひもまさりざまなるを得たれば、うつつのことともおぼえず、あやしき心地しながら、うれしと思ふ。ねびにたれど、いときよげによしありて、ありさまもあてはかなり。

 昔の山里よりは、水の音もなごやかなり。造りざま、ゆゑある所、木立おもしろく、前栽もをかしく、ゆゑを尽くしたり。秋になりゆけば、空のけしきもあはれなり。門田の稲刈るとて、所につけたるものまねびしつつ、若き女どもは、歌うたひ興じあへり。引板ひき鳴らす音もをかしく、見し東路のことなども思ひ出でられて。

 かの夕霧の御息所のおはせし山里よりは、今すこし入りて、山に片かけたる家なれば、松蔭茂く、風の音もいと心細きに、つれづれに行ひをのみしつつ、いつとなくしめやかなり。

 [第七段 浮舟、手習して述懐]

 尼君ぞ、月など明き夜は、琴など弾きたまふ。少将の尼君などいふ人は、琵琶弾きなどしつつ遊ぶ。

 「かかるわざはしたまふや。つれづれなるに」

 など言ふ。昔も、あやしかりける身にて、心のどかに、「さやうのことすべきほどもなかりしかば、いささかをかしきさまならずも生ひ出でにけるかな」と、かくさだ過ぎにける人の、心をやるめる折々につけては、思ひ出づるを、「あさましくものはかなかりける」と、我ながら口惜しければ、手習に、

 「身を投げし涙の川の早き瀬を
  しがらみかけて誰れか止めし」

 思ひの外に心憂ければ、行く末もうしろめたく、疎ましきまで思ひやらる。

 月の明かき夜な夜な、老い人どもは艶に歌詠み、いにしへ思ひ出でつつ、さまざま物語などするに、いらふべきかたもなければ、つくづくとうち眺めて、

 「我かくて憂き世の中にめぐるとも
  誰れかは知らむ月の都に」

 今は限りと思ひしほどは、恋しき人多かりしかど、こと人びとはさしも思ひ出でられず、ただ、

 「親いかに惑ひたまひけむ。乳母、よろづに、いかで人なみなみになさむと思ひ焦られしを、いかにあへなき心地しけむ。いづくにあらむ。我、世にあるものとはいかでか知らむ」

 同じ心なる人もなかりしままに、よろづ隔つることなく語らひ見馴れたりし右近なども、折々は思ひ出でらる。

 [第八段 浮舟の日常生活]

 若き人の、かかる山里に、今はと思ひ絶え籠もるは、難きわざなりければ、ただいたく年経にける尼、七、八人ぞ、常の人にてはありける。それらが娘孫やうの者ども、京に宮仕へするも、異ざまにてあるも、時々ぞ来通ひける。

 「かやうの人につけて、見しわたりに行き通ひ、おのづから、世にありけりと誰れにも誰れにも聞かれたてまつらむこと、いみじく恥づかしかるべし。いかなるさまにてさすらへけむ」

 など、思ひやり世づかずあやしかるべきを思へば、かかる人びとに、かけても見えず。ただ侍従、こもきとて、尼君のわが人にしたりける二人をのみぞ、この御方に言ひ分けたりける。みめも心ざまも、昔見し都鳥に似たるはなし。何事につけても、「世の中にあらぬ所はこれにや」とぞ、かつは思ひなされける。

 かくのみ、人に知られじと忍びたまへば、「まことにわづらはしかるべきゆゑある人にもものしたまふらむ」とて、詳しきこと、ある人びとにも知らせず。

 

第三章 浮舟の物語 中将、浮舟に和歌を贈る
 [第一段 尼君の亡き娘の婿君、山荘を訪問]
 尼君の昔の婿の君、今は中将にてものしたまひける、弟の禅師の君、僧都の御もとにものしたまひける、山籠もりしたるを訪らひに、兄弟の君たち常に登りけり。

 横川に通ふ道のたよりに寄せて、中将ここにおはしたり。前駆うち追ひて、あてやかなる男の入り来るを見出だして、忍びやかにおはせし人の御さまけはひぞ、さやかに思ひ出でらるる。

 これもいと心細き住まひのつれづれなれど、住みつきたる人びとは、ものきよげにをかしうしなして、垣ほに植ゑたる撫子もおもしろく、女郎花、桔梗など咲き始めたるに、色々の狩衣姿の男どもの若きあまたして、君も同じ装束にて、南面に呼び据ゑたれば、うち眺めてゐたり。年二十七、八のほどにて、ねびととのひ、心地なからぬさまもてつけたり。

 尼君、障子口に几帳立てて、対面したまふ。まづうち泣きて、

 「年ごろの積もるには、過ぎにし方いとど気遠くのみなむはべるを、山里の光になほ待ちきこえさすることの、うち忘れず止みはべらぬを、かつはあやしく思ひたまふる」

 とのたまへば、

 「心のうちあはれに、過ぎにし方のことども、思ひたまへられぬ折なきを、あながちに住み離れ顔なる御ありさまに、おこたりつつなむ。山籠もりもうらやましう、常に出で立ちはべるを、同じくはなど、慕ひまとはさるる人びとに、妨げらるるやうにはべりてなむ。今日は、皆はぶき捨ててものしたまへる」

 とのたまふ。

 「山籠もりの御うらやみは、なかなか今様だちたる御ものまねびになむ。昔を思し忘れぬ御心ばへも、世に靡かせたまはざりけると、おろかならず思ひたまへらるる折多く」

 など言ふ。

 [第二段 浮舟の思い]

 人びとに水飯などやうの物食はせ、君にも蓮の実などやうのもの出だしたれば、馴れにしあたりにて、さやうのこともつつみなき心地して、村雨の降り出づるに止められて、物語しめやかにしたまふ。

 「言ふかひなくなりにし人よりも、この君の御心ばへなどの、いと思ふやうなりしを、よそのものに思ひなしたるなむ、いと悲しき。など、忘れ形見をだに留めたまはずなりにけむ」

 と、恋ひ偲ぶ心なりければ、たまさかにかくものしたまへるにつけても、珍しくあはれにおぼゆべかめる問はず語りもし出でつべし。

 姫君は、我は我と、思ひ出づる方多くて、眺め出だしたまへるさま、いとうつくし。白き単衣の、いと情けなくあざやぎたるに、袴も桧皮色にならひたるにや、光も見えず黒きを着せたてまつりたれば、「かかることどもも、見しには変はりてあやしうもあるかな」と思ひつつ、こはごはしういららぎたるものども着たまへるしも、いとをかしき姿なり。御前なる人びと、

 「故姫君のおはしたる心地のみしはべりつるに、中将殿をさへ見たてまつれば、いとあはれにこそ。同じくは、昔のさまにておはしまさせばや。いとよき御あはひならむかし」

 と言ひ合へるを、

 「あな、いみじや。世にありて、いかにもいかにも、人に見えむこそ。それにつけてぞ昔のこと思ひ出でらるべき。さやうの筋は、思ひ絶えて忘れなむ」と思ふ。

 [第三段 中将、浮舟を垣間見る]

 尼君入りたまへる間に、客人、雨のけしきを見わづらひて、少将と言ひし人の声を聞き知りて、呼び寄せたまへり。

 「昔見し人びとは、皆ここにものせらるらむや、と思ひながらも、かう参り来ることも難くなりにたるを、心浅きにや、誰れも誰れも見なしたまふらむ」

 などのたまふ。仕うまつり馴れにし人にて、あはれなりし昔のことどもも思ひ出でたるついでに、

 「かの廊のつま入りつるほど、風の騒がしかりつる紛れに、簾の隙より、なべてのさまにはあるまじかりつる人の、うち垂れ髪の見えつるは、世を背きたまへるあたりに、誰れぞとなむ見おどろかれつる」

 とのたまふ。「姫君の立ち出でたまへるうしろでを、見たまへりけるなめり」と思ひ出でて、「ましてこまかに見せたらば、心止まりたまひなむかし。昔人は、いとこよなう劣りたまへりしをだに、まだ忘れがたくしたまふめるを」と、心一つに思ひて、

 「過ぎにし御ことを忘れがたく、慰めかねたまふめりしほどに、おぼえぬ人を得たてまつりたまひて、明け暮れの見物に思ひきこえたまふめるを、うちとけたまへる御ありさまを、いかで御覧じつらむ」

 と言ふ。「かかることこそはありけれ」とをかしくて、「何人ならむ。げに、いとをかしかりつ」と、ほのかなりつるを、なかなか思ひ出づ。こまかに問へど、そのままにも言はず、

 「おのづから聞こし召してむ」

 とのみ言へば、うちつけに問ひ尋ねむも、さま悪しき心地して、

 「雨も止みぬ。日も暮れぬべし」

 と言ふにそそのかされて、出でたまふ。

 [第四段 中将、横川の僧都と語る]

 前近き女郎花を折りて、「何匂ふらむ」と口ずさびて、独りごち立てり。

 「人のもの言ひを、さすがに思しとがむるこそ」

 など、古代の人どもは、ものめでをしあへり。

 「いときよげに、あらまほしくもねびまさりたまひにけるかな。同じくは、昔のやうにても見たてまつらばや」とて、

 「藤中納言の御あたりには、絶えず通ひたまふやうなれど、心も止めたまはず、親の殿がちになむものしたまふ、とこそ言ふなれ」

 と、尼君ものたまひて、

 「心憂く、ものをのみ思し隔てたるなむ、いとつらき。今は、なほ、さるべきなめりと思しなして、晴れ晴れしくもてなしたまへ。この五年、六年、時の間も忘れず、恋しく悲しと思ひつる人の上も、かく見たてまつりて後よりは、こよなく思ひ忘られにてはべる。思ひきこえたまふべき人びと世におはすとも、今は世に亡きものにこそ、やうやう思しなりぬらめ。よろづのこと、さし当たりたるやうには、えしもあらぬわざになむ」

 と言ふにつけても、いとど涙ぐみて、

 「隔てきこゆる心は、はべらねど、あやしくて生き返りけるほどに、よろづのこと夢の世にたどられて。あらぬ世に生れたらむ人は、かかる心地やすらむ、とおぼえはべれば、今は、知るべき人世にあらむとも思ひ出でず。ひたみちにこそ、睦ましく思ひきこゆれ」

 とのたまふさまも、げに、何心なくうつくしく、うち笑みてぞまもりゐたまへる。

 中将は、山におはし着きて、僧都も珍しがりて、世の中の物語したまふ。その夜は泊りて、声尊き人に経など読ませて、夜一夜、遊びたまふ。禅師の君、こまかなる物語などするついでに、

 「小野に立ち寄りて、ものあはれにもありしかな。世を捨てたれど、なほさばかりの心ばせある人は、難うこそ」

 などあるついでに、

 「風の吹き開けたりつる隙より、髪いと長くをかしげなる人こそ見えつれ。あらはなりとや思ひつらむ、立ちてあなたに入りつるうしろで、なべての人とは見えざりつ。さやうの所に、よき女は置きたるまじきものにこそあめれ。明け暮れ見るものは法師なり。おのづから目馴れておぼゆらむ。不便なることぞかし」

 とのたまふ。禅師の君、

 「この春、初瀬に詣でて、あやしくて見出でたる人となむ、聞きはべりし」

 とて、見ぬことなれば、こまかには言はず。

 「あはれなりけることかな。いかなる人にかあらむ。世の中を憂しとてぞ、さる所には隠れゐけむかし。昔物語の心地もするかな」

 とのたまふ。

 [第五段 中将、帰途に浮舟に和歌を贈る]

 またの日、帰りたまふにも、「過ぎがたくなむ」とておはしたり。さるべき心づかひしたりければ、昔思ひ出でたる御まかなひの少将の尼なども、袖口さま異なれども、をかし。いとどいや目に、尼君はものしたまふ。物語のついでに、

 「忍びたるさまにものしたまふらむは、誰れにか」

 と問ひたまふ。わづらはしけれど、ほのかにも見つけてけるを、隠し顔ならむもあやしとて、

 「忘れわびはべりて、いとど罪深うのみおぼえはべりつる慰めに、この月ごろ見たまふる人になむ。いかなるにか、いともの思ひしげきさまにて、世にありと人に知られむことを、苦しげに思ひてものせらるれば、かかる谷の底には誰れかは尋ね聞かむ、と思ひつつはべるを、いかでかは聞きあらはさせたまへらむ」

 といらふ。

 「うちつけ心ありて参り来むにだに、山深き道のかことは聞こえつべし。まして、思しよそふらむ方につけては、ことことに隔てたまふまじきことにこそは。いかなる筋に世を恨みたまふ人にか。慰めきこえばや」

 など、ゆかしげにのたまふ。

 出でたまふとて、畳紙に、

 「あだし野の風になびくな女郎花
  我しめ結はむ道遠くとも」

 と書きて、少将の尼して入れたり。尼君も見たまひて、

 「この御返り書かせたまへ。いと心にくきけつきたまへる人なれば、うしろめたくもあらじ」

 とそそのかせば、

 「いとあやしき手をば、いかでか」

 とて、さらに聞きたまはねば、

 「はしたなきことなり」

 とて、尼君、

 「聞こえさせつるやうに、世づかず、人に似ぬ人にてなむ。

  移し植ゑて思ひ乱れぬ女郎花
  憂き世を背く草の庵に」

 とあり。「こたみは、さもありぬべし」と、思ひ許して帰りぬ。

 [第六段 中将、三度山荘を訪問]

 文などわざとやらむは、さすがにうひうひしう、ほのかに見しさまは忘れず、もの思ふらむ筋、何ごとと知らねど、あはれなれば、八月十余日のほどに、小鷹狩のついでにおはしたり。例の、尼呼び出でて、

 「一目見しより、静心なくてなむ」

 とのたまへり。いらへたまふべくもあらねば、尼君、

 「待乳の山、となむ見たまふる」

 と言ひ出だしたまふ。対面したまへるにも、

 「心苦しきさまにてものしたまふと聞きはべりし人の御上なむ、残りゆかしくはべりつる。何事も心にかなはぬ心地のみしはべれば、山住みもしはべらまほしき心ありながら、許いたまふまじき人びとに思ひ障りてなむ過ぐしはべる。世に心地よげなる人の上は、かく屈じたる人の心からにや、ふさはしからずなむ。もの思ひたまふらむ人に、思ふことを聞こえばや」

 など、いと心とどめたるさまに語らひたまふ。

 「心地よげならぬ御願ひは、聞こえ交はしたまはむに、つきなからぬさまになむ見えはべれど、例の人にてはあらじと、いとうたたあるまで世を恨みたまふめれば。残りすくなき齢どもだに、今はと背きはべる時は、いともの心細くおぼえはべりしものを。世をこめたる盛りには、つひにいかがとなむ、見たまへはべる」

 と、親がりて言ふ。入りても、

 「情けなし。なほ、いささかにても聞こえたまへ。かかる御住まひは、すずろなることも、あはれ知るこそ世の常のことなれ」

 など、こしらへても言へど、

 「人にもの聞こゆらむ方も知らず、何事もいふかひなくのみこそ」

 と、いとつれなくて臥したまへり。

 客人は、

 「いづら。あな、心憂。秋を契れるは、すかしたまふにこそありけれ」

 など、恨みつつ、

 「松虫の声を訪ねて来つれども
  また萩原の露に惑ひぬ」

 「あな、いとほし。これをだに」

 など責むれば、さやうに世づいたらむこと言ひ出でむもいと心憂く、また、言ひそめては、かやうの折々に責められむも、むつかしうおぼゆれば、いらへをだにしたまはねば、あまりいふかひなく思ひあへり。尼君、早うは今めきたる人にぞありける名残なるべし。

 「秋の野の露分け来たる狩衣
  葎茂れる宿にかこつな

 となむ、わづらはしがりきこえたまふめる」

 と言ふを、内にも、なほ「かく心より外に世にありと知られ始むるを、いと苦し」と思す心のうちをば知らで、男君をも飽かず思ひ出でつつ、恋ひわたる人びとなれば、

 「かく、はかなきついでにも、うち語らひきこえたまはむに、心より外に、よにうしろめたくは見えたまはぬものを。世の常なる筋には思しかけずとも、情けなからぬほどに、御いらへばかりは聞こえたまへかし」

 など、ひき動かしつべく言ふ。

 [第七段 尼君、中将を引き留める]

 さすがに、かかる古代の心どもにはありつかず、今めきつつ、腰折れ歌好ましげに、若やぐけしきどもは、いとうしろめたうおぼゆ。

 「限りなく憂き身なりけり、と見果ててし命さへ、あさましう長くて、いかなるさまにさすらふべきならむ。ひたぶるに亡き者と人に見聞き捨てられてもやみなばや」

 と思ひ臥したまへるに、中将は、おほかたもの思はしきことのあるにや。いといたううち嘆き、忍びやかに笛を吹き鳴らして、

 「鹿の鳴く音に」

 など独りごつけはひ、まことに心地なくはあるまじ。

 「過ぎにし方の思ひ出でらるるにも、なかなか心尽くしに、今はじめてあはれと思すべき人はた、難げなれば、見えぬ山路にもえ思ひなすまじうなむ」

 と、恨めしげにて出でなむとするに、尼君、

 「など、あたら夜を御覧じさしつる」

 とて、ゐざり出でたまへり。

 「何か。遠方なる里も、試みはべれば」

 など言ひすさみて、「いたう好きがましからむも、さすがに便なし。いとほのかに見えしさまの、目止まりしばかり、つれづれなる心慰めに思ひ出づるを、あまりもて離れ、奥深なるけはひも所のさまにあはずすさまじ」と思へば、帰りなむとするを、笛の音さへ飽かず、いとどおぼえて、

 「深き夜の月をあはれと見ぬ人や
  山の端近き宿に泊らぬ」

 と、なまかたはなることを、

 「かくなむ、聞こえたまふ」

 と言ふに、心ときめきして、

 「山の端に入るまで月を眺め見む
  閨の板間もしるしありやと」

 など言ふに、この大尼君、笛の音をほのかに聞きつけたりければ、さすがにめでて出で来たり。

 ここかしこうちしはぶき、あさましきわななき声にて、なかなか昔のことなどもかけて言はず。誰れとも思ひ分かぬなるべし。

 「いで、その琴の琴弾きたまへ。横笛は、月にはいとをかしきものぞかし。いづら、御達。琴とりて参れ」

 と言ふに、それなめりと、推し量りに聞けど、「いかなる所に、かかる人、いかで籠もりゐたらむ。定めなき世ぞ」、これにつけてあはれなる。盤渉調をいとをかしう吹きて、

 「いづら、さらば」

 とのたまふ。

 娘尼君、これもよきほどの好き者にて、

 「昔聞きはべりしよりも、こよなくおぼえはべるは、山風をのみ聞き馴れはべりにける耳からにや」とて、「いでや、これもひがことになりてはべらむ」

 と言ひながら弾く。今様は、をさをさなべての人の、今は好まずなりゆくものなれば、なかなか珍しくあはれに聞こゆ。松風もいとよくもてはやす。吹きて合はせたる笛の音に、月もかよひて澄める心地すれば、いよいよめでられて、宵惑ひもせず、起き居たり。

 [第八段 母尼君、琴を弾く]

 「女は、昔は、東琴をこそは、こともなく弾きはべりしかど、今の世には、変はりにたるにやあらむ。この僧都の、『聞きにくし。念仏より他のあだわざなせそ』とはしたなめられしかば、何かは、とて弾きはべらぬなり。さるは、いとよく鳴る琴もはべり」

 と言ひ続けて、いと弾かまほしと思ひたれば、いと忍びやかにうち笑ひて、

 「いとあやしきことをも制しきこえたまひける僧都かな。極楽といふなる所には、菩薩なども皆かかることをして、天人なども舞ひ遊ぶこそ尊かなれ。行ひ紛れ、罪得べきことかは。今宵聞きはべらばや」

 とすかせば、「いとよし」と思ひて、

 「いで、主殿のくそ、東取りて」

 と言ふにも、しはぶきは絶えず。人びとは、見苦しと思へど、僧都をさへ、恨めしげにうれへて言ひ聞かすれば、いとほしくてまかせたり。取り寄せて、ただ今の笛の音をも訪ねず、ただおのが心をやりて、東の調べを爪さはやかに調ぶ。皆異ものは声を止めつるを、「これをのみめでたる」と思ひて、

 「たけふ、ちちりちちり、たりたむな」

 など、掻き返し、はやりかに弾きたる、言葉ども、わりなく古めきたり。

 「いとをかしう、今の世に聞こえぬ言葉こそは、弾きたまひけれ」

 と褒むれば、耳ほのぼのしく、かたはらなる人に問ひ聞きて、

 「今様の若き人は、かやうなることをぞ好まれざりける。ここに月ごろものしたまふめる姫君、容貌いとけうらにものしたまふめれど、もはら、かやうなるあだわざなどしたまはず、埋れてなむ、ものしたまふめる」

 と、我かしこにうちあざ笑ひて語るを、尼君などは、かたはらいたしと思す。

 [第九段 翌朝、中将から和歌が贈られる]

 これに事皆醒めて、帰りたまふほども、山おろし吹きて、聞こえ来る笛の音、いとをかしう聞こえて、起き明かしたる翌朝、

 「昨夜は、かたがた心乱れはべりしかば、急ぎまかではべりし。

  忘られぬ昔のことも笛竹の
  つらきふしにも音ぞ泣かれける

 なほ、すこし思し知るばかり教へなさせたまへ。忍ばれぬべくは、好き好きしきまでも、何かは」

 とあるを、いとどわびたるは、涙とどめがたげなるけしきにて、書きたまふ。

 「笛の音に昔のことも偲ばれて
  帰りしほども袖ぞ濡れにし

 あやしう、もの思ひ知らぬにや、とまで見はべるありさまは、老い人の問はず語りに、聞こし召しけむかし」

 とあり。珍しからぬも見所なき心地して、うち置かれけむ。

 荻の葉に劣らぬほどほどに訪れわたる、「いとむつかしうもあるかな。人の心はあながちなるものなりけり」と見知りにし折々も、やうやう思ひ出づるままに、

 「なほ、かかる筋のこと、人にも思ひ放たすべきさまに、疾くなしたまひてよ」

 とて、経習ひて読みたまふ。心の内にも念じたまへり。かくよろづにつけて世の中を思ひ捨つれば、「若き人とてをかしやかなることもことになく、結ぼほれたる本性なめり」と思ふ。容貌の見るかひあり、うつくしきに、よろづの咎見許して、明け暮れの見物にしたり。すこしうち笑ひたまふ折は、珍しくめでたきものに思へり。

 

第四章 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す
 [第一段 九月、尼君、再度初瀬に詣でる]
 九月になりて、この尼君、初瀬に詣づ。年ごろいと心細き身に、恋しき人の上も思ひやまれざりしを、かくあらぬ人ともおぼえたまはぬ慰めを得たれば、観音の御験うれしとて、返り申しだちて、詣でたまふなりけり。

 「いざ、たまへ。人やは知らむとする。同じ仏なれど、さやうの所に行ひたるなむ、験ありてよき例多かる」

 と言ひて、そそのかしたつれど、「昔、母君、乳母などの、かやうに言ひ知らせつつ、たびたび詣でさせしを、かひなきにこそあめれ。命さへ心にかなはず、たぐひなきいみじきめを見るは」と、いと心憂きうちにも、「知らぬ人に具して、さる道のありきをしたらむよ」と、そら恐ろしくおぼゆ。

 心ごはきさまには言ひもなさで、

 「心地のいと悪しうのみはべれば、さやうならむ道のほどにもいかがなど、つつましうなむ」

 とのたまふ。「物懼ぢはさもしたまふべき人ぞかし」と思ひて、しひても誘はず。

 「はかなくて世に古川の憂き瀬には
  尋ねも行かじ二本の杉」

 と手習に混じりたるを、尼君見つけて、

 「二本は、またも逢ひきこえむと思ひたまふ人あるべし」

 と、戯れごとを言ひ当てたるに、胸つぶれて、面赤めたまへる、いと愛敬づきうつくしげなり。

 「古川の杉のもとだち知らねども
  過ぎにし人によそへてぞ見る」

 ことなることなきいらへを口疾く言ふ。忍びて、と言へど、皆人慕ひつつ、ここには人少なにておはせむを心苦しがりて、心ばせある少将の尼、左衛門とてある大人しき人、童ばかりぞ留めたりける。

 [第二段 浮舟、少将の尼と碁を打つ]

 皆出で立ちけるを眺め出でて、あさましきことを思ひながらも、「今はいかがせむ」と、「頼もし人に思ふ人一人ものしたまはぬは、心細くもあるかな」と、いとつれづれなるに、中将の御文あり。

 「御覧ぜよ」と言へど、聞きも入れたまはず。いとど人も見えず、つれづれと来し方行く先を思ひ屈じたまふ。

 「苦しきまでも眺めさせたまふかな。御碁を打たせたまへ」

 と言ふ。

 「いとあやしうこそはありしか」

 とはのたまへど、打たむと思したれば、盤取りにやりて、我はと思ひて先ぜさせたてまつりたるに、いとこよなければ、また手直して打つ。

 「尼上疾う帰らせたまはなむ。この御碁見せたてまつらむ。かの御碁ぞ、いと強かりし。僧都の君、早うよりいみじう好ませたまひて、けしうはあらずと思したりしを、いと棋聖大徳になりて、『さし出でてこそ打たざらめ、御碁には負けじかし』と聞こえたまひしに、つひに僧都なむ二つ負けたまひし。棋聖が碁には勝らせたまふべきなめり。あな、いみじ」

 と興ずれば、さだ過ぎたる尼額の見つかぬに、もの好みするに、「むつかしきこともしそめてけるかな」と思ひて、「心地悪し」とて臥したまひぬ。

 「時々、晴れ晴れしうもてなしておはしませ。あたら御身を。いみじう沈みてもてなさせたまふこそ口惜しう、玉に瑕あらむ心地しはべれ」

 と言ふ。夕暮の風の音もあはれなるに、思ひ出づることも多くて、

 「心には秋の夕べを分かねども
  眺むる袖に露ぞ乱るる」

 [第三段 中将来訪、浮舟別室に逃げ込む]

 月さし出でてをかしきほどに、昼文ありつる中将おはしたり。「あな、うたて。こは、なにぞ」とおぼえたまへば、奥深く入りたまふを、

 「さも、あまりにもおはしますものかな。御心ざしのほども、あはれまさる折にこそはべるめれ。ほのかにも、聞こえたまはむことも聞かせたまへ。しみつかむことのやうに思し召したるこそ」

 など言ふに、いとはしたなくおぼゆ。おはせぬよしを言へど、昼の使の、一所など問ひ聞きたるなるべし、いと言多く怨みて、

 「御声も聞きはべらじ。ただ、気近くて聞こえむことを、聞きにくしともいかにとも、思しことわれ」

 と、よろづに言ひわびて、

 「いと心憂く。所につけてこそ、もののあはれもまされ。あまりかかるは」

 など、あはめつつ、

 「山里の秋の夜深きあはれをも
  もの思ふ人は思ひこそ知れ

 おのづから御心も通ひぬべきを」

 などあれば、

 「尼君おはせで、紛らはしきこゆべき人もはべらず。いと世づかぬやうならむ」

 と責むれば、

 「憂きものと思ひも知らで過ぐす身を
  もの思ふ人と人は知りけり」

 わざといらへともなきを、聞きて伝へきこゆれば、いとあはれと思ひて、

 「なほ、ただいささか出でたまへ、と聞こえ動かせ」

 と、この人びとをわりなきまで恨みたまふ。

 「あやしきまで、つれなくぞ見えたまふや」

 とて、入りて見れば、例はかりそめにもさしのぞきたまはぬ老い人の御方に入りたまひにけり。あさましう思ひて、「かくなむ」と聞こゆれば、

 「かかる所に眺めたまふらむ心の内のあはれに、おほかたのありさまなども、情けなかるまじき人の、いとあまり思ひ知らぬ人よりも、けにもてなしたまふめるこそ。それ物懲りしたまへるか。なほ、いかなるさまに世を恨みて、いつまでおはすべき人ぞ」

 など、ありさま問ひて、いとゆかしげにのみ思いたれど、こまかなることは、いかでかは言ひ聞かせむ。ただ、

 「知りきこえたまふべき人の、年ごろは、疎々しきやうにて過ぐしたまひしを、初瀬に詣であひたまひて、尋ねきこえたまひつる」

 とぞ言ふ。

 [第四段 老尼君たちのいびき]

 姫君は、「いとむつかし」とのみ聞く老い人のあたりにうつぶし臥して、寝も寝られず。宵惑ひは、えもいはずおどろおどろしきいびきしつつ、前にも、うちすがひたる尼ども二人して、劣らじといびき合はせたり。いと恐ろしう、「今宵、この人びとにや食はれなむ」と思ふも、惜しからぬ身なれど、例の心弱さは、一つ橋危ふがりて帰り来たりけむ者のやうに、わびしくおぼゆ。

 こもき、供に率ておはしつれど、色めきて、このめづらしき男の艶だちゐたる方に帰り去にけり。「今や来る、今や来る」と待ちゐたまへれど、いとはかなき頼もし人なりや。中将、言ひわづらひて帰りにければ、

 「いと情けなく、埋れてもおはしますかな。あたら御容貌を」

 などそしりて、皆一所に寝ぬ。

 「夜中ばかりにやなりぬらむ」と思ふほどに、尼君しはぶきおぼほれて起きにたり。火影に、頭つきはいと白きに、黒きものをかづきて、この君の臥したまへる、あやしがりて、鼬とかいふなるものが、さるわざする、額に手を当てて、

 「あやし。これは、誰れぞ」

 と、執念げなる声にて見おこせたる、さらに、「ただ今食ひてむとする」とぞおぼゆる。鬼の取りもて来けむほどは、物のおぼえざりければ、なかなか心やすし。「いかさまにせむ」とおぼゆるむつかしさにも、「いみじきさまにて生き返り、人になりて、またありしいろいろの憂きことを思ひ乱れ、むつかしとも恐ろしとも、ものを思ふよ。死なましかば、これよりも恐ろしげなる者の中にこそはあらましか」と思ひやらる。

 [第五段 浮舟、悲運のわが身を思う]

 昔よりのことを、まどろまれぬままに、常よりも思ひ続くるに、

 「いと心憂く、親と聞こえけむ人の御容貌も見たてまつらず、遥かなる東を返る返る年月をゆきて、たまさかに尋ね寄りて、うれし頼もしと思ひきこえし姉妹の御あたりをも、思はずにて絶え過ぎ、さる方に思ひ定めたまひし人につけて、やうやう身の憂さをも慰めつべききはめに、あさましうもてそこなひたる身を思ひもてゆけば、宮を、すこしもあはれと思ひきこえけむ心ぞ、いとけしからぬ。ただ、この人の御ゆかりにさすらへぬるぞ」

 と思へば、「小島の色をためしに契りたまひしを、などてをかしと思ひきこえけむ」と、こよなく飽きにたる心地す。初めより、薄きながらものどやかにものしたまひし人は、この折かの折など、思ひ出づるぞこよなかりける。「かくてこそありけれ」と、聞きつけられたてまつらむ恥づかしさは、人よりまさりぬべし。さすがに、「この世には、ありし御さまを、よそながらだにいつか見むずる、とうち思ふ、なほ、悪ろの心や。かくだに思はじ」など、心一つをかへさふ。

 からうして鶏の鳴くを聞きて、いとうれし。「母の御声を聞きたらむは、ましていかならむ」と思ひ明かして、心地もいと悪し。供にて渡るべき人もとみに来ねば、なほ臥したまへるに、いびきの人は、いと疾く起きて、粥などむつかしきことどもをもてはやして、

 「御前に、疾く聞こし召せ」

 など寄り来て言へど、まかなひもいとど心づきなく、うたて見知らぬ心地して、

 「悩ましくなむ」

 と、ことなしびたまふを、しひて言ふもいとこちなし。

 [第六段 僧都、宮中へ行く途中に立ち寄る]

 下衆下衆しき法師ばらなどあまた来て、

 「僧都、今日下りさせたまふべし」

 「などにはかには」

 と問ふなれば、

 「一品の宮の、御もののけに悩ませたまひける、山の座主、御修法仕まつらせたまへど、なほ、僧都参らせたまはでは験なしとて、昨日、二度なむ召しはべりし。右大臣殿の四位少将、昨夜、夜更けてなむ登りおはしまして、后の宮の御文などはべりければ、下りさせたまふなり」

 など、いとはなやかに言ひなす。「恥づかしうとも、会ひて、尼になしたまひてよ、と言はむ。さかしら人少なくて、よき折にこそ」と思へば、起きて、

 「心地のいと悪しうのみはべるを、僧都の下りさせたまへらむに、忌むこと受けはべらむとなむ思ひはべるを、さやうに聞こえたまへ」

 と語らひたまへば、ほけほけしう、うちうなづく。

 例の方におはして、髪は尼君のみ削りたまふを、異人に手触れさせむもうたておぼゆるに、手づからはた、えせぬことなれば、ただすこし解き下して、親に今一度かうながらのさまを見えずなりなむこそ、人やりならず、いと悲しけれ。いたうわづらひしけにや、髪もすこし落ち細りたる心地すれど、何ばかりも衰へず、いと多くて、六尺ばかりなる末などぞ、いとうつくしかりける。筋なども、いとこまかにうつくしげなり。

 「かかれとてしも」

 と、独りごちゐたまへり。

 暮れ方に、僧都ものしたまへり。南面払ひしつらひて、まろなる頭つき、行きちがひ騷ぎたるも、例に変はりて、いと恐ろしき心地す。母の御方に参りたまひて、

 「いかにぞ、月ごろは」

 など言ふ。

 「東の御方は物詣でしたまひにきとか。このおはせし人は、なほものしたまふや」

 など問ひたまふ。

 「しか。ここにとまりてなむ。心地悪しとこそものしたまひて、忌むこと受けたてまつらむ、とのたまひつる」

 と語る。

 [第七段 浮舟、僧都に出家を懇願]

 立ちてこなたにいまして、「ここにや、おはします」とて、几帳のもとについゐたまへば、つつましけれど、ゐざり寄りて、いらへしたまふ。

 「不意にて見たてまつりそめてしも、さるべき昔の契りありけるにこそ、と思ひたまへて。御祈りなども、ねむごろに仕うまつりしを、法師は、そのこととなくて、御文聞こえ受けたまはむも便なければ、自然になむおろかなるやうになりはべりぬる。いとあやしきさまに、世を背きたまへる人の御あたり、いかでおはしますらむ」

 とのたまふ。

 「世の中にはべらじと思ひ立ちはべりし身の、いとあやしくて今まではべりつるを、心憂しと思ひはべるものから、よろづにせさせたまひける御心ばへをなむ、いふかひなき心地にも、思ひたまへ知らるるを、なほ、世づかずのみ、つひにえ止まるまじく思ひたまへらるるを、尼になさせたまひてよ。世の中にはべるとも、例の人にてながらふべくもはべらぬ身になむ」

 と聞こえたまふ。

 「まだ、いと行く先遠げなる御ほどに、いかでかひたみちにしかば、思し立たむ。かへりて罪あることなり。思ひ立ちて、心を起こしたまふほどは強く思せど、年月経れば、女の御身といふもの、いとたいだいしきものになむ」

 とのたまへば、

 「幼くはべりしほどより、ものをのみ思ふべきありさまにて、親なども、尼になしてや見まし、などなむ思ひのたまひし。まして、すこしもの思ひ知りて後は、例の人ざまならで、後の世をだに、と思ふ心深かりしを、亡くなるべきほどのやうやう近くなりはべるにや、心地のいと弱くのみなりはべるを、なほ、いかで」

 とて、うち泣きつつのたまふ。

 [第八段 浮舟、出家す]

 「あやしく、かかる容貌ありさまを、などて身をいとはしく思ひはじめたまひけむ。もののけもさこそ言ふなりしか」と思ひ合はするに、「さるやうこそはあらめ。今までも生きたるべき人かは。悪しきものの見つけそめたるに、いと恐ろしく危ふきことなり」と思して、

 「とまれ、かくまれ、思し立ちてのたまふを、三宝のいとかしこく誉めたまふことなり。法師にて聞こえ返すべきことにあらず。御忌むことは、いとやすく授けたてまつるべきを、急なることにまかんでたれば、今宵、かの宮に参るべくはべり。明日よりや、御修法始まるべくはべらむ。七日果ててまかでむに、仕まつらむ」

 とのたまへば、「かの尼君おはしなば、かならず言ひ妨げてむ」と、いと口惜しくて、

 「乱り心地の悪しかりしほどに見たるやうにて、いと苦しうはべれば、重くならば、忌むことかひなくやはべらむ。なほ、今日はうれしき折とこそ思ひはべれ」

 とて、いみじう泣きたまへば、聖心にいといとほしく思ひて、

 「夜や更けはべりぬらむ。山より下りはべること、昔はことともおぼえたまはざりしを、年の生ふるままには、堪へがたくはべりければ、うち休みて内裏には参らむ、と思ひはべるを、しか思し急ぐことなれば、今日仕うまつりてむ」

 とのたまふに、いとうれしくなりぬ。

 鋏取りて、櫛の筥の蓋さし出でたれば、

 「いづら、大徳たち。ここに」

 と呼ぶ。初め見つけたてまつりし二人ながら供にありければ、呼び入れて、

 「御髪下ろしたてまつれ」

 と言ふ。げに、いみじかりし人の御ありさまなれば、「うつし人にては、世におはせむもうたてこそあらめ」と、この阿闍梨もことわりに思ふに、几帳の帷子のほころびより、御髪をかき出だしたまひつるが、いとあたらしくをかしげなるになむ、しばし、鋏をもてやすらひける。

 

第五章 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語
 [第一段 少将の尼、浮舟の出家に気も動転]
 かかるほど、少将の尼は、兄の阿闍梨の来たるに会ひて、下にゐたり。左衛門は、この私の知りたる人にあひしらふとて、かかる所にとりては、皆とりどりに、心寄せの人びとめづらしうて出で来たるに、はかなきことしける、見入れなどしけるほどに、こもき一人して、「かかることなむ」と少将の尼に告げたりければ、惑ひて来て見るに、わが御上の衣、袈裟などを、ことさらばかりとて着せたてまつりて、

 「親の御方拝みたてまつりたまへ」

 と言ふに、いづ方とも知らぬほどなむ、え忍びあへたまはで、泣きたまひにける。

 「あな、あさましや。など、かく奥なきわざはせさせたまふ。上、帰りおはしては、いかなることをのたまはせむ」

 と言へど、かばかりにしそめつるを、言ひ乱るもものしと思ひて、僧都諌めたまへば、寄りてもえ妨げず。

 「流転三界中」

 など言ふにも、「断ち果ててしものを」と思ひ出づるも、さすがなりけり。御髪も削ぎわづらひて、

 「のどやかに、尼君たちして、直させたまへ」

 と言ふ。額は僧都ぞ削ぎたまふ。

 「かかる御容貌やつしたまひて、悔いたまふな」

 など、尊きことども説き聞かせたまふ。「とみにせさすべくもあらず、皆言ひ知らせたまへることを、うれしくもしつるかな」と、これのみぞ仏は生けるしるしありてとおぼえたまひける。

 [第二段 浮舟、手習に心を託す]

 皆人びと出で静まりぬ。夜の風の音に、この人びとは、

 「心細き御住まひも、しばしのことぞ。今いとめでたくなりたまひなむ、と頼みきこえつる御身を、かくしなさせたまひて、残り多かる御世の末を、いかにせさせたまはむとするぞ。老い衰へたる人だに、今は限りと思ひ果てられて、いと悲しきわざにはべる」

 と言ひ知らすれど、「なほ、ただ今は、心やすくうれし。世に経べきものとは、思ひかけずなりぬるこそは、いとめでたきことなれ」と、胸のあきたる心地ぞしたまひける。

 翌朝は、さすがに人の許さぬことなれば、変はりたらむさま見えむもいと恥づかしく、髪の裾の、にはかにおぼとれたるやうに、しどけなくさへ削がれたるを、「むつかしきことども言はで、つくろはむ人もがな」と、何事につけても、つつましくて、暗うしなしておはす。思ふことを人に言ひ続けむ言の葉は、もとよりだにはかばかしからぬ身を、まいてなつかしうことわるべき人さへなければ、ただ硯に向かひて、思ひあまる折には、手習をのみ、たけきこととは、書きつけたまふ。

 「なきものに身をも人をも思ひつつ
  捨ててし世をぞさらに捨てつる

 今は、かくて限りつるぞかし」

 と書きても、なほ、みづからいとあはれと見たまふ。

 「限りぞと思ひなりにし世の中を
  返す返すも背きぬるかな」

 [第三段 中将からの和歌に返歌す]

 同じ筋のことを、とかく書きすさびゐたまへるに、中将の御文あり。もの騒がしう呆れたる心地しあへるほどにて、「かかること」など言ひてけり。いとあへなしと思ひて、

 「かかる心の深くありける人なりければ、はかなきいらへをもしそめじと、思ひ離るるなりけり。さてもあへなきわざかな。いとをかしく見えし髪のほどを、たしかに見せよと、一夜も語らひしかば、さるべからむ折に、と言ひしものを」

 と、いと口惜しうて、立ち返り、

 「聞こえむ方なきは、

  岸遠く漕ぎ離るらむ海人舟に
  乗り遅れじと急がるるかな」

 例ならず取りて見たまふ。もののあはれなる折に、今はと思ふもあはれなるものから、いかが思さるらむ、いとはかなきものの端に、

 「心こそ憂き世の岸を離るれど
  行方も知らぬ海人の浮木を」

 と、例の、手習にしたまへるを、包みてたてまつる。

 「書き写してだにこそ」

 とのたまへど、

 「なかなか書きそこなひはべりなむ」

 とてやりつ。めづらしきにも、言ふ方なく悲しうなむおぼえける。

 物詣での人帰りたまひて、思ひ騒ぎたまふこと、限りなし。

 「かかる身にては、勧めきこえむこそは、と思ひなしはべれど、残り多かる御身を、いかで経たまはむとすらむ。おのれは、世にはべらむこと、今日、明日とも知りがたきに、いかでうしろやすく見たてまつらむと、よろづに思ひたまへてこそ、仏にも祈りきこえつれ」

 と、伏しまろびつつ、いといみじげに思ひたまへるに、まことの親の、やがて骸もなきものと、思ひ惑ひたまひけむほど推し量るるぞ、まづいと悲しかりける。例の、いらへもせで背きゐたまへるさま、いと若くうつくしげなれば、「いとものはかなくぞおはしける御心なれ」と、泣く泣く御衣のことなど急ぎたまふ。

 鈍色は手馴れにしことなれば、小袿、袈裟などしたり。ある人びとも、かかる色を縫ひ着せたてまつるにつけても、「いとおぼえず、うれしき山里の光と、明け暮れ見たてまつりつるものを、口惜しきわざかな」

 と、あたらしがりつつ、僧都を恨み誹りけり。

 [第四段 僧都、女一宮に伺候]

 一品の宮の御悩み、げに、かの弟子の言ひしもしるく、いちじるきことどもありて、おこたらせたまひにければ、いよいよいと尊きものに言ひののしる。名残も恐ろしとて、御修法延べさせたまへば、とみにもえ帰り入らでさぶらひたまふに、雨など降りてしめやかなる夜、召して、夜居にさぶらはせたまふ。

 日ごろいたうさぶらひ極じたる人は、皆休みなどして、御前に人少なにて、近く起きたる人少なき折に、同じ御帳におはしまして、

 「昔より頼ませたまふなかにも、このたびなむ、いよいよ、後の世もかくこそはと、頼もしきことまさりぬる」

 などのたまはす。

 「世の中に久しうはべるまじきさまに、仏なども教へたまへることどもはべるうちに、今年、来年、過ぐしがたきやうになむはべれば、仏を紛れなく念じつとめはべらむとて、深く籠もりはべるを、かかる仰せ言にて、まかり出ではべりにし」

 など啓したまふ。

 [第五段 僧都、女一宮に宇治の出来事を語る]

 御もののけの執念きことを、さまざまに名のるが恐ろしきことなどのたまふついでに、

 「いとあやしう、希有のことをなむ見たまへし。この三月に、年老いてはべる母の、願ありて初瀬に詣でてはべりし、帰さの中宿りに、宇治の院と言ひはべる所にまかり宿りしを、かくのごと、人住まで年経ぬる大きなる所は、よからぬものかならず通ひ住みて、重き病者のため悪しきことども、と思ひたまへしも、しるく」

 とて、かの見つけたりしことどもを語りきこえたまふ。

 「げに、いとめづらかなることかな」

 とて、近くさぶらふ人びと皆寝入りたるを、恐ろしく思されて、おどろかさせたまふ。大将の語らひたまふ宰相の君しも、このことを聞きけり。おどろかさせたまふ人びとは、何とも聞かず。僧都、懼ぢさせたまへる御けしきを、「心もなきこと啓してけり」と思ひて、詳しくもそのほどのことをば言ひさしつ。

 「その女人、このたびまかり出ではべりつるたよりに、小野にはべりつる尼どもあひ訪ひはべらむとて、まかり寄りたりしに、泣く泣く、出家の志し深きよし、ねむごろに語らひはべりしかば、頭下ろしはべりにき。

 なにがしが妹、故衛門督の妻にはべりし尼なむ、亡せにし女子の代りにと、思ひ喜びはべりて、随分に労りかしづきはべりけるを、かくなりたれば、恨みはべるなり。げにぞ、容貌はいとうるはしくけうらにて、行ひやつれむもいとほしげになむはべりし。何人にかはべりけむ」

 と、ものよく言ふ僧都にて、語り続け申したまへば、

 「いかで、さる所に、よき人をしも取りもて行きけむ。さりとも、今は知られぬらむ」

 など、この宰相の君ぞ問ふ。

 「知らず。さもや、語らひたまふらむ。まことにやむごとなき人ならば、何か、隠れもはべらじをや。田舎人の娘も、さるさましたるこそははべらめ。龍の中より、仏生まれたまはずはこそはべらめ。ただ人にては、いと罪軽きさまの人になむはべりける」

 など聞こえたまふ。

 そのころ、かのわたりに消え失せにけむ人を思し出づ。この御前なる人も、姉の君の伝へに、あやしくて亡せたる人とは聞きおきたれば、「それにやあらむ」とは思ひけれど、定めなきことなり。僧都も、

 「かかる人、世にあるものとも知られじと、よくもあらぬ敵だちたる人もあるやうにおもむけて、隠し忍びはべるを、事のさまのあやしければ、啓しはべるなり」

 と、なま隠すけしきなれば、人にも語らず。宮は、

 「それにもこそあれ。大将に聞かせばや」

 と、この人にぞのたまはすれど、いづ方にも隠すべきことを、定めてさならむとも知らずながら、恥づかしげなる人に、うち出でのたまはせむもつつましく思して、やみにけり。

 [第六段 僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る]

 姫宮おこたり果てさせたまひて、僧都も登りぬ。かしこに寄りたまへれば、いみじう恨みて、

 「なかなか、かかる御ありさまにて、罪も得ぬべきことを、のたまひもあはせずなりにけることをなむ、いとあやしき」

 などのたまへど、かひもなし。

 「今は、ただ御行ひをしたまへ。老いたる、若き、定めなき世なり。はかなきものに思しとりたるも、ことわりなる御身をや」

 とのたまふにも、いと恥づかしうなむおぼえける。

 「御法服新しくしたまへ」

 とて、綾、羅、絹などいふもの、たてまつりおきたまふ。

 「なにがしがはべらむ限りは、仕うまつりなむ。なにか思しわづらふべき。常の世に生ひ出でて、世間の栄華に願ひまつはるる限りなむ、所狭く捨てがたく、我も人も思すべかめることなめる。かかる林の中に行ひ勤めたまはむ身は、何事かは恨めしくも恥づかしくも思すべき。このあらむ命は、葉の薄きがごとし」

 と言ひ知らせて、

 「松門に暁到りて月徘徊す」

 と、法師なれど、いとよしよししく恥づかしげなるさまにてのたまふことどもを、「思ふやうにも言ひ聞かせたまふかな」と聞きゐたり。

 [第七段 中将、小野山荘に来訪]

 今日は、ひねもすに吹く風の音もいと心細きに、おはしたる人も、

 「あはれ、山伏は、かかる日にぞ、音は泣かるなるかし」

 と言ふを聞きて、「我も今は山伏ぞかし。ことわりに止まらぬ涙なりけり」と思ひつつ、端の方に立ち出でて見れば、遥かなる軒端より、狩衣姿色々に立ち混じりて見ゆ。山へ登る人なりとても、こなたの道には、通ふ人もいとたまさかなり。黒谷とかいふ方よりありく法師の跡のみ、まれまれは見ゆるを、例の姿見つけたるは、あいなくめづらしきに、この恨みわびし中将なりけり。

 かひなきことも言はむとてものしたりけるを、紅葉のいとおもしろく、他の紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞものあはれなりける。「ここに、いと心地よげなる人を見つけたらば、あやしくぞおぼゆべき」など思ひて、

 「暇ありて、つれづれなる心地しはべるに、紅葉もいかにと思ひたまへてなむ。なほ、立ち返りて旅寝もしつべき木の下にこそ」

 とて、見出だしたまへり。尼君、例の、涙もろにて、

 「木枯らしの吹きにし山の麓には
  立ち隠すべき蔭だにぞなき」

 とのたまへば、

 「待つ人もあらじと思ふ山里の
  梢を見つつなほぞ過ぎ憂き」

 言ふかひなき人の御ことを、なほ尽きせずのたまひて、

 「さま変はりたまへらむさまを、いささか見せよ」

 と、少将の尼にのたまふ。

 「それをだに、契りししるしにせよ」

 と責めたまへば、入りて見るに、ことさら人にも見せまほしきさましてぞおはする。薄き鈍色の綾、中に萱草など、澄みたる色を着て、いとささやかに、様体をかしく、今めきたる容貌に、髪は五重の扇を広げたるやうに、こちたき末つきなり。

 こまかにうつくしき面様の、化粧をいみじくしたらむやうに、赤く匂ひたり。行ひなどをしたまふも、なほ数珠は近き几帳にうち懸けて、経に心を入れて読みたまへるさま、絵にも描かまほし。

 うち見るごとに涙の止めがたき心地するを、「まいて心かけたまはむ男は、いかに見たてまつりたまはむ」と思ひて、さるべき折にやありけむ、障子の掛金のもとに開きたる穴を教へて、紛るべき几帳など押しやりたり。

 「いとかくは思はずこそありしか。いみじく思ふさまなりける人を」と、我がしたらむ過ちのやうに、惜しく悔しう悲しければ、つつみもあへず、もの狂はしきまで、けはひも聞こえぬべければ、退きぬ。

 [第八段 中将、浮舟に和歌を贈って帰る]

 「かばかりのさましたる人を失ひて、尋ねぬ人ありけむや。また、その人かの人の娘なむ、行方も知らず隠れにたる、もしはもの怨じして、世を背きにけるなど、おのづから隠れなかるべきを」など、あやしう返す返す思ふ。

 「尼なりとも、かかるさましたらむ人はうたてもおぼえじ」など、「なかなか見所まさりて心苦しかるべきを、忍びたるさまに、なほ語らひとりてむ」と思へば、まめやかに語らふ。

 「世の常のさまには思し憚ることもありけむを、かかるさまになりたまひにたるなむ、心やすう聞こえつべくはべる。さやうに教へきこえたまへ。来し方の忘れがたくて、かやうに参り来るに、また、今一つ心ざしを添へてこそ」

 などのたまふ。

 「いと行く末心細く、うしろめたきありさまにはべるに、まめやかなるさまに思し忘れず訪はせたまはむ、いとうれしうこそ、思ひたまへおかめ。はべらざらむ後なむ、あはれに思ひたまへらるべき」

 とて、泣きたまふに、「この尼君も離れぬ人なるべし。誰れならむ」と心得がたし。

 「行く末の御後見は、命も知りがたく頼もしげなき身なれど、さ聞こえそめはべるなれば、さらに変はりはべらじ。尋ねきこえたまふべき人は、まことにものしたまはぬか。さやうのことのおぼつかなきになむ、憚るべきことにははべらねど、なほ隔てある心地しはべるべき」

 とのたまへば、

 「人に知らるべきさまにて、世に経たまはば、さもや尋ね出づる人もはべらむ。今は、かかる方に、思ひきりつるありさまになむ。心のおもむけも、さのみ見えはべりつるを」

 など語らひたまふ。

 こなたにも消息したまへり。

 「おほかたの世を背きける君なれど
  厭ふによせて身こそつらけれ」

 ねむごろに深く聞こえたまふことなど、言ひ伝ふ。

 「兄妹と思しなせ。はかなき世の物語なども聞こえて、慰めむ」

 など言ひ続く。

 「心深からむ御物語など、聞き分くべくもあらぬこそ口惜しけれ」

 といらへて、この厭ふにつけたるいらへはしたまはず。「思ひよらずあさましきこともありし身なれば、いとうとまし。すべて朽木などのやうにて、人に見捨てられて止みなむ」ともてなしたまふ。

 されば、月ごろたゆみなく結ぼほれ、ものをのみ思したりしも、この本意のことしたまひてより、後すこし晴れ晴れしうなりて、尼君とはかなく戯れもし交はし、碁打ちなどしてぞ、明かし暮らしたまふ。行ひもいとよくして、法華経はさらなり。異法文なども、いと多く読みたまふ。雪深く降り積み、人目絶えたるころぞ、げに思ひやる方なかりける。

 

第六章 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る
 [第一段 新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す]
 年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる水の音せぬさへ心細くて、「君にぞ惑ふ」とのたまひし人は、心憂しと思ひ果てにたれど、なほその折などのことは忘れず。

 「かきくらす野山の雪を眺めても
  降りにしことぞ今日も悲しき」

 など、例の、慰めの手習を、行ひの隙にはしたまふ。「我世になくて年隔たりぬるを、思ひ出づる人もあらむかし」など、思ひ出づる時も多かり。若菜をおろそかなる籠に入れて、人の持て来たりけるを、尼君見て、

 「山里の雪間の若菜摘みはやし
  なほ生ひ先の頼まるるかな」

 とて、こなたにたてまつれたまへりければ、

 「雪深き野辺の若菜も今よりは
  君がためにぞ年も摘むべき」

 とあるを、「さぞ思すらむ」とあはれなるにも、「見るかひあるべき御さまと思はましかば」と、まめやかにうち泣いたまふ。

 閨のつま近き紅梅の色も香も変はらぬを、「春や昔の」と、異花よりもこれに心寄せのあるは、飽かざりし匂ひのしみにけるにや。後夜に閼伽奉らせたまふ。下臈の尼のすこし若きがある、召し出でて花折らすれば、かことがましく散るに、いとど匂ひ来れば、

 「袖触れし人こそ見えね花の香の
  それかと匂ふ春のあけぼの」

 [第二段 大尼君の孫、紀伊守、山荘に来訪]

 大尼君の孫の紀伊守なりける、このころ上りて来たり。三十ばかりにて、容貌きよげに誇りかなるさましたり。

 「何ごとか、去年、一昨年」

 など問ふに、ほけほけしきさまなれば、こなたに来て、

 「いとこよなくこそ、ひがみたまひにけれ。あはれにもはべるかな。残りなき御さまを、見たてまつること難くて、遠きほどに年月を過ぐしはべるよ。親たちものしたまはで後は、一所をこそ、御代はりに思ひきこえはべりつれ。常陸の北の方は、訪れきこえたまふや」

 と言ふは、いもうとなるべし。

 「年月に添へては、つれづれにあはれなることのみまさりてなむ。常陸は、久しう訪れきこえたまはざめり。え待ちつけたまふまじきさまになむ見えたまふ」

 とのたまふに、「わが親の名」と、あいなく耳止まれるに、また言ふやう、

 「まかり上りて日ごろになりはべりぬるを、公事のいとしげく、むつかしうのみはべるにかかづらひてなむ。昨日もさぶらはむと思ひたまへしを、右大将殿の宇治におはせし御供に仕うまつりて、故八の宮の住みたまひし所におはして、日暮らしたまひし。

 故宮の御女に通ひたまひしを、まづ一所は一年亡せたまひにき。その御おとうと、また忍びて据ゑたてまつりたまへりけるを、去年の春また亡せたまひにければ、その御果てのわざせさせたまはむこと、かの寺の律師になむ、さるべきことのたまはせて、なにがしも、かの女の装束一領、調じはべるべきを、せさせたまひてむや。織らすべきものは、急ぎせさせはべりなむ」

 と言ふを聞くに、いかでかあはれならざらむ。「人やあやしと見む」とつつましうて、奥に向ひてゐたまへり。尼君、

 「かの聖の親王の御女は、二人と聞きしを、兵部卿宮の北の方は、いづれぞ」

 とのたまへば、

 「この大将殿の御後のは、劣り腹なるべし。ことことしうももてなしたまはざりけるを、いみじう悲しびたまふなり。初めのはた、いみじかりき。ほとほと出家もしたまひつべかりきかし」

 など語る。

 [第三段 浮舟、薫の噂など漏れ聞く]

 「かのわたりの親しき人なりけり」と見るにも、さすが恐ろし。

 「あやしく、やうのものと、かしこにてしも亡せたまひけること。昨日も、いと不便にはべりしかな。川近き所にて、水をのぞきたまひて、いみじう泣きたまひき。上にのぼりたまひて、柱に書きつけたまひし、

  見し人は影も止まらぬ水の上に
  落ち添ふ涙いとどせきあへず

 となむはべりし。言に表はしてのたまふことは少なけれど、ただ、けしきには、いとあはれなる御さまになむ見えたまひし。女は、いみじくめでたてまつりぬべくなむ。若くはべりし時より、優におはしますと見たてまつりしみにしかば、世の中の一の所も、何とも思ひはべらず、ただ、この殿を頼みきこえてなむ、過ぐしはべりぬる」

 と語るに、「ことに深き心もなげなるかやうの人だに、御ありさまは見知りにけり」と思ふ。尼君、

 「光君と聞こえけむ故院の御ありさまには、並びたまはじとおぼゆるを、ただ今の世に、この御族ぞめでられたまふなる。右の大殿と」

 とのたまへば、

 「それは、容貌もいとうるはしうけうらに、宿徳にて、際ことなるさまぞしたまへる。兵部卿宮ぞ、いといみじうおはするや。女にて馴れ仕うまつらばや、となむおぼえはべる」

 など、教へたらむやうに言ひ続く。あはれにもをかしくも聞くに、身の上もこの世のことともおぼえず。とどこほることなく語りおきて出でぬ。

 [第四段 浮舟、尼君と語り交す]

 「忘れたまはぬにこそは」とあはれに思ふにも、いとど母君の御心のうち推し量らるれど、なかなか言ふかひなきさまを見え聞こえたてまつらむは、なほつつましくぞありける。かの人の言ひつけしことどもを、染め急ぐを見るにつけても、あやしうめづらかなる心地すれど、かけても言ひ出でられず。裁ち縫ひなどするを、

 「これ御覧じ入れよ。ものをいとうつくしうひねらせたまへば」

 とて、小袿の単衣たてまつるを、うたておぼゆれば、「心地悪し」とて、手も触れず臥したまへり。尼君、急ぐことをうち捨てて、「いかが思さるる」など思ひ乱れたまふ。紅に桜の織物の袿重ねて、

 「御前には、かかるをこそ奉らすべけれ。あさましき墨染なりや」

 と言ふ人あり。

 「尼衣変はれる身にやありし世の
  形見に袖をかけて偲ばむ」

 と書きて、「いとほしく、亡くもなりなむ後に、物の隠れなき世なりければ、聞きあはせなどして、疎ましきまでに隠しけるなどや思はむ」など、さまざま思ひつつ、

 「過ぎにし方のことは、絶えて忘れはべりにしを、かやうなることを思し急ぐにつけてこそ、ほのかにあはれなれ」

 とおほどかにのたまふ。

 「さりとも、思し出づることは多からむを、尽きせず隔てたまふこそ心憂けれ。身には、かかる世の常の色あひなど、久しく忘れにければ、なほなほしくはべるにつけても、昔の人あらましかば、など思ひ出ではべる。しか扱ひきこえたまひけむ人、世におはすらむ。やがて、亡くなして見はべりしだに、なほいづこにあらむ、そことだに尋ね聞かまほしくおぼえはべるを、行方知らで、思ひきこえたまふ人びとはべるらむかし」

 とのたまへば、

 「見しほどまでは、一人はものしたまひき。この月ごろ亡せやしたまひぬらむ」

 とて、涙の落つるを紛らはして、

 「なかなか思ひ出づるにつけて、うたてはべればこそ、え聞こえ出でね。隔ては何ごとにか残しはべらむ」

 と、言少なにのたまひなしつ。

 [第五段 薫、明石中宮のもとに参上]

 大将は、この果てのわざなどせさせたまひて、「はかなくて、止みぬるかな」とあはれに思す。かの常陸の子どもは、かうぶりしたりしは、蔵人になして、わが御司の将監になしなど、労りたまひけり。「童なるが、中にきよげなるをば、近く使ひ馴らさむ」とぞ思したりける。

 雨など降りてしめやかなる夜、后の宮に参りたまへり。御前のどやかなる日にて、御物語など聞こえたまふついでに、

 「あやしき山里に、年ごろまかり通ひ見たまへしを、人の誹りはべりしも、さるべきにこそはあらめ。誰れも心の寄る方のことは、さなむある、と思ひたまへなしつつ、なほ時々見たまへしを、所のさがにやと、心憂く思ひたまへなりにし後は、道も遥けき心地しはべりて、久しうものしはべらぬを、先つころ、もののたよりにまかりて、はかなき世のありさまとり重ねて思ひたまへしに、ことさら道心起こすべく造りおきたりける、聖の住処となむおぼえはべりし」

 と啓したまふに、かのこと思し出でて、いといとほしければ、

 「そこには、恐ろしき物や住むらむ。いかやうにてか、かの人は亡くなりにし」

 と問はせたまふを、「なほ、続きを思し寄る方」と思ひて、

 「さもはべらむ。さやうの人離れたる所は、よからぬものなむかならず住みつきはべるを。亡せはべりにしさまもなむ、いとあやしくはべる」

 とて、詳しくは聞こえたまはず。「なほ、かく忍ぶる筋を、聞きあらはしけり」と思ひたまはむが、いとほしく思され、宮の、ものをのみ思して、そのころは病になりたまひしを、思し合はするにも、さすがに心苦しうて、「かたがたに口入れにくき人の上」と思し止めつ。

 小宰相に、忍びて、

 「大将、かの人のことを、いとあはれと思ひてのたまひしに、いとほしうて、うち出でつべかりしかど、それにもあらざらむものゆゑと、つつましうてなむ。君ぞ、ことごと聞き合はせける。かたはならむことはとり隠して、さることなむありけると、おほかたの物語のついでに、僧都の言ひしことを語れ」

 とのたまはす。

 「御前にだにつつませたまはむことを、まして、異人はいかでか」

 と聞こえさすれど、

 「さまざまなることにこそ。また、まろはいとほしきことぞあるや」

 とのたまはするも、心得て、をかしと見たてまつる。

 [第六段 小宰相、薫に僧都の話を語る]

 立ち寄りて物語などしたまふついでに、言ひ出でたり。珍かにあやしと、いかでか驚かれたまはざらむ。「宮の問はせたまひしも、かかることを、ほの思し寄りてなりけり。などか、のたまはせ果つまじき」とつらけれど、

 「我もまた初めよりありしさまのこと聞こえそめざりしかば、聞きて後も、なほをこがましき心地して、人にすべて漏らさぬを、なかなか他には聞こゆることもあらむかし。うつつの人びとのなかに忍ぶることだに、隠れある世の中かは」

 など思ひ入りて、「この人にも、さなむありし」など、明かしたまはむことは、なほ口重き心地して、

 「なほ、あやしと思ひし人のことに、似てもありける人のありさまかな。さて、その人は、なほあらむや」

 とのたまへば、

 「かの僧都の山より出でし日なむ、尼になしつる。いみじうわづらひしほどにも、見る人惜しみてせさせざりしを、正身の本意深きよしを言ひてなりぬる、とこそはべるなりしか」

 と言ふ。所も変はらず、そのころのありさまと思ひあはするに、違ふふしなければ、

 「まことにそれと尋ね出でたらむ、いとあさましき心地もすべきかな。いかでかは、たしかに聞くべき。下り立ちて尋ねありかむも、かたくなしなどや人言ひなさむ。また、かの宮も聞きつけたまへらむには、かならず思し出でて、思ひ入りにけむ道も妨げたまひてむかし。

 さて、『さなのたまひそ』など聞こえおきたまひければや、我には、さることなむ聞きしと、さる珍しきことを聞こし召しながら、のたまはせぬにやありけむ。宮もかかづらひたまふにては、いみじうあはれと思ひながらも、さらに、やがて亡せにしものと思ひなしてを止みなむ。

 うつし人になりて、末の世には、黄なる泉のほとりばかりを、おのづから語らひ寄る風の紛れもありなむ。我がものに取り返し見むの心地、また使はじ」

 など思ひ乱れて、「なほ、のたまはずやあらむ」とおぼゆれど、御けしきのゆかしければ、大宮に、さるべきついで作り出だしてぞ、啓したまふ。

 [第七段 薫、明石中宮に対面し、横川に赴く]

 「あさましうて、失ひはべりぬと思ひたまへし人、世に落ちあぶれてあるやうに、人のまねびはべりしかな。いかでか、さることははべらむ、と思ひたまふれど、心とおどろおどろしう、もて離るることははべらずや、と思ひわたりはべる人のありさまにはべれば、人の語りはべしやうにては、さるやうもやはべらむと、似つかはしく思ひたまへらるる」

 とて、今すこし聞こえ出でたまふ。宮の御ことを、いと恥づかしげに、さすがに恨みたるさまには言ひなしたまはで、

 「かのこと、またさなむと聞きつけたまへらば、かたくなに好き好きしうも思されぬべし。さらに、さてありけりとも、知らず顔にて過ぐしはべりなむ」

 と啓したまへば、

 「僧都の語りしに、いともの恐ろしかりし夜のことにて、耳も止めざりしことにこそ。宮は、いかでか聞きたまはむ。聞こえむ方なかりける御心のほどかな、と聞けば、まして聞きつけたまはむこそ、いと苦しかるべけれ。かかる筋につけて、いと軽く憂きものにのみ、世に知られたまひぬめれば、心憂く」

 などのたまはす。「いと重き御心なれば、かならずしも、うちとけ世語りにても、人の忍びて啓しけむことを、漏らさせたまはじ」など思す。

 「住むらむ山里はいづこにかはあらむ。いかにして、さま悪しからず尋ね寄らむ。僧都に会ひてこそは、たしかなるありさまも聞き合はせなどして、ともかくも問ふべかめれ」など、ただ、このことを起き臥し思す。

 月ごとの八日は、かならず尊きわざせさせたまへば、薬師仏に寄せたてまつるにもてなしたまへるたよりに、中堂に、時々参りたまひけり。それよりやがて横川におはせむと思して、かのせうとの童なる、率ておはす。「その人びとには、とみに知らせじ。ありさまにぞ従はむ」と思せど、うち見む夢の心地にも、あはれをも加へむとにやありけむ。さすがに、「その人とは見つけながら、あやしきさまに、形異なる人の中にて、憂きことを聞きつけたらむこそ、いみじかるべけれ」と、よろづに道すがら思し乱れけるにや。

2020-02-27

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