07 玉鬘・初音・胡蝶・螢

2020-02-29

玉鬘

第一章 玉鬘の物語 筑紫流離の物語
 [第一段 源氏と右近、夕顔を回想]
 年月隔たりぬれど、飽かざりし夕顔を、つゆ忘れたまはず、心々なる人のありさまどもを、見たまひ重ぬるにつけても、「あらましかば」と、あはれに口惜しくのみ思し出づ。

 右近は、何の人数ならねど、なほ、その形見と見たまひて、らうたきものに思したれば、古人の数に仕うまつり馴れたり。須磨の御移ろひのほどに、対の上の御方に、皆人びと聞こえ渡したまひしほどより、そなたにさぶらふ。心よくかいひそめたるものに、女君も思したれど、心のうちには、

 「故君ものしたまはましかば、明石の御方ばかりのおぼえには劣りたまはざらまし。さしも深き御心ざしなかりけるをだに、落としあぶさず、取りしたためたまふ御心長さなりければ、まいて、やむごとなき列にこそあらざらめ、この御殿移りの数のうちには交じらひたまひなまし」

 と思ふに、飽かず悲しくなむ思ひける。

 かの西の京にとまりし若君をだに行方も知らず、ひとへにものを思ひつつみ、また、「今さらにかひなきことによりて、我が名漏らすな」と、口がためたまひしを憚りきこえて、尋ねても訪づれきこえざりしほどに、その御乳母の男、少弐になりて、行きければ、下りにけり。かの若君の四つになる年ぞ、筑紫へは行きける。

 [第二段 玉鬘一行、筑紫へ下向]

 母君の御行方を知らむと、よろづの神仏に申して、夜昼泣き恋ひて、さるべき所々を尋ねきこえけれど、つひにえ聞き出でず。
 「さらばいかがはせむ。若君をだにこそは、御形見に見たてまつらめ。あやしき道に添へたてまつりて、遥かなるほどにおはせむことの悲しきこと。なほ、父君にほのめかさむ」
 と思ひけれど、さるべきたよりもなきうちに、

 「母君のおはしけむ方も知らず、尋ね問ひたまはば、いかが聞こえむ」
 「まだ、よくも見なれたまはぬに、幼き人をとどめたてまつりたまはむも、うしろめたかるべし」
 「知りながら、はた、率て下りねと許したまふべきにもあらず」

 など、おのがじし語らひあはせて、いとうつくしう、ただ今から気高くきよらなる御さまを、ことなるしつらひなき舟に乗せて漕ぎ出づるほどは、いとあはれになむおぼえける。

 幼き心地に、母君を忘れず、折々に、

 「母の御もとへ行くか」

 と問ひたまふにつけて、涙絶ゆる時なく、娘どもも思ひこがるるを、「舟路ゆゆし」と、かつは諌めけり。

  おもしろき所々を見つつ、

 「心若うおはせしものを、かかる路をも見せたてまつるものにもがな」
 「おはせましかば、われらは下らざらまし」

 と、京の方を思ひやらるるに、帰る浪もうらやましく、心細きに、舟子どもの荒々しき声にて、

 「うらがなしくも、遠く来にけるかな」

 と、歌ふを聞くままに、二人さし向ひて泣きけり。

 「舟人もたれを恋ふとか大島の
  うらがなしげに声の聞こゆる」

 「来し方も行方も知らぬ沖に出でて
  あはれいづくに君を恋ふらむ」

 鄙の別れに、おのがじし心をやりて言ひける。

 金の岬過ぎて、「われは忘れず」など、世とともの言種になりて、かしこに到り着きては、まいて遥かなるほどを思ひやりて、恋ひ泣きて、この君をかしづきものにて、明かし暮らす。
 夢などに、いとたまさかに見えたまふ時などもあり。同じさまなる女など、添ひたまうて見えたまへば、名残心地悪しく悩みなどしければ、
 「なほ、世に亡くなりたまひにけるなめり」
 と思ひなるも、いみじくのみなむ。

 [第三段 乳母の夫の遺言]

 少弐、任果てて上りなどするに、遥けきほどに、ことなる勢ひなき人は、たゆたひつつ、すがすがしくも出で立たぬほどに、重き病して、死なむとする心地にも、この君の十ばかりにもなりたまへるさまの、ゆゆしきまでをかしげなるを見たてまつりて、

 「我さへうち捨てたてまつりて、いかなるさまにはふれたまはむとすらむ。あやしき所に生ひ出でたまふも、かたじけなく思ひきこゆれど、いつしかも京に率てたてまつりて、さるべき人にも知らせたてまつりて、御宿世にまかせて見たてまつらむにも、都は広き所なれば、いと心やすかるべしと、思ひいそぎつるを、ここながら命堪へずなりぬること」

 と、うしろめたがる。男子三人あるに、

 「ただこの姫君、京に率てたてまつるべきことを思へ。わが身の孝をば、な思ひそ」
 となむ言ひ置きける。

 その人の御子とは、館の人にも知らせず、ただ「孫のかしづくべきゆゑある」とぞ言ひなしければ、人に見せず、限りなくかしづききこゆるほどに、にはかに亡せぬれば、あはれに心細くて、ただ京の出で立ちをすれど、この少弐の仲悪しかりける国の人多くなどして、とざまかうざまに、懼ぢ憚りて、われにもあらで年を過ぐすに、この君、ねびととのひたまふままに、母君よりもまさりてきよらに、父大臣の筋さへ加はればにや、品高くうつくしげなり。心ばせおほどかにあらまほしうものしたまふ。

 [第四段 玉鬘への求婚]

 聞きついつつ、好いたる田舎人ども、心かけ消息がる、いと多かり。ゆゆしくめざましくおぼゆれば、誰も誰も聞き入れず。

 「容貌などは、さてもありぬべけれど、いみじきかたはのあれば、人にも見せで尼になして、わが世の限りは持たらむ」

 と言ひ散らしたれば、

 「故少弐の孫は、かたはなむあんなる」
 「あたらものを」

 と、言ふなるを聞くもゆゆしく、

 「いかさまにして、都に率てたてまつりて、父大臣に知らせたてまつらむ。いときなきほどを、いとらうたしと思ひきこえたまへりしかば、さりともおろかには思ひ捨てきこえたまはじ」

 など言ひ嘆くほど、仏神に願を立ててなむ念じける。

 娘どもも男子どもも、所につけたるよすがども出で来て、住みつきにたり。心のうちにこそ急ぎ思へど、京のことはいや遠ざかるやうに隔たりゆく。もの思し知るままに、世をいと憂きものに思して、年三などしたまふ。二十ばかりになりたまふままに、生ひととのほりて、いとあたらしくめでたし。

 この住む所は、肥前国とぞいひける。そのわたりにもいささか由ある人は、まづこの少弐の孫のありさまを聞き伝へて、なほ、絶えず訪れ来るも、いといみじう、耳かしかましきまでなむ。

 

第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出
 [第一段 大夫の監の求婚]
 大夫監とて、肥後国に族広くて、かしこにつけてはおぼえあり、勢ひいかめしき兵ありけり。むくつけき心のなかに、いささか好きたる心混じりて、容貌ある女を集めて見むと思ひける。この姫君を聞きつけて、
 「いみじきかたはありとも、我は見隠して持たらむ」
 と、いとねむごろに言ひかかるを、いとむくつけく思ひて、
 「いかで、かかることを聞かで、尼になりなむとす」
 と、言はせたれば、いよいよあやふがりて、おしてこの国に越え来ぬ。

 この男子どもを呼びとりて、語らふことは、
 「思ふさまになりなば、同じ心に勢ひを交はすべきこと」
 など語らふに、二人は赴きにけり。

 「しばしこそ、似げなくあはれと思ひきこえけれ、おのおの我が身のよるべと頼まむに、いと頼もしき人なり。これに悪しくせられては、この近き世界にはめぐらひなむや」
 「よき人の御筋といふとも、親に数まへられたてまつらず、世に知らでは、何のかひかはあらむ。この人のかくねむごろに思ひきこえたまへるこそ、今は御幸ひなれ」
 「さるべきにてこそは、かかる世界にもおはしけめ。逃げ隠れたまふとも、何のたけきことかはあらむ」
 「負けじ魂に、怒りなば、せぬことどもしてむ」

 と言ひ脅せば、「いといみじ」と聞きて、中の兄なる豊後介なむ、

 「なほ、いとたいだいしく、あたらしきことなり。故少弐ののたまひしこともあり。とかく構へて、京に上げたてまつりてむ」

 と言ふ。娘どもも泣きまどひて、

 「母君のかひなくてさすらへたまひて、行方をだに知らぬかはりに、人なみなみにて見たてまつらむとこそ思ふに」
 「さるものの中に混じりたまひなむこと」

 と思ひ嘆くをも知らで、「我はいとおぼえ高き身」と思ひて、文など書きておこす。手などきたなげなう書きて、唐の色紙、香ばしき香に入れしめつつ、をかしく書きたりと思ひたる言葉ぞ、いとたみたりける。みづからも、この家の次郎を語らひとりて、うち連れて来たり。

 [第二段 大夫の監の訪問]

 三十ばかりなる男の、丈高くものものしく太りて、きたなげなけれど、思ひなし疎ましく、荒らかなる振る舞ひなど、見るもゆゆしくおぼゆ。色あひ心地よげに、声いたう嗄れてさへづりゐたり。懸想人は夜に隠れたるをこそ、よばひとは言ひけれ、さまかへたる春の夕暮なり。秋ならねども、あやしかりけりと見ゆ。

 心を破らじとて、祖母おとど出で会ふ。

 「故少弐のいと情けび、きらきらしくものしたまひしを、いかでかあひ語らひ申さむと思ひたまへしかども、さる心ざしをも見せ聞こえずはべりしほどに、いと悲しくて、隠れたまひにしを、その代はりに、一向に仕うまつるべくなむ、心ざしを励まして、今日は、いとひたぶるに、強ひてさぶらひつる。
 このおはしますらむ女君、筋ことにうけたまはれば、いとかたじけなし。ただ、なにがしらが私の君と思ひ申して、いただきになむささげたてまつるべき。おとどもしぶしぶにおはしげなることは、よからぬ女どもあまたあひ知りてはべるを聞こしめし疎むななり。さりとも、すやつばらを、人並みにはしはべりなむや。わが君をば、后の位に落としたてまつらじものをや」

 など、いとよげに言ひ続く。

 「いかがは。かくのたまふを、いと幸ひありと思ひたまふるを、宿世つたなき人にやはべらむ、思ひ憚ることはべりて、いかでか人に御覧ぜられむと、人知れず嘆きはべるめれば、心苦しう見たまへわづらひぬる」

 と言ふ。

 「さらに、な思し憚りそ。天下に、目つぶれ、足折れたまへりとも、なにがしは仕うまつりやめてむ。国のうちの仏神は、おのれになむ靡きたまへる」
 など、誇りゐたり。

 「その日ばかり」と言ふに、「この月は季の果てなり」など、田舎びたることを言ひ逃る。

 [第三段 大夫の監、和歌を詠み贈る]

 下りて行く際に、歌詠ままほしかりければ、やや久しう思ひめぐらして、

 「君にもし心違はば松浦なる
  鏡の神をかけて誓はむ
 この和歌は、仕うまつりたりとなむ思ひたまふる」

 と、うち笑みたるも、世づかずうひうひしや。あれにもあらねば、返しすべくも思はねど、娘どもに詠ますれど、
 「まろは、ましてものもおぼえず」
 とてゐたれば、いと久しきに思ひわびて、うち思ひけるままに、

 「年を経て祈る心の違ひなば
  鏡の神をつらしとや見む」

 とわななかし出でたるを、

 「待てや。こはいかに仰せらるる」

 と、ゆくりかに寄り来たるけはひに、おびえて、おとど、色もなくなりぬ。娘たち、さはいへど、心強く笑ひて、

 「この人の、さまことにものしたまふを、引き違へ、いづらは思はれむを、なほ、ほけほけしき人の、神かけて、聞こえひがめたまふなめりや」

 と解き聞かす。

 「おい、さり、さり」とうなづきて、

 「をかしき御口つきかな。なにがしら、田舎びたりといふ名こそはべれ、口惜しき民にははべらず。都の人とても、何ばかりかあらむ。みな知りてはべり。な思しあなづりそ」

 とて、また、詠まむと思へれども、堪へずやありけむ、往ぬめり。

 [第四段 玉鬘、筑紫を脱出]

 次郎が語らひ取られたるも、いと恐ろしく心憂くて、この豊後介を責むれば、

 「いかがは仕まつるべからむ。語らひあはすべき人もなし。まれまれの兄弟は、この監に同じ心ならずとて、仲違ひにたり。この監にあたまれては、いささかの身じろきせむも、所狭くなむあるべき。なかなかなる目をや見む」

 と、思ひわづらひにたれど、姫君の人知れず思いたるさまの、いと心苦しくて、生きたらじと思ひ沈みたまへる、ことわりとおぼゆれば、いみじきことを思ひ構へて出で立つ。妹たちも、年ごろ経ぬるよるべを捨てて、この御供に出で立つ。

 あてきと言ひしは、今は兵部の君といふぞ、添ひて、夜逃げ出でて舟に乗りける。大夫の監は、肥後に帰り行きて、四月二十日のほどに、日取りて来むとするほどに、かくて逃ぐるなりけり。

 姉のおもとは、類広くなりて、え出で立たず。かたみに別れ惜しみて、あひ見むことの難きを思ふに、年経つる故里とて、ことに見捨てがたきこともなし。ただ、松浦の宮の前の渚と、かの姉おもとの別るるをなむ、顧みせられて、悲しかりける。

 「浮島を漕ぎ離れても行く方や
  いづく泊りと知らずもあるかな」

 「行く先も見えぬ波路に舟出して
  風にまかする身こそ浮きたれ」

 いとあとはかなき心地して、うつぶし臥したまへり。

 [第五段 都に帰着]

 「かく、逃げぬるよし、おのづから言ひ出で伝へば、負けじ魂にて、追ひ来なむ」と思ふに、心も惑ひて、早舟といひて、さまことになむ構へたりければ、思ふ方の風さへ進みて、危ふきまで走り上りぬ。響の灘もなだらかに過ぎぬ。

 「海賊の舟にやあらむ。小さき舟の、飛ぶやうにて来る」

 など言ふ者あり。海賊のひたぶるならむよりも、かの恐ろしき人の追ひ来るにやと思ふに、せむかたなし。

 「憂きことに胸のみ騒ぐ響きには
  響の灘もさはらざりけり」

 「川尻といふ所、近づきぬ」

 と言ふにぞ、すこし生き出づる心地する。例の、舟子ども、

 「唐泊より、川尻おすほどは」

 と歌ふ声の、情けなきも、あはれに聞こゆ。
 豊後介、あはれになつかしう歌ひすさみて、

 「いとかなしき妻子も忘れぬ」

 とて、思へば、
 「げにぞ、皆うち捨ててける。いかがなりぬらむ。はかばかしく身の助けと思ふ郎等どもは、皆率て来にけり。我を悪しと思ひて、追ひまどはして、いかがしなすらむ」と思ふに、「心幼くも、顧みせで、出でにけるかな」
 と、すこし心のどまりてぞ、あさましき事を思ひ続くるに、心弱くうち泣かれぬ。

 「胡の地の妻児をば虚しく棄て捐てつ」

 と誦ずるを、兵部の君聞きて、

 「げに、あやしのわざや。年ごろ従ひ来つる人の心にも、にはかに違ひて逃げ出でにしを、いかに思ふらむ」
 と、さまざま思ひ続けらるる。

 「帰る方とても、そこ所と行き着くべき故里もなし。知れる人と言ひ寄るべき頼もしき人もおぼえず。ただ一所の御ためにより、ここらの年つき住み馴れつる世界を離れて、浮べる波風にただよひて、思ひめぐらす方なし。この人をも、いかにしたてまつらむとするぞ」

 と、あきれておぼゆれど、「いかがはせむ」とて、急ぎ入りぬ。

 

第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅
 [第一段 岩清水八幡宮へ参詣]
 九条に、昔知れりける人の残りたりけるを訪らひ出でて、その宿りを占め置きて、都のうちといへど、はかばかしき人の住みたるわたりにもあらず、あやしき市女、商人のなかにて、いぶせく世の中を思ひつつ、秋にもなりゆくままに、来し方行く先、悲しきこと多かり。

 豊後介といふ頼もし人も、ただ水鳥の陸に惑へる心地して、つれづれにならはぬありさまのたづきなきを思ふに、帰らむにもはしたなく、心幼く出で立ちにけるを思ふに、従ひ来たりし者どもも、類に触れて逃げ去り、本の国に帰り散りぬ。

 住みつくべきやうもなきを、母おとど、明け暮れ嘆きいとほしがれば、

 「何か。この身は、いとやすくはべり。人一人の御身に代へたてまつりて、いづちもいづちもまかり失せなむに咎あるまじ。我らいみじき勢ひになりても、若君をさるものの中にはふらしたてまつりては、何心地かせまし」

 と語らひ慰めて、

 「神仏こそは、さるべき方にも導き知らせたてまつりたまはめ。近きほどに、八幡の宮と申すは、かしこにても参り祈り申したまひし松浦、筥崎、同じ社なり。かの国を離れたまふとても、多くの願立て申したまひき。今、都に帰りて、かくなむ御験を得てまかり上りたると、早く申したまへ」

 とて、八幡に詣でさせたてまつる。それのわたり知れる人に言ひ尋ねて、五師とて、早く親の語らひし大徳残れるを呼びとりて、詣でさせたてまつる。

 [第二段 初瀬の観音へ参詣]

 「うち次ぎては、仏の御なかには、初瀬なむ、日の本のうちには、あらたなる験現したまふと、唐土にだに聞こえあむなり。まして、わが国のうちにこそ、遠き国の境とても、年経たまへれば、若君をば、まして恵みたまひてむ」

 とて、出だし立てたてまつる。ことさらに徒歩よりと定めたり。ならはぬ心地に、いとわびしく苦しけれど、人の言ふままに、ものもおぼえで歩みたまふ。

 「いかなる罪深き身にて、かかる世にさすらふらむ。わが親、世に亡くなりたまへりとも、われをあはれと思さば、おはすらむ所に誘ひたまへ。もし、世におはせば、御顔見せたまへ」

 と、仏を念じつつ、ありけむさまをだにおぼえねば、ただ、「親おはせましかば」と、ばかりの悲しさを、嘆きわたりたまへるに、かくさしあたりて、身のわりなきままに、取り返しいみじくおぼえつつ、からうして、椿市といふ所に、四日といふ巳の時ばかりに、生ける心地もせで、行き着きたまへり。

 歩むともなく、とかくつくろひたれど、足のうら動かれず、わびしければ、せむかたなくて休みたまふ。この頼もし人なる介、弓矢持ちたる人二人、さては下なる者、童など三、四人、女ばらある限り三人、壺装束して、樋洗めく者、古き下衆女二人ばかりとぞある。

 いとかすかに忍びたり。大御燈明のことなど、ここにてし加へなどするほどに日暮れぬ。家主人の法師、

 「人宿したてまつらむとする所に、何人のものしたまふぞ。あやしき女どもの、心にまかせて」

 とむつかるを、めざましく聞くほどに、げに、人びと来ぬ。

 [第三段 右近も初瀬へ参詣]

 これも徒歩よりなめり。よろしき女二人、下人どもぞ、男女、数多かむめる。馬四つ、五つ牽かせて、いみじく忍びやつしたれど、きよげなる男どもなどあり。

 法師は、せめてここに宿さまほしくして、頭掻きありく。いとほしけれど、また、宿り替へむもさま悪しくわづらはしければ、人びとは奥に入り、他に隠しなどして、かたへは片つ方に寄りぬ。軟障などひき隔てておはします。

 この来る人も恥づかしげもなし。いたうかいひそめて、かたみに心づかひしたり。
 さるは、かの世とともに恋ひ泣く右近なりけり。年月に添へて、はしたなき交じらひのつきなくなりゆく身を思ひなやみて、この御寺になむたびたび詣でける。

 例ならひにければ、かやすく構へたりけれど、徒歩より歩み堪へがたくて、寄り臥したるに、この豊後介、隣の軟障のもとに寄り来て、参り物なるべし、折敷手づから取りて、

 「これは、御前に参らせたまへ。御台などうちあはで、いとかたはらいたしや」

 と言ふを聞くに、「わが並の人にはあらじ」と思ひて、物のはさまより覗けば、この男の顔、見し心地す。誰とはえおぼえず。いと若かりしほどを見しに、太り黒みてやつれたれば、多くの年隔てたる目には、ふとしも見分かぬなりけり。

 「三条、ここに召す」

 と呼び寄する女を見れば、また見し人なり。

 「故御方に、下人なれど、久しく仕うまつりなれて、かの隠れたまへりし御住みかまでありし者なりけり」
 と見なして、いみじく夢のやうなり。主とおぼしき人は、いとゆかしけれど、見ゆべくも構へず。思ひわびて、

 「この女に問はむ。兵藤太といひし人も、これにこそあらめ。姫君のおはするにや」

 と思ひ寄るに、いと心もとなくて、この中隔てなる三条を呼ばすれど、食ひ物に心入れて、とみにも来ぬ、いと憎しとおぼゆるも、うちつけなりや。

 [第四段 右近、玉鬘に再会す]

 からうして、

 「おぼえずこそはべれ。筑紫の国に、二十年ばかり経にける下衆の身を、知らせたまふべき京人よ。人違へにやはべらむ」

 とて、寄り来たり。田舎びたる掻練に衣など着て、いといたう太りにけり。わが齢もいとどおぼえて恥づかしけれど、

 「なほ、さし覗け。われをば見知りたりや」

 とて、顔さし出でたり。この女の手を打ちて、

 「あが御許にこそおはしましけれ。あな、うれしともうれし。いづくより参りたまひたるぞ。上はおはしますや」

 と、いとおどろおどろしく泣く。若き者にて見なれし世を思ひ出づるに、隔て来にける年月数へられて、いとあはれなり。

 「まづ、おとどはおはすや。若君は、いかがなりたまひにし。あてきと聞こえしは」

 とて、君の御ことは、言ひ出でず。

 「皆おはします。姫君も大人になりておはします。まづ、おとどに、かくなむと聞こえむ」

 とて入りぬ。
 皆、驚きて、

 「夢の心地もするかな」
 「いとつらく、言はむかたなく思ひきこゆる人に、対面しぬべきことよ」

 とて、この隔てに寄り来たり。気遠く隔てつる屏風だつもの、名残なくおし開けて、まづ言ひやるべき方なく泣き交はす。老い人は、ただ、

 「わが君は、いかがなりたまひにし。ここらの年ごろ、夢にてもおはしまさむ所を見むと、大願を立つれど、遥かなる世界にて、風の音にてもえ聞き伝へたてまつらぬを、いみじく悲しと思ふに、老いの身の残りとどまりたるも、いと心憂けれど、うち捨てたてまつりたまへる若君の、らうたくあはれにておはしますを、冥途のほだしにもてわづらひきこえてなむ、またたきはべる」

 と言ひ続くれば、昔その折、いふかひなかりしことよりも、応へむ方なくわづらはしと思へども、

 「いでや、聞こえてもかひなし。御方は、はや亡せたまひにき」

 と言ふままに、二、三人ながらむせかへり、いとむつかしく、せきかねたり。

 [第五段 右近、初瀬観音に感謝]

 日暮れぬと、急ぎたちて、御燈明の事どもしたため果てて、急がせば、なかなかいと心あわたたしくて立ち別る。「もろともにや」と言へど、かたみに供の人のあやしと思ふべければ、この介にも、ことのさまだに言ひ知らせあへず。われも人もことに恥づかしくはあらで、皆下り立ちぬ。

 右近は、人知れず目とどめて見るに、なかにうつくしげなるうしろでの、いといたうやつれて、卯月の単衣めくものに着こめたまへる髪の透影、いとあたらしくめでたく見ゆ。心苦しう悲しと見たてまつる。

 すこし足なれたる人は、とく御堂に着きにけり。この君をもてわづらひきこえつつ、初夜行なふほどにぞ上りたまへる。いと騒がしく人詣で混みてののしる。右近が局は、仏の右の方に近き間にしたり。この御師は、まだ深からねばにや、西の間に遠かりけるを、

 「なほ、ここにおはしませ」

 と、尋ね交はし言ひたれば、男どもをばとどめて、介にかうかうと言ひあはせて、こなたに移したてまつる。

 「かくあやしき身なれど、ただ今の大殿になむさぶらひはべれば、かくかすかなる道にても、らうがはしきことははべらじと頼みはべる。田舎びたる人をば、かやうの所には、よからぬ生者どもの、あなづらはしうするも、かたじけなきことなり」

 とて、物語いとせまほしけれど、おどろおどろしき行なひの紛れ、騒がしきにもよほされて、仏拝みたてまつる。右近は心のうちに、

 「この人を、いかで尋ねきこえむと申しわたりつるに、かつがつ、かくて見たてまつれば、今は思ひのごと、大臣の君の、尋ねたてまつらむの御心ざし深かめるに、知らせたてまつりて、幸ひあらせたてまつりたまへ」

 など申しけり。

 [第六段 三条、初瀬観音に祈願]

 国々より、田舎人多く詣でたりけり。この国の守の北の方も、詣でたりけり。いかめしく勢ひたるをうらやみて、この三条が言ふやう、

 「大悲者には、異事も申さじ。あが姫君、大弐の北の方、ならずは、当国の受領の北の方になしたてまつらむ。三条らも、随分に栄えて、返り申しは仕うまつらむ」

 と、額に手を当てて念じ入りてをり。右近、「いとゆゆしくも言ふかな」と聞きて、

 「いと、いたくこそ田舎びにけれな。中将殿は、昔の御おぼえだにいかがおはしましし。まして、今は、天の下を御心にかけたまへる大臣にて、いかばかりいつかしき御仲に、御方しも、受領の妻にて、品定まりておはしまさむよ」

 と言へば、

 「あなかま。たまへ。大臣たちもしばし待て。大弐の御館の上の、清水の御寺、観世音寺に参りたまひし勢ひは、帝の行幸にやは劣れる。あな、むくつけ」

 とて、なほさらに手をひき放たず、拝み入りてをり。

 筑紫人は、三日籠もらむと心ざしたまへり。右近は、さしも思はざりけれど、かかるついで、のどかに聞こえむとて、籠もるべきよし、大徳呼びて言ふ。御あかし文など書きたる心ばへなど、さやうの人はくだくだしうわきまへければ、常のことにて、

 「例の藤原の瑠璃君といふが御ためにたてまつる。よく祈り申したまへ。その人、このころなむ見たてまつり出でたる。その願も果たしたてまつるべし」

 と言ふを聞くも、あはれなり。法師、

 「いとかしこきことかな。たゆみなく祈り申しはべる験にこそはべれ」

 と言ふ。いと騒がしう、夜一夜行なふなり。

 [第七段 右近、主人の光る源氏について語る]

 明けぬれば、知れる大徳の坊に下りぬ。物語、心やすくとなるべし。姫君のいたくやつれたまへる、恥づかしげに思したるさま、いとめでたく見ゆ。

 「おぼえぬ高き交じらひをして、多くの人をなむ見集むれど、殿の上の御容貌に似る人おはせじとなむ、年ごろ見たてまつるを、また、生ひ出でたまふ姫君の御さま、いとことわりにめでたくおはします。かしづきたてまつりたまふさまも、並びなかめるに、かうやつれたまへる御さまの、劣りたまふまじく見えたまふは、ありがたうなむ。

 大臣の君、父帝の御時より、そこらの女御、后、それより下は残るなく見たてまつり集めたまへる御目にも、当代の御母后と聞こえしと、この姫君の御容貌とをなむ、『よき人とはこれを言ふにやあらむとおぼゆる』と聞こえたまふ。

 見たてまつり並ぶるに、かの后の宮をば知りきこえず、姫君はきよらにおはしませど、まだ、片なりにて、生ひ先ぞ推し量られたまふ。

 上の御容貌は、なほ誰か並びたまはむと、なむ見えたまふ。殿も、すぐれたりと思しためるを、言に出でては、何かは数へのうちには聞こえたまはむ。『我に並びたまへるこそ、君はおほけなけれ』となむ、戯れきこえたまふ。

 見たてまつるに、命延ぶる御ありさまどもを、またさるたぐひおはしましなむやとなむ思ひはべるに、いづくか劣りたまはむ。ものは限りあるものなれば、すぐれたまへりとて、頂きを離れたる光やはおはする。ただ、これを、すぐれたりとは聞こゆべきなめりかし」

 と、うち笑みて見たてまつれば、老い人もうれしと思ふ。

 [第八段 乳母、右近に依頼]

 「かかる御さまを、ほとほとあやしき所に沈めたてまつりぬべかりしに、あたらしく悲しうて、家かまどをも捨て、男女の頼むべき子どもにも引き別れてなむ、かへりて知らぬ世の心地する京にまうで来し。
 あが御許、はやくよきさまに導ききこえたまへ。高き宮仕へしたまふ人は、おのづから行き交じりたるたよりものしたまふらむ。父大臣に聞こしめされ、数まへられたまふべきたばかり、思し構へよ」

 と言ふ。恥づかしう思いて、うしろ向きたまへり。

 「いでや、身こそ数ならねど、殿も御前近く召し使ひたまへば、ものの折ごとに、『いかにならせたまひにけむ』と聞こえ出づるを、聞こしめし置きて、『われいかで尋ねきこえむと思ふを、聞き出でたてまつりたらば』となむ、のたまはする」

 と言へば、

 「大臣の君は、めでたくおはしますとも、さるやむごとなき妻どもおはしますなり。まづまことの親とおはする大臣にを知らせたてまつりたまへ」

 など言ふに、ありしさまなど語り出でて、

 「世に忘れがたく悲しきことになむ思して、『かの御代はりに見たてまつらむ。子も少なきがさうざうしきに、わが子を尋ね出でたると人には知らせて』と、そのかみよりのたまふなり。
 心の幼かりけることは、よろづにものつつましかりしほどにて、え尋ねても聞こえで過ごししほどに、少弐になりたまへるよしは、御名にて知りにき。まかり申しに、殿に参りたまへりし日、ほの見たてまつりしかども、え聞こえで止みにき。
 さりとも、姫君をば、かのありし夕顔の五条にぞとどめたてまつりたまへらむとぞ思ひし。あな、いみじや。田舎人にておはしまさましよ」

 など、うち語らひつつ、日一日、昔物語、念誦などしつつ。

 [第九段 右近、玉鬘一行と約束して別れる]

 参り集ふ人のありさまども、見下さるる方なり。前より行く水をば、初瀬川といふなりけり。右近、

 「二本の杉のたちどを尋ねずは
  古川野辺に君を見ましや
 うれしき瀬にも」

 と聞こゆ。

 「初瀬川はやくのことは知らねども
  今日の逢ふ瀬に身さへ流れぬ」

 と、うち泣きておはするさま、いとめやすし。
 「容貌はいとかくめでたくきよげながら、田舎び、こちこちしうおはせましかば、いかに玉の瑕ならまし。いで、あはれ、いかでかく生ひ出でたまひけむ」
 と、おとどをうれしく思ふ。

 母君は、ただいと若やかにおほどかにて、やはやはとぞ、たをやぎたまへりし。これは気高く、もてなしなど恥づかしげに、よしめきたまへり。筑紫を心にくく思ひなすに、皆、見し人は里びにたるに、心得がたくなむ。

 暮るれば、御堂に上りて、またの日も行なひ暮らしたまふ。
 秋風、谷より遥かに吹きのぼりて、いと肌寒きに、ものいとあはれなる心どもには、よろづ思ひ続けられて、人並々ならむこともありがたきことと思ひ沈みつるを、この人の物語のついでに、父大臣の御ありさま、腹々の何ともあるまじき御子ども、皆ものめかしなしたてたまふを聞けば、かかる下草頼もしくぞ思しなりぬる。

 出づとても、かたみに宿る所も問ひ交はして、もしまた追ひ惑はしたらむ時と、危ふく思ひけり。右近が家は、六条の院近きわたりなりければ、ほど遠からで、言ひ交はすもたつき出で来ぬる心地しけり。

 

第四章 光る源氏の物語 玉鬘を養女とする物語
 [第一段 右近、六条院に帰参する]
 右近は、大殿に参りぬ。このことをかすめ聞こゆるついでもやとて、急ぐなりけり。御門引き入るるより、けはひことに広々として、まかで参りする車多くまよふ。数ならで立ち出づるも、まばゆき心地する玉の台なり。その夜は御前にも参らで、思ひ臥したり。

 またの日、昨夜里より参れる上臈、若人どものなかに、取り分きて右近を召し出づれば、おもだたしくおぼゆ。大臣も御覧じて、

 「などか、里居は久しくしつるぞ。例ならず、やまめ人の、引き違へ、こまがへるやうもありかし。をかしきことなどありつらむかし」

 など、例の、むつかしう、戯れ事などのたまふ。

 「まかでて、七日に過ぎはべりぬれど、をかしきことははべりがたくなむ。山踏しはべりて、あはれなる人をなむ見たまへつけたりし」

 「何人ぞ」

 と問ひたまふ。「ふと聞こえ出でむも、まだ上に聞かせたてまつらで、取り分き申したらむを、のちに聞きたまうては、隔てきこえけりとや思さむ」など、思ひ乱れて、

 「今聞こえさせはべらむ」

 とて、人びと参れば、聞こえさしつ。

 大殿油など参りて、うちとけ並びおはします御ありさまども、いと見るかひ多かり。女君は、二十七八にはなりたまひぬらむかし、盛りにきよらにねびまさりたまへり。すこしほど経て見たてまつるは、「また、このほどにこそ、にほひ加はりたまひにけれ」と見えたまふ。

 かの人をいとめでたし、劣らじと見たてまつりしかど、思ひなしにや、なほこよなきに、「幸ひのなきとあるとは、隔てあるべきわざかな」と見合はせらる。

 [第二段 右近、源氏に玉鬘との邂逅を語る]

 大殿籠もるとて、右近を御脚参りに召す。

 「若き人は、苦しとてむつかるめり。なほ年経ぬるどちこそ、心交はして睦びよかりけれ」

 とのたまへば、人びと忍びて笑ふ。

 「さりや。誰か、その使ひならいたまはむをば、むつからむ」
 「うるさき戯れ事言ひかかりたまふを、わづらはしきに」

 など言ひあへり。

 「上も、年経ぬるどちうちとけ過ぎ、はた、むつかりたまはむとや。さるまじき心と見ねば、危ふし」

 など、右近に語らひて笑ひたまふ。いと愛敬づき、をかしきけさへ添ひたまへり。

 今は朝廷に仕へ、忙しき御ありさまにもあらぬ御身にて、世の中のどやかに思さるるままに、ただはかなき御戯れ事をのたまひ、をかしく人の心を見たまふあまりに、かかる古人をさへぞ戯れたまふ。

 「かの尋ね出でたりけむや、何ざまの人ぞ。尊き修行者語らひて、率て来たるか」

 と問ひたまへば、

 「あな、見苦しや。はかなく消えたまひにし夕顔の露の御ゆかりをなむ、見たまへつけたりし」

 と聞こゆ。

 「げに、あはれなりけることかな。年ごろはいづくにか」

 とのたまへば、ありのままには聞こえにくくて、

 「あやしき山里になむ。昔人もかたへは変はらではべりければ、その世の物語し出ではべりて、堪へがたく思ひたまへりし」

 など聞こえゐたり。

 「よし、心知りたまはぬ御あたりに」

 と、隠しきこえたまへば、上、

 「あな、わづらはし。ねぶたきに、聞き入るべくもあらぬものを」

 とて、御袖して御耳塞ぎたまひつ。

 「容貌などは、かの昔の夕顔と劣らじや」

 などのたまへば、

 「かならずさしもいかでかものしたまはむと思ひたまへりしを、こよなうこそ生ひまさりて見えたまひしか」

 と聞こゆれば、

 「をかしのことや。誰ばかりとおぼゆ。この君と」

 とのたまへば、

 「いかでか、さまでは」

 と聞こゆれば、

 「したり顔にこそ思ふべけれ。我に似たらばしも、うしろやすしかし」

 と、親めきてのたまふ。

 [第三段 源氏、玉鬘を六条院へ迎える]

 かく聞きそめてのちは、召し放ちつつ、

 「さらば、かの人、このわたりに渡いたてまつらむ。年ごろ、もののついでごとに、口惜しう惑はしつることを思ひ出でつるに、いとうれしく聞き出でながら、今までおぼつかなきも、かひなきことになむ。
 父大臣には、何か知られむ。いとあまたもて騒がるめるが、数ならで、今はじめ立ち交じりたらむが、なかなかなることこそあらめ。我は、かうさうざうしきに、おぼえぬ所より尋ね出だしたるとも言はむかし。好き者どもの心尽くさするくさはひにて、いといたうもてなさむ」

 など語らひたまへば、かつがついとうれしく思ひつつ、

 「ただ御心になむ。大臣に知らせたてまつらむとも、誰れかは伝へほのめかしたまはむ。いたづらに過ぎものしたまひし代はりには、ともかくも引き助けさせたまはむことこそは、罪軽ませたまはめ」

 と聞こゆ。

 「いたうもかこちなすかな」

 と、ほほ笑みながら、涙ぐみたまへり。

 「あはれに、はかなかりける契りとなむ、年ごろ思ひわたる。かくて集へる方々のなかに、かの折の心ざしばかり思ひとどむる人なかりしを、命長くて、わが心長さをも見はべるたぐひ多かめるなかに、いふかひなくて、右近ばかりを形見に見るは、口惜しくなむ。思ひ忘るる時なきに、さてものしたまはば、いとこそ本意かなふ心地すべけれ」

 とて、御消息たてまつれたまふ。かの末摘花のいふかひなかりしを思し出づれば、さやうに沈みて生ひ出でたらむ人のありさまうしろめたくて、まづ、文のけしきゆかしく思さるるなりけり。ものまめやかに、あるべかしく書きたまひて、端に、

 「かく聞こゆるを、
  知らずとも尋ねて知らむ三島江に
  生ふる三稜の筋は絶えじを」

 となむありける。
 御文、みづからまかでて、のたまふさまなど聞こゆ。御装束、人びとの料などさまざまあり。上にも語らひきこえたまへるなるべし、御匣殿などにも、設けの物召し集めて、色あひ、しざまなど、ことなるをと、選らせたまへれば、田舎びたる目どもには、まして珍らしきまでなむ思ひける。

 [第四段 玉鬘、源氏に和歌を返す]

 正身は、
 「ただかことばかりにても、まことの親の御けはひならばこそうれしからめ、いかでか知らぬ人の御あたりには交じらはむ」
 と、おもむけて、苦しげに思したれど、あるべきさまを、右近聞こえ知らせ、人びとも、

 「おのづから、さて人だちたまひなば、大臣の君も尋ね知りきこえたまひなむ。親子の御契りは、絶えて止まぬものなり」
 「右近が、数にもはべらず、いかでか御覧じつけられむと思ひたまへしだに、仏神の御導きはべらざりけりや。まして、誰れも誰れもたひらかにだにおはしまさば」

 と、皆聞こえ慰む。
 「まづ御返りを」と、責めて書かせたてまつる。
 「いとこよなく田舎びたらむものを」
 と恥づかしく思いたり。唐の紙のいと香ばしきを取り出でて、書かせたてまつる。

 「数ならぬ三稜や何の筋なれば
  憂きにしもかく根をとどめけむ」

 とのみ、ほのかなり。手は、はかなだち、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜しからねば、御心落ちゐにけり。

 住みたまふべき御かた御覧ずるに、
 「南の町には、いたづらなる対どもなどなし。勢ひことに住み満ちたまへれば、顕証に人しげくもあるべし。中宮おはします町は、かやうの人も住みぬべく、のどやかなれど、さてさぶらふ人の列にや聞きなさむ」と思して、「すこし埋れたれど、丑寅の町の西の対、文殿にてあるを、異方へ移して」と思す。
 「あひ住みにも、忍びやかに心よくものしたまふ御方なれば、うち語らひてもありなむ」
 と思しおきつ。

 [第五段 源氏、紫の上に夕顔について語る]

 上にも、今ぞ、かのありし昔の世の物語聞こえ出でたまひける。かく御心に籠めたまふことありけるを、恨みきこえたまふ。

 「わりなしや。世にある人の上とてや、問はず語りは聞こえ出でむ。かかるついでに隔てぬこそは、人にはことには思ひきこゆれ」

 とて、いとあはれげに思し出でたり。

 「人の上にてもあまた見しに、いと思はぬなかも、女といふものの心深きをあまた見聞きしかば、さらに好き好きしき心はつかはじとなむ思ひしを、おのづからさるまじきをもあまた見しなかに、あはれとひたぶるにらうたきかたは、またたぐひなくなむ思ひ出でらるる。世にあらましかば、北の町にものする人の列には、などか見ざらまし。人のありさま、とりどりになむありける。かどかどしう、をかしき筋などはおくれたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」

 などのたまふ。

 「さりとも、明石の列には、立ち並べたまはざらまし」

 とのたまふ。なほ北の御殿をば、めざましと心置きたまへり。姫君の、いとうつくしげにて、何心もなく聞きたまふが、らうたければ、また、「ことわりぞかし」と思し返さる。

 [第六段 玉鬘、六条院に入る]

 かくいふは、九月のことなりけり。渡りたまはむこと、すがすがしくもいかでかはあらむ。よろしき童女、若人など求めさす。筑紫にては、口惜しからぬ人びとも、京より散りぼひ来たるなどを、たよりにつけて呼び集めなどしてさぶらはせしも、にはかに惑ひ出でたまひし騷ぎに、皆おくらしてければ、また人もなし。京はおのづから広き所なれば、市女などやうのもの、いとよく求めつつ、率て来。その人の御子などは知らせざりけり。

 右近が里の五条に、まづ忍びて渡したてまつりて、人びと選りととのへ、装束ととのへなどして、十月にぞ渡りたまふ。
 大臣、東の御方に聞こえつけたてまつりたまふ。

 「あはれと思ひし人の、ものうじして、はかなき山里に隠れゐにけるを、幼き人のありしかば、年ごろも人知れず尋ねはべりしかども、え聞き出ででなむ、女になるまで過ぎにけるを、おぼえぬかたよりなむ、聞きつけたる時にだにとて、移ろはしはべるなり」とて、「母も亡くなりにけり。中将を聞こえつけたるに、悪しくやはある。同じごと後見たまへ。山賤めきて生ひ出でたれば、鄙びたること多からむ。さるべく、ことにふれて教へたまへ」

 と、いとこまやかに聞こえたまふ。

 「げに、かかる人のおはしけるを、知りきこえざりけるよ。姫君の一所ものしたまふがさうざうしきに、よきことかな」

 と、おいらかにのたまふ。

 「かの親なりし人は、心なむありがたきまでよかりし。御心もうしろやすく思ひきこゆれば」

 などのたまふ。

 「つきづきしく後む人なども、こと多からで、つれづれにはべるを、うれしかるべきこと」

 になむのたまふ。
 殿のうちの人は、御女とも知らで、

 「何人、また尋ね出でたまへるならむ」
 「むつかしき古者扱ひかな」

 と言ひけり。
 御車三つばかりして、人の姿どもなど、右近あれば、田舎びず仕立てたり。殿よりぞ、綾、何くれとたてまつれたまへる。

 [第七段 源氏、玉鬘に対面する]

 その夜、やがて大臣の君渡りたまへり。昔、光る源氏などいふ御名は、聞きわたりたてまつりしかど、年ごろのうひうひしさに、さしも思ひきこえざりけるを、ほのかなる大殿油に、御几帳のほころびよりはつかに見たてまつる、いとど恐ろしくさへぞおぼゆるや。
 渡りたまふ方の戸を、右近かい放てば、

 「この戸口に入るべき人は、心ことにこそ」

 と笑ひたまひて、廂なる御座についゐたまひて、

 「燈こそ、いと懸想びたる心地すれ。親の顔はゆかしきものとこそ聞け。さも思さぬか」

 とて、几帳すこし押しやりたまふ。わりなく恥づかしければ、そばみておはする様体など、いとめやすく見ゆれば、うれしくて、

 「今すこし、光見せむや。あまり心にくし」

 とのたまへば、右近、かかげてすこし寄す。

 「おもなの人や」

 とすこし笑ひたまふ。げにとおぼゆる御まみの恥づかしげさなり。いささかも異人と隔てあるさまにものたまひなさず、いみじく親めきて、

 「年ごろ御行方を知らで、心にかけぬ隙なく嘆きはべるを、かうて見たてまつるにつけても、夢の心地して、過ぎにし方のことども取り添へ、忍びがたきに、えなむ聞こえられざりける」

 とて、御目おし拭ひたまふ。まことに悲しう思し出でらる。御年のほど、数へたまひて、

 「親子の仲の、かく年経たるたぐひあらじものを。契りつらくもありけるかな。今は、ものうひうひしく、若びたまふべき御ほどにもあらじを、年ごろの御物語など聞こえまほしきに、などかおぼつかなくは」

 と恨みたまふに、聞こえむこともなく、恥づかしければ、

 「脚立たず沈みそめはべりにけるのち、何ごともあるかなきかになむ」

 と、ほのかに聞こえたまふ声ぞ、昔人にいとよくおぼえて若びたりける。ほほ笑みて、

 「沈みたまひけるを、あはれとも、今は、また誰れかは」

 とて、心ばへいふかひなくはあらぬ御応へと思す。右近に、あるべきことのたまはせて、渡りたまひぬ。

 [第八段 源氏、玉鬘の人物に満足する]

 めやすくものしたまふを、うれしく思して、上にも語りきこえたまふ。

 「さる山賤のなかに年経たれば、いかにいとほしげならむとあなづりしを、かへりて心恥づかしきまでなむ見ゆる。かかる者ありと、いかで人に知らせて、兵部卿宮などの、この籬のうち好ましうしたまふ心乱りにしがな。好き者どもの、いとうるはしだちてのみ、このわたりに見ゆるも、かかる者のくさはひのなきほどなり。いたうもてなしてしがな。なほうちあはぬ人のけしき見集めむ」

 とのたまへば、

 「あやしの人の親や。まづ人の心励まさむことを先に思すよ。けしからず」

 とのたまふ。

 「まことに君をこそ、今の心ならましかば、さやうにもてなして見つべかりけれ。いと無心にしなしてしわざぞかし」

 とて、笑ひたまふに、面赤みておはする、いと若くをかしげなり。硯引き寄せたまうて、手習に、

 「恋ひわたる身はそれなれど玉かづら
  いかなる筋を尋ね来つらむ
 あはれ」

 と、やがて独りごちたまへば、「げに、深く思しける人の名残なめり」と見たまふ。

 [第九段 玉鬘の六条院生活始まる]

 中将の君にも、

 「かかる人を尋ね出でたるを、用意して睦び訪らへ」
 とのたまひければ、こなたに参うでたまひて、

 「人数ならずとも、かかる者さぶらふと、まづ召し寄すべくなむはべりける。御渡りのほどにも、参り仕うまつらざりけること」

 と、いとまめまめしう聞こえたまへば、かたはらいたきまで、心知れる人は思ふ。

 心の限り尽くしたりし御住まひなりしかど、あさましう田舎びたりしも、たとしへなくぞ思ひ比べらるるや。御しつらひよりはじめ、今めかしう気高くて、親、はらからと睦びきこえたまふ御さま、容貌よりはじめ、目もあやにおぼゆるに、今ぞ、三条も大弐をあなづらはしく思ひける。まして、監が息ざしけはひ、思ひ出づるもゆゆしきこと限りなし。

 豊後介の心ばへをありがたきものに君も思し知り、右近も思ひ言ふ。「おほぞうなるは、ことも怠りぬべし」とて、こなたの家司ども定め、あるべきことどもおきてさせたまふ。豊後介もなりぬ。

 年ごろ田舎び沈みたりし心地に、にはかに名残もなく、いかでか、仮にても立ち出で見るべきよすがなくおぼえし大殿のうちを、朝夕に出で入りならし、人を従へ、事行なふ身となれば、いみじき面目と思ひけり。大臣の君の御心おきての、こまかにありがたうおはしますこと、いとかたじけなし。

 

第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論
 [第一段 歳末の衣配り]
 年の暮に、御しつらひのこと、人びとの装束など、やむごとなき御列に思しおきてたる、「かかりとも、田舎びたることや」と、山賤の方にあなづり推し量りきこえたまひて調じたるも、たてまつりたまふついでに、織物どもの、我も我もと、手を尽くして織りつつ持て参れる細長、小袿の、色々さまざまなるを御覧ずるに、

 「いと多かりけるものどもかな。方々に、うらやみなくこそものすべかりけれ」

 と、上に聞こえたまへば、御匣殿に仕うまつれるも、こなたにせさせたまへるも、皆取う出させたまへり。
 かかる筋はた、いとすぐれて、世になき色あひ、匂ひを染めつけたまへば、ありがたしと思ひきこえたまふ。

 ここかしこの擣殿より参らせたる擣物ども御覧じ比べて、濃き赤きなど、さまざまを選らせたまひつつ、御衣櫃、衣筥どもに入れさせたまうて、おとなびたる上臈どもさぶらひて、「これは、かれは」と取り具しつつ入る。上も見たまひて、

 「いづれも、劣りまさるけぢめも見えぬものどもなめるを、着たまはむ人の御容貌に思ひよそへつつたてまつれたまへかし。着たる物のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし」

 とのたまへば、大臣うち笑ひて、

 「つれなくて、人の御容貌推し量らむの御心なめりな。さては、いづれをとか思す」

 と聞こえたまへば、

 「それも鏡にては、いかでか」

 と、さすが恥ぢらひておはす。

 紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿、今様色のいとすぐれたるとは、かの御料。桜の細長に、つややかなる掻練取り添へては、姫君の御料なり。

 浅縹の海賦の織物、織りざまなまめきたれど、匂ひやかならぬに、いと濃き掻練具して、夏の御方に。

 曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対にたてまつれたまふを、上は見ぬやうにて思しあはす。「内の大臣の、はなやかに、あなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬに似たるなめり」と、げに推し量らるるを、色には出だしたまはねど、殿見やりたまへるに、ただならず。

 「いで、この容貌のよそへは、人腹立ちぬべきことなり。よきとても、物の色は限りあり、人の容貌は、おくれたるも、またなほ底ひあるものを」

 とて、かの末摘花の御料に、柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、人知れずほほ笑まれたまふ。

 梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に、濃きがつややかなる重ねて、明石の御方に。思ひやり気高きを、上はめざましと見たまふ。

 空蝉の尼君に、青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子の御衣、聴し色なる添へたまひて、同じ日着たまふべき御消息聞こえめぐらしたまふ。げに、似ついたる見むの御心なりけり。

 [第二段 末摘花の返歌]

 皆、御返りどもただならず。御使の禄、心々なるに、末摘、東の院におはすれば、今すこしさし離れ、艶なるべきを、うるはしくものしたまふ人にて、あるべきことは違へたまはず、山吹の袿の、袖口いたくすすけたるを、うつほにてうち掛けたまへり。御文には、いとかうばしき陸奥紙の、すこし年経、厚きが黄ばみたるに、

 「いでや、賜へるは、なかなかにこそ。
  着てみれば恨みられけり唐衣
  返しやりてむ袖を濡らして」

 御手の筋、ことに奥よりにたり。いといたくほほ笑みたまひて、とみにもうち置きたまはねば、上、何ごとならむと見おこせたまへり。

 御使にかづけたる物を、いと侘しくかたはらいたしと思して、御けしき悪しければ、すべりまかでぬ。いみじく、おのおのはささめき笑ひけり。かやうにわりなう古めかしう、かたはらいたきところのつきたまへるさかしらに、もてわづらひぬべう思す。恥づかしきまみなり。

 [第三段 源氏の和歌論]

 「古代の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』かことこそ離れねな。まろも、その列ぞかし。さらに一筋にまつはれて、今めきたる言の葉にゆるぎたまはぬこそ、ねたきことは、はたあれ。人の中なることを、をりふし、御前などのわざとある歌詠みのなかにては、『円居』離れぬ三文字ぞかし。昔の懸想のをかしき挑みには、『あだ人』といふ五文字を、やすめどころにうち置きて、言の葉の続きたよりある心地すべかめり」

 など笑ひたまふ。

 「よろづの草子、歌枕、よく案内知り見尽くして、そのうちの言葉を取り出づるに、詠みつきたる筋こそ、強うは変はらざるべけれ。
 常陸の親王の書き置きたまへりける紙屋紙の草子をこそ、見よとておこせたりしか。和歌の髄脳いと所狭う、病去るべきところ多かりしかば、もとよりおくれたる方の、いとどなかなか動きすべくも見えざりしかば、むつかしくて返してき。よく案内知りたまへる人の口つきにては、目馴れてこそあれ」

 とて、をかしく思いたるさまぞ、いとほしきや。
 上、いとまめやかにて、

 「などて、返したまひけむ。書きとどめて、姫君にも見せたてまつりたまふべかりけるものを。ここにも、もののなかなりしも、虫みな損なひてければ。見ぬ人はた、心ことにこそは遠かりけれ」

 とのたまふ。

 「姫君の御学問に、いと用なからむ。すべて女は、立てて好めることまうけてしみぬるは、さまよからぬことなり。何ごとも、いとつきなからむは口惜しからむ。ただ心の筋を、漂はしからずもてしづめおきて、なだらかならむのみなむ、めやすかるべかりける」

 などのたまひて、返しは思しもかけねば、

 「返しやりてむ、とあめるに、これよりおし返したまはざらむも、ひがひがしからむ」

 と、そそのかしきこえたまふ。情け捨てぬ御心にて、書きたまふ。いと心やすげなり。

 「返さむと言ふにつけても片敷の
  夜の衣を思ひこそやれ
 ことわりなりや」

 とぞあめる。


初音

第一章 光る源氏の物語 新春の六条院の女性たち
 [第一段 春の御殿の紫の上の周辺]
 年立ちかへる朝の空のけしき、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根のうちだに、雪間の草若やかに色づきはじめ、いつしかとけしきだつ霞に、木の芽もうちけぶり、おのづから人の心ものびらかにぞ見ゆるかし。まして、いとど玉を敷ける御前の、庭よりはじめ見所多く、磨きましたまへる御方々のありさま、まねびたてむも言の葉足るまじくなむ。

 春の御殿の御前、とりわきて、梅の香も御簾のうちの匂ひに吹きまがひ、生ける仏の御国とおぼゆ。さすがにうちとけて、やすらかに住みなしたまへり。さぶらふ人びとも、若やかにすぐれたるは、姫君の御方にと選りたまひて、すこし大人びたる限り、なかなかよしよししく、装束ありさまよりはじめて、めやすくもてつけて、ここかしこに群れゐつつ、歯固めの祝ひして、餅鏡をさへ取り混ぜて、千年の蔭にしるき年のうちの祝ひ事どもして、そぼれあへるに、大臣の君さしのぞきたまへれば、懐手ひきなほしつつ、「いとはしたなきわざかな」と、わびあへり。

 「いとしたたかなるみづからの祝ひ事どもかな。皆おのおの思ふことの道々あらむかし。すこし聞かせよや。われことぶきせむ」

 とうち笑ひたまへる御ありさまを、年のはじめの栄えに見たてまつる。われはと思ひあがれる中将の君ぞ、

 「『かねてぞ見ゆる』などこそ、鏡の影にも語らひはんべりつれ。私の祈りは、何ばかりのことをか」

 など聞こゆ。

 朝のほどは人びと参り混みて、もの騒がしかりけるを、夕つ方、御方々の参座したまはむとて、心ことにひきつくろひ、化粧じたまふ御影こそ、げに見るかひあめれ。

 「今朝、この人びとの戯れ交はしつる、いとうらやましく見えつるを、上にはわれ見せたてまつらむ」

 とて、乱れたる事どもすこしうち混ぜつつ、祝ひきこえたまふ。

 「薄氷解けぬる池の鏡には
  世に曇りなき影ぞ並べる」

 げに、めでたき御あはひどもなり。

 「曇りなき池の鏡によろづ代を
  すむべき影ぞしるく見えける」

 何事につけても、末遠き御契りを、あらまほしく聞こえ交はしたまふ。今日は子の日なりけり。げに、千年の春をかけて祝はむに、ことわりなる日なり。

 [第二段 明石姫君、実母と和歌を贈答]

 姫君の御方に渡りたまへれば、童女、下仕へなど、御前の山の小松引き遊ぶ。若き人びとの心地ども、おきどころなく見ゆ。北の御殿より、わざとがましくし集めたる鬚籠ども、破籠などたてまつれたまへり。えならぬ五葉の枝に移る鴬も、思ふ心あらむかし。

 「年月を松にひかれて経る人に
  今日鴬の初音聞かせよ
 『音せぬ里の』」

 と聞こえたまへるを、「げに、あはれ」と思し知る。言忌もえしあへたまはぬけしきなり。

 「この御返りは、みづから聞こえたまへ。初音惜しみたまふべき方にもあらずかし」

 とて、御硯取りまかなひ、書かせたてまつりたまふ。いとうつくしげにて、明け暮れ見たてまつる人だに、飽かず思ひきこゆる御ありさまを、今までおぼつかなき年月の隔たりにけるも、「罪得がましう、心苦し」と思す。

 「ひき別れ年は経れども鴬の
  巣立ちし松の根を忘れめや」

 幼き御心にまかせて、くだくだしくぞあめる。

 [第三段 夏の御殿の花散里を訪問]

 夏の御住まひを見たまへば、時ならぬけにや、いと静かに見えて、わざと好ましきこともなくて、あてやかに住みたるけはひ見えわたる。
 年月に添へて、御心の隔てもなく、あはれなる御仲なり。今は、あながちに近やかなる御ありさまも、もてなしきこえたまはざりけり。いと睦ましくありがたからむ妹背の契りばかり、聞こえ交はしたまふ。御几帳隔てたれど、すこし押しやりたまへば、またさておはす。

 「縹は、げに、にほひ多からぬあはひにて、御髪などもいたく盛り過ぎにけり。やさしき方にあらぬと、葡萄鬘してぞつくろひたまふべき。我ならざらむ人は、見醒めしぬべき御ありさまを、かくて見るこそうれしく本意あれ。心軽き人の列にて、われに背きたまひなましかば」など、御対面の折々は、まづ、「わが心の長きも、人の御心の重きをも、うれしく、思ふやうなり」

 と思しけり。こまやかに、ふる年の御物語など、なつかしう聞こえたまひて、西の対へ渡りたまひぬ。

 [第四段 続いて玉鬘を訪問]

 まだいたくも住み馴れたまはぬほどよりは、けはひをかしくしなして、をかしげなる童女の姿なまめかしく、人影あまたして、御しつらひ、あるべき限りなれど、こまやかなる御調度は、いとしも調へたまはぬを、さる方にものきよげに住みなしたまへり。

 正身も、あなをかしげと、ふと見えて、山吹にもてはやしたまへる御容貌など、いとはなやかに、ここぞ曇れると見ゆるところなく、隈なく匂ひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる。もの思ひに沈みたまへるほどのしわざにや、髪の裾すこし細りて、さはらかにかかれるしも、いとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、「かくて見ざらましかば」と思すにつけても、えしも見過ぐしたまふまじ。

 かくいと隔てなく見たてまつりなれたまへど、なほ思ふに、隔たり多くあやしきが、うつつの心地もしたまはねば、まほならずもてなしたまへるも、いとをかし。

 「年ごろになりぬる心地して、見たてまつるにも心やすく、本意かなひぬるを、つつみなくもてなしたまひて、あなたなどにも渡りたまへかし。いはけなき初琴習ふ人もあめるを、もろともに聞きならしたまへ。うしろめたく、あはつけき心持たる人なき所なり」

 と聞こえたまへば、

 「のたまはせむままにこそは」

 と聞こえたまふ。さもあることぞかし。

 [第五段 冬の御殿の明石御方に泊まる]

 暮れ方になるほどに、明石の御方に渡りたまふ。近き渡殿の戸押し開くるより、御簾のうちの追風、なまめかしく吹き匂はして、ものよりことに気高く思さる。正身は見えず。いづらと見まはしたまふに、硯のあたりにぎははしく、草子どもなど取り散らしたるなど取りつつ見たまふ。唐の東京錦のことことしき端さしたる茵に、をかしげなる琴うち置き、わざとめきよしある火桶に、侍従をくゆらかして、物ごとにしめたるに、衣被香の香のまがへる、いと艶なり。手習どもの乱れうちとけたるも、筋変はり、ゆゑある書きざまなり。ことことしう草がちなどにもされ書かず、めやすく書きすましたり。

 小松の御返りを、めづらしと見けるままに、あはれなる古事ども書きまぜて、

 「めづらしや花のねぐらに木づたひて
  谷の古巣を訪へる鴬
 声待ち出でたる」

 なども、
 「咲ける岡辺に家しあれば」
 など、ひき返し慰めたる筋など書きまぜつつあるを、取りて見たまひつつほほ笑みたまへる、恥づかしげなり。

 筆さし濡らして書きすさみたまふほどに、ゐざり出でて、さすがにみづからのもてなしは、かしこまりおきて、めやすき用意なるを、「なほ、人よりはことなり」と思す。白きに、けざやかなる髪のかかりの、すこしさはらかなるほどに薄らぎにけるも、いとどなまめかしさ添ひて、なつかしければ、「新しき年の御騒がれもや」と、つつましけれど、こなたに泊りたまひぬ。「なほ、おぼえことなりかし」と、方々に心おきて思す。

 南の御殿には、ましてめざましがる人びとあり。まだ曙のほどに渡りたまひぬ。かうしもあるまじき夜深さぞかしと思ふに、名残もただならず、あはれに思ふ。
 待ちとりたまへるはた、なまけやけしと思すべかめる心のうち、量られたまひて、

 「あやしきうたた寝をして、若々しかりけるいぎたなさを、さしもおどろかしたまはで」

 と、御けしきとりたまふもをかしく見ゆ。ことなる御いらへもなければ、わづらはしくて、そら寝をしつつ、日高く御殿籠もり起きたり。

 [第六段 六条院の正月二日の臨時客]

 今日は、臨時客のことに紛らはしてぞ、面隠したまふ。上達部、親王たちなど、例の、残りなく参りたまへり。御遊びありて、引出物、禄など、二なし。そこら集ひたまへるが、我も劣らじともてなしたまへるなかにも、すこしなずらひなるだにも見えたまはぬものかな。とり放ちては、いと有職多くものしたまふころなれど、御前にては気圧されたまふも、悪しかし。何の数ならぬ下部どもなどだに、この院に参る日は、心づかひことなりけり。まして若やかなる上達部などは、思ふ心などものしたまひて、すずろに心懸想したまひつつ、常の年よりもことなり。

 花の香誘ふ夕風、のどやかにうち吹きたるに、御前の梅やうやうひもときて、あれは誰れ時なるに、物の調べどもおもしろく、「この殿」うち出でたる拍子、いとはなやかなり。大臣も時々声うち添へたまへる「さき草」の末つ方、いとなつかしくめでたく聞こゆ。何ごとも、さしいらへしたまふ御光にはやされて、色をも音をも増すけぢめ、ことになむ分かれける。

 

第二章 光る源氏の物語 二条東院の女性たちの物語
 [第一段 二条東院の末摘花を訪問]
 かうののしる馬車の音を、もの隔てて聞きたまふ御方々は、蓮の中の世界に、まだ開けざらむ心地もかくやと、心やましげなり。まして、東の院に離れたまへる御方々は、年月に添へて、つれづれの数のみまされど、「世の憂きめ見えぬ山路」に思ひなずらへて、つれなき人の御心をば、何とかは見たてまつりとがめむ、その他の心もとなく寂しきことはたなければ、行なひの方の人は、その紛れなく勤め、仮名のよろづの草子の学問、心に入れたまはむ人は、また願ひに従ひ、ものまめやかにはかばかしきおきてにも、ただ心の願ひに従ひたる住まひなり。騒がしき日ごろ過ぐして渡りたまへり。

 常陸宮の御方は、人のほどあれば、心苦しく思して、人目の飾りばかりは、いとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ、盛りと見えし御若髪も、年ごろに衰ひゆき、まして、滝の淀み恥づかしげなる御かたはらめなどを、いとほしと思せば、まほにも向かひたまはず。

 柳は、げにこそすさまじかりけれと見ゆるも、着なしたまへる人からなるべし。光もなく黒き掻練の、さゐさゐしく張りたる一襲、さる織物の袿着たまへる、いと寒げに心苦し。襲の衣などは、いかにしなしたるにかあらむ。

 御鼻の色ばかり、霞にも紛るまじうはなやかなるに、御心にもあらずうち嘆かれたまひて、ことさらに御几帳引きつくろひ隔てたまふ。なかなか、女はさしも思したらず、今は、かくあはれに長き御心のほどを、おだしきものにうちとけ頼みきこえたまへる御さま、あはれなり。

 かかる方にも、おしなべての人ならず、いとほしく悲しき人の御さまに思せば、あはれに、我だにこそはと、御心とどめたまへるも、ありがたきぞかし。御声なども、いと寒げに、うちわななきつつ語らひきこえたまふ。見わづらひたまひて、

 「御衣どもの事など、後見きこゆる人ははべりや。かく心やすき御住まひは、ただいとうちとけたるさまに、含みなえたるこそよけれ。うはべばかりつくろひたる御よそひは、あいなくなむ」

 と聞こえたまへば、こちごちしくさすがに笑ひたまひて、

 「醍醐の阿闍梨の君の御あつかひしはべるとて、衣どももえ縫ひはべらでなむ。皮衣をさへ取られにし後、寒くはべる」

 と聞こえたまふは、いと鼻赤き御兄なりけり。心うつくしといひながら、あまりうちとけ過ぎたりと思せど、ここにては、いとまめにきすくの人にておはす。

 「皮衣はいとよし。山伏の蓑代衣に譲りたまひてあへなむ。さて、このいたはりなき白妙の衣は、七重にも、などか重ねたまはざらむ。さるべき折々は、うち忘れたらむこともおどろかしたまへかし。もとよりおれおれしく、たゆき心のおこたりに。まして方々の紛らはしき競ひにも、おのづからなむ」

 とのたまひて、向かひの院の御倉開けさせたまひて、絹、綾などたてまつらせたまふ。

 荒れたる所もなけれど、住みたまはぬ所のけはひは静かにて、御前の木立ばかりぞいとおもしろく、紅梅の咲き出でたる匂ひなど、見はやす人もなきを見わたしたまひて、

 「ふるさとの春の梢に訪ね来て
  世の常ならぬ花を見るかな」

 と独りごちたまへど、聞き知りたまはざりけむかし。

 [第二段 続いて空蝉を訪問]

 空蝉の尼衣にも、さしのぞきたまへり。うけばりたるさまにはあらず、かごやかに局住みにしなして、仏ばかりに所得させたてまつりて、行なひ勤めけるさまあはれに見えて、経、仏の御飾り、はかなくしたる閼伽の具なども、をかしげになまめかしう、なほ心ばせありと見ゆる人のけはひなり。
 青鈍の几帳、心ばへをかしきに、いたくゐ隠れて、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて、

 「『松が浦島』をはるかに思ひてぞやみぬべかりける。昔より心憂かりける御契りかな。さすがにかばかりの御睦びは、絶ゆまじかりけるよ」

 などのたまふ。尼君も、ものあはれなるけはひにて、

 「かかる方に頼みきこえさするしもなむ、浅くはあらず思ひたまへ知られはべりける」

 と聞こゆ。

 「つらき折々重ねて、心惑はしたまひし世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。かくいと素直にもあらぬものをと、思ひ合はせたまふこともあらじやはとなむ思ふ」

 と

のたまふ。「かのあさましかりし世の古事を聞き置きたまへるなめり」と、恥づかしく、

 「かかるありさまを御覧じ果てらるるよりほかの報いは、いづくにかはべらむ」

 とて、まことにうち泣きぬ。いにしへよりももの深く恥づかしげさまさりて、かくもて離れたること、と思すしも、見放ちがたく思さるれど、はかなきことをのたまひかくべくもあらず、おほかたの昔今の物語をしたまひて、「かばかりの言ふかひだにあれかし」と、あなたを見やりたまふ。

 かやうにても、御蔭に隠れたる人びと多かり。皆さしのぞきわたしたまひて、

 「おぼつかなき日数つもる折々あれど、心のうちはおこたらずなむ。ただ限りある道の別れのみこそうしろめたけれ。『命を知らぬ』」

 など、なつかしくのたまふ。いづれをも、ほどほどにつけてあはれと思したり。我はと思しあがりぬべき御身のほどなれど、さしもことことしくもてなしたまはず、所につけ、人のほどにつけつつ、さまざまあまねくなつかしくおはしませば、ただかばかりの御心にかかりてなむ、多くの人びと年を経ける。

 

第三章 光る源氏の物語 男踏歌
 [第一段 男踏歌、六条院に回り来る]
 今年は男踏歌あり。内裏より朱雀院に参りて、次にこの院に参る。道のほど遠くなどして、夜明け方になりにけり。月の曇りなく澄みまさりて、薄雪すこし降れる庭のえならぬに、殿上人なども、物の上手多かるころほひにて、笛の音もいとおもしろう吹き立てて、この御前はことに心づかひしたり。御方々物見に渡りたまふべく、かねて御消息どもありければ、左右の対、渡殿などに、御局しつつおはさす。

 西の対の姫君は、寝殿の南の御方に渡りたまひて、こなたの姫君に御対面ありけり。上も一所におはしませば、御几帳ばかり隔てて聞こえたまふ。

 朱雀院の后の御方などめぐりけるほどに、夜もやうやう明けゆけば、水駅にてこと削がせたまふべきを、例あることより、ほかにさまことに加へて、いみじくもてはやさせたまふ。

 影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降り積む。松風木高く吹きおろし、ものすさまじくもありぬべきほどに、青色のなえばめるに、白襲の色あひ、何の飾りかは見ゆる。
 插頭の綿は、何の匂ひもなきものなれど、所からにやおもしろく、心ゆき、命延ぶるほどなり。
 殿の中将の君、内の大殿の君達ぞ、ことにすぐれてめやすくはなやかなる。

 ほのぼのと明けゆくに、雪やや散りて、そぞろ寒きに、「竹河」謡ひて、かよれる姿、なつかしき声々の、絵にも描きとどめがたからむこそ口惜しけれ。

 御方々、いづれもいづれも劣らぬ袖口ども、こぼれ出でたるこちたさ、物の色あひなども、曙の空に、春の錦たち出でにける霞のうちかと見えわたさる。あやしく心のうちゆく見物にぞありける。

 さるは、高巾子の世離れたるさま、寿詞の乱りがはしき、をこめきたることを、ことことしくとりなしたる、なかなか何ばかりのおもしろかるべき拍子も聞こえぬものを。例の、綿かづきわたりてまかでぬ。

 [第二段 源氏、踏歌の後宴を計画す]

 夜明け果てぬれば、御方々帰りわたりたまひぬ。大臣の君、すこし御殿籠もりて、日高く起きたまへり。

 「中将の声は、弁少将にをさをさ劣らざめるは。あやしう有職ども生ひ出づるころほひにこそあれ。いにしへの人は、まことにかしこき方やすぐれたることも多かりけむ、情けだちたる筋は、このころの人にえしもまさらざりけむかし。中将などをば、すくすくしき朝廷人にしなしてむとなむ思ひおきてし、みづからのいとあざればみたるかたくなしさを、もて離れよと思ひしかども、なほ下にはほの好きたる筋の心をこそとどむべかめれ。もてしづめ、すくよかなるうはべばかりは、うるさかめり」

 など、いとうつくしと思したり。「万春楽」と、御口ずさみにのたまひて、

 「人びとのこなたに集ひたまへるついでに、いかで物の音こころみてしがな。私の後宴すべし」

 とのたまひて、御琴どもの、うるはしき袋どもして秘めおかせたまへる、皆引き出でて、おし拭ひ、ゆるべる緒、調へさせたまひなどす。御方々、心づかひいたくしつつ、心懸想を尽くしたまふらむかし。


胡蝶

第一章 光る源氏の物語 春の町の船楽と季の御読経
 [第一段 三月二十日頃の春の町の船楽]
 弥生の二十日あまりのころほひ、春の御前のありさま、常よりことに尽くして匂ふ花の色、鳥の声、ほかの里には、まだ古りぬにやと、めづらしう見え聞こゆ。山の木立、中島のわたり、色まさる苔のけしきなど、若き人びとのはつかに心もとなく思ふべかめるに、唐めいたる舟造らせたまひける、急ぎ装束かせたまひて、下ろし始めさせたまふ日は、雅楽寮の人召して、舟の楽せらる。親王たち上達部など、あまた参りたまへり。

 中宮、このころ里におはします。かの「春待つ園は」と励ましきこえたまへりし御返りもこのころやと思し、大臣の君も、いかでこの花の折、御覧ぜさせむと思しのたまへど、ついでなくて軽らかにはひわたり、花をももてあそびたまふべきならねば、若き女房たちの、ものめでしぬべきを舟に乗せたまうて、南の池の、こなたに通しかよはしなさせたまへるを、小さき山を隔ての関に見せたれど、その山の崎より漕ぎまひて、東の釣殿に、こなたの若き人びと集めさせたまふ。

 龍頭鷁首を、唐のよそひにことことしうしつらひて、楫取の棹さす童べ、皆みづら結ひて、唐土だたせて、さる大きなる池の中にさし出でたれば、まことの知らぬ国に来たらむ心地して、あはれにおもしろく、見ならはぬ女房などは思ふ。

 中島の入江の岩蔭にさし寄せて見れば、はかなき石のたたずまひも、ただ絵に描いたらむやうなり。こなたかなた霞みあひたる梢ども、錦を引きわたせるに、御前の方ははるばると見やられて、色をましたる柳、枝を垂れたる、花もえもいはぬ匂ひを散らしたり。ほかには盛り過ぎたる桜も、今盛りにほほ笑み、廊をめぐれる藤の色も、こまやかに開けゆきにけり。まして池の水に影を写したる山吹、岸よりこぼれていみじき盛りなり。水鳥どもの、つがひを離れず遊びつつ、細き枝どもを食ひて飛びちがふ、鴛鴦の波の綾に紋を交じへたるなど、ものの絵やうにも描き取らまほしき、まことに斧の柄も朽たいつべう思ひつつ、日を暮らす。

 「風吹けば波の花さへ色見えて
  こや名に立てる山吹の崎」

 「春の池や井手の川瀬にかよふらむ
  岸の山吹そこも匂へり」

 「亀の上の山も尋ねじ舟のうちに
  老いせぬ名をばここに残さむ」

 「春の日のうららにさしてゆく舟は
  棹のしづくも花ぞ散りける」

 などやうの、はかなごとどもを、心々に言ひ交はしつつ、行く方も帰らむ里も忘れぬべう、若き人びとの心を移すに、ことわりなる水の面になむ。

 [第二段 船楽、夜もすがら催される]

 暮れかかるほどに、「皇じやう」といふ楽、いとおもしろく聞こゆるに、心にもあらず、釣殿にさし寄せられて下りぬ。ここのしつらひ、いとこと削ぎたるさまに、なまめかしきに、御方々の若き人どもの、われ劣らじと尽くしたる装束、容貌、花をこき交ぜたる錦に劣らず見えわたる。世に目馴れずめづらかなる楽ども仕うまつる。舞人など、心ことに選ばせたまひて。

 夜に入りぬれば、いと飽かぬ心地して、御前の庭に篝火ともして、御階のもとの苔の上に、楽人召して、上達部、親王たちも、皆おのおの弾きもの、吹きものとりどりにしたまふ。

 物の師ども、ことにすぐれたる限り、双調吹きて、上に待ちとる御琴どもの調べ、いとはなやかにかき立てて、「安名尊」遊びたまふほど、「生けるかひあり」と、何のあやめも知らぬ賤の男も、御門のわたり隙なき馬、車の立処に混じりて、笑みさかえ聞きにけり。

 空の色、物の音も、春の調べ、響きは、いとことにまさりけるけぢめを、人びと思し分くらむかし。夜もすがら遊び明かしたまふ。返り声に「喜春楽」立ちそひて、兵部卿宮、「青柳」折り返しおもしろく歌ひたまふ。主人の大臣も言加へたまふ。

 [第三段 蛍兵部卿宮、玉鬘を思う]

 夜も明けぬ。朝ぼらけの鳥のさへづりを、中宮はもの隔てて、ねたう聞こし召しけり。いつも春の光を籠めたまへる大殿なれど、心をつくるよすがのまたなきを、飽かぬことに思す人びともありけるに、西の対の姫君、こともなき御ありさま、大臣の君も、わざと思しあがめきこえたまふ御けしきなど、皆世に聞こえ出でて、思ししもしるく、心なびかしたまふ人多かるべし。

 わが身さばかりと思ひ上がりたまふ際の人こそ、便りにつけつつ、けしきばみ、言出で聞こえたまふもありけれ、えしもうち出でぬ中の思ひに燃えぬべき若君達などもあるべし。そのうちに、ことの心を知らで、内の大殿の中将などは、好きぬべかめり。

 兵部卿宮はた、年ごろおはしける北の方も亡せたまひて、この三年ばかり、独り住みにてわびたまへば、うけばりて今はけしきばみたまふ。

 今朝も、いといたうそら乱れして、藤の花をかざして、なよびさうどきたまへる御さま、いとをかし。大臣も、思ししさまかなふと、下には思せど、せめて知らず顔をつくりたまふ。
 御土器のついでに、いみじうもて悩みたまうて、

 「思ふ心はべらずは、まかり逃げはべりなまし。いと堪へがたしや」

 とすまひたまふ。

 「紫のゆゑに心をしめたれば
  淵に身投げむ名やは惜しけき」

 とて、大臣の君に、同じかざしを参りたまふ。いといたうほほ笑みたまひて、

 「淵に身を投げつべしやとこの春は
  花のあたりを立ち去らで見よ」

 と切にとどめたまへば、え立ちあかれたまはで、今朝の御遊び、ましていとおもしろし。

 [第四段 中宮、春の季の御読経主催す]

 今日は、中宮の御読経の初めなりけり。やがてまかでたまはで、休み所とりつつ、日の御よそひに替へたまふ人びとも多かり。障りあるは、まかでなどもしたまふ。
 午の時ばかりに、皆あなたに参りたまふ。大臣の君をはじめたてまつりて、皆着きわたりたまふ。殿上人なども、残るなく参る。多くは、大臣の御勢ひにもてなされたまひて、やむごとなく、いつくしき御ありさまなり。

 春の上の御心ざしに、仏に花たてまつらせたまふ。鳥蝶に装束き分けたる童べ八人、容貌などことに整へさせたまひて、鳥には、銀の花瓶に桜をさし、蝶は、金の瓶に山吹を、同じき花の房いかめしう、世になき匂ひを尽くさせたまへり。

 南の御前の山際より漕ぎ出でて、御前に出づるほど、風吹きて、瓶の桜すこしうち散りまがふ。いとうららかに晴れて、霞の間より立ち出でたるは、いとあはれになまめきて見ゆ。わざと平張なども移されず、御前に渡れる廊を、楽屋のさまにして、仮に胡床どもを召したり。
 童べども、御階のもとに寄りて、花どもたてまつる。行香の人びと取り次ぎて、閼伽に加へさせたまふ。

 [第五段 紫の上と中宮和歌を贈答]

 御消息、殿の中将の君して聞こえたまへり。

 「花園の胡蝶をさへや下草に
  秋待つ虫はうとく見るらむ」

 宮、「かの紅葉の御返りなりけり」と、ほほ笑みて御覧ず。昨日の女房たちも、

 「げに、春の色は、え落とさせたまふまじかりけり」

 と、花におれつつ聞こえあへり。鴬のうららかなる音に、「鳥の楽」はなやかに聞きわたされて、池の水鳥もそこはかとなくさへづりわたるに、「急」になり果つるほど、飽かずおもしろし。「蝶」は、ましてはかなきさまに飛び立ちて、山吹の籬のもとに、咲きこぼれたる花の蔭に舞ひ出づる。

 宮の亮をはじめて、さるべき上人ども、禄取り続きて、童べに賜ぶ。鳥には桜の細長、蝶には山吹襲賜はる。かねてしも取りあへたるやうなり。物の師どもは、白き一襲、腰差など、次ぎ次ぎに賜ふ。中将の君には、藤の細長添へて、女の装束かづけたまふ。御返り、

 「昨日は音に泣きぬべくこそは。

  胡蝶にも誘はれなまし心ありて
  八重山吹を隔てざりせば」

 とぞありける。すぐれたる御労どもに、かやうのことは堪へぬにやありけむ、思ふやうにこそ見えぬ御口つきどもなめれ。

 まことや、かの見物の女房たち、宮のには、皆けしきある贈り物どもせさせたまうけり。さやうのこと、くはしければむつかし。
 明け暮れにつけても、かやうのはかなき御遊びしげく、心をやりて過ぐしたまへば、さぶらふ人も、おのづからもの思ひなき心地してなむ、こなたかなたにも聞こえ交はしたまふ。

 

第二章 玉鬘の物語 初夏の六条院に求婚者たち多く集まる
 [第一段 玉鬘に恋人多く集まる]
 西の対の御方は、かの踏歌の折の御対面の後は、こなたにも聞こえ交はしたまふ。深き御心もちゐや、浅くもいかにもあらむ、けしきいと労あり、なつかしき心ばへと見えて、人の心隔つべくもものしたまはぬ人ざまなれば、いづ方にも皆心寄せきこえたまへり。

 聞こえたまふ人いとあまたものしたまふ。されど、大臣、おぼろけに思し定むべくもあらず、わが御心にも、すくよかに親がり果つまじき御心や添ふらむ、「父大臣にも知らせやしてまし」など、思し寄る折々もあり。

 殿の中将は、すこし気近く、御簾のもとなどにも寄りて、御応へみづからなどするも、女はつつましう思せど、さるべきほどと人びとも知りきこえたれば、中将はすくすくしくて思ひも寄らず。

 内の大殿の君たちは、この君に引かれて、よろづにけしきばみ、わびありくを、その方のあはれにはあらで、下に心苦しう、「まことの親にさも知られたてまつりにしがな」と、人知れぬ心にかけたまへれど、さやうにも漏らしきこえたまはず、ひとへにうちとけ頼みきこえたまふ心むけなど、らうたげに若やかなり。似るとはなけれど、なほ母君のけはひにいとよくおぼえて、これはかどめいたるところぞ添ひたる。

 [第二段 玉鬘へ求婚者たちの恋文]

 更衣の今めかしう改まれるころほひ、空のけしきなどさへ、あやしうそこはかとなくをかしきを、のどやかにおはしませば、よろづの御遊びにて過ぐしたまふに、対の御方に、人びとの御文しげくなりゆくを、「思ひしこと」とをかしう思いて、ともすれば渡りたまひつつ御覧じ、さるべきには御返りそそのかしきこえたまひなどするを、うちとけず苦しいことに思いたり。

 兵部卿宮の、ほどなく焦られがましきわびごとどもを書き集めたまへる御文を御覧じつけて、こまやかに笑ひたまふ。

 「はやうより隔つることなう、あまたの親王たちの御中に、この君をなむ、かたみに取り分きて思ひしに、ただかやうの筋のことなむ、いみじう隔て思うたまひてやみにしを、世の末に、かく好きたまへる心ばへを見るが、をかしうもあはれにもおぼゆるかな。なほ、御返りなど聞こえたまへ。すこしもゆゑあらむ女の、かの親王よりほかに、また言の葉を交はすべき人こそ世におぼえね。いとけしきある人の御さまぞや」

 と、若き人はめでたまひぬべく聞こえ知らせたまへど、つつましくのみ思いたり。

 右大将の、いとまめやかに、ことことしきさましたる人の、「恋の山には孔子の倒ふれ」まねびつべきけしきに愁へたるも、さる方にをかしと、皆見比べたまふ中に、唐の縹の紙の、いとなつかしう、しみ深う匂へるを、いと細く小さく結びたるあり。

 「これは、いかなれば、かく結ぼほれたるにか」

 とて、引き開けたまへり。手いとをかしうて、

 「思ふとも君は知らじなわきかへり
  岩漏る水に色し見えねば」

 書きざま今めかしうそぼれたり。

 「これはいかなるぞ」

 と問ひきこえたまへど、はかばかしうも聞こえたまはず。

 [第三段 源氏、玉鬘の女房に教訓す]

 右近を召し出でて、

 「かやうに訪づれきこえむ人をば、人選りして、応へなどはせさせよ。好き好きしうあざれがましき今やうの人の、便ないことし出でなどする、男の咎にしもあらぬことなり。

 我にて思ひしにも、あな情けな、恨めしうもと、その折にこそ、無心なるにや、もしはめざましかるべき際は、けやけうなどもおぼえけれ、わざと深からで、花蝶につけたる便りごとは、心ねたうもてないたる、なかなか心立つやうにもあり。また、さて忘れぬるは、何の咎かはあらむ。

 ものの便りばかりのなほざりごとに、口疾う心得たるも、さらでありぬべかりける、後の難とありぬべきわざなり。すべて、女のものづつみせず、心のままに、もののあはれも知り顔つくり、をかしきことをも見知らむなむ、その積もりあぢきなかるべきを、宮、大将は、おほなおほななほざりごとをうち出でたまふべきにもあらず、またあまりもののほど知らぬやうならむも、御ありさまに違へり。

 その際より下は、心ざしのおもむきに従ひて、あはれをも分きたまへ。労をも数へたまへ」

 など聞こえたまへば、君はうち背きておはする、側目いとをかしげなり。撫子の細長に、このころの花の色なる御小袿、あはひ気近う今めきて、もてなしなども、さはいへど、田舎びたまへりし名残こそ、ただありに、おほどかなる方にのみは見えたまひけれ、人のありさまをも見知りたまふままに、いとさまよう、なよびかに、化粧なども、心してもてつけたまへれば、いとど飽かぬところなく、はなやかにうつくしげなり。他人と見なさむは、いと口惜しかべう思さる。

 [第四段 右近の感想]

 右近も、うち笑みつつ見たてまつりて、「親と聞こえむには、似げなう若くおはしますめり。さし並びたまへらむはしも、あはひめでたしかし」と、思ひゐたり。

 「さらに人の御消息などは、聞こえ伝ふることはべらず。先々も知ろしめし御覧じたる三つ、四つは、引き返し、はしたなめきこえむもいかがとて、御文ばかり取り入れなどしはべるめれど、御返りは、さらに。聞こえさせたまふ折ばかりなむ。それをだに、苦しいことに思いたる」

 と聞こゆ。

 「さて、この若やかに結ぼほれたるは誰がぞ。いといたう書いたるけしきかな」

 と、ほほ笑みて御覧ずれば、

 「かれは、執念うとどめてまかりにけるにこそ。内の大殿の中将の、このさぶらふみるこをぞ、もとより見知りたまへりける、伝へにてはべりける。また見入るる人もはべらざりしにこそ」

 と聞こゆれば、

 「いとらうたきことかな。下臈なりとも、かの主たちをば、いかがいとさははしたなめむ。公卿といへど、この人のおぼえに、かならずしも並ぶまじきこそ多かれ。さるなかにも、いとしづまりたる人なり。おのづから思ひあはする世もこそあれ。掲焉にはあらでこそ、言ひ紛らはさめ。見所ある文書きかな」

 など、とみにもうち置きたまはず。

 [第五段 源氏、求婚者たちを批評]

 「かう何やかやと聞こゆるをも、思すところやあらむと、ややましきを、かの大臣に知られたてまつりたまはむことも、まだ若々しう何となきほどに、ここら年経たまへる御仲にさし出でたまはむことは、いかがと思ひめぐらしはべる。なほ世の人のあめる方に定まりてこそは、人びとしう、さるべきついでもものしたまはめと思ふを。

 宮は、独りものしたまふやうなれど、人柄いといたうあだめいて、通ひたまふ所あまた聞こえ、召人とか、憎げなる名のりする人どもなむ、数あまた聞こゆる。
 さやうならむことは、憎げなうて見直いたまはむ人は、いとようなだらかにもて消ちてむ。すこし心に癖ありては、人に飽かれぬべきことなむ、おのづから出で来ぬべきを、その御心づかひなむあべき。

 大将は、年経たる人の、いたうねび過ぎたるを、厭ひがてにと求むなれど、それも人びとわづらはしがるなり。さもあべいことなれば、さまざまになむ、人知れず思ひ定めかねはべる。

 かうざまのことは、親などにも、さはやかに、わが思ふさまとて、語り出でがたきことなれど、さばかりの御齢にもあらず。今は、などか何ごとをも御心に分いたまはざらむ。まろを、昔ざまになずらへて、母君と思ひないたまへ。御心に飽かざらむことは、心苦しく」

 など、いとまめやかにて聞こえたまへば、苦しうて、御応へ聞こえむともおぼえたまはず。いと若々しきもうたておぼえて、

 「何ごとも思ひ知りはべらざりけるほどより、親などは見ぬものにならひはべりて、ともかくも思うたまへられずなむ」

 と、聞こえたまふさまのいとおいらかなれば、げにと思いて、

 「さらば世のたとひの、後の親をそれと思いて、おろかならぬ心ざしのほども、見あらはし果てたまひてむや」

 など、うち語らひたまふ。思すさまのことは、まばゆければ、えうち出でたまはず。けしきある言葉は時々混ぜたまへど、見知らぬさまなれば、すずろにうち嘆かれて渡りたまふ。

 

第三章 玉鬘の物語 夏の雨と養父の恋慕の物語
 [第一段 源氏、玉鬘と和歌を贈答]
 御前近き呉竹の、いと若やかに生ひたちて、うちなびくさまのなつかしきに、立ちとまりたまうて、

 「ませのうちに根深く植ゑし竹の子の
  おのが世々にや生ひわかるべき
 思へば恨めしかべいことぞかし」

 と、御簾を引き上げて聞こえたまへば、ゐざり出でて、

 「今さらにいかならむ世か若竹の
  生ひ始めけむ根をば尋ねむ
 なかなかにこそはべらめ」

 と聞こえたまふを、いとあはれと思しけり。さるは、心のうちにはさも思はずかし。いかならむ折聞こえ出でむとすらむと、心もとなくあはれなれど、この大臣の御心ばへのいとありがたきを、
 「親と聞こゆとも、もとより見馴れたまはぬは、えかうしもこまやかならずや」
 と、昔物語を見たまふにも、やうやう人のありさま、世の中のあるやうを見知りたまへば、いとつつましう、心と知られたてまつらむことはかたかるべう、思す。

 [第二段 源氏、紫の上に玉鬘を語る]

 殿は、いとどらうたしと思ひきこえたまふ。上にも語り申したまふ。

 「あやしうなつかしき人のありさまにもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけどころなくぞありし。この君は、もののありさまも見知りぬべく、気近き心ざま添ひて、うしろめたからずこそ見ゆれ」

 など、ほめたまふ。ただにしも思すまじき御心ざまを見知りたまへれば、思し寄りて、

 「ものの心得つべくはものしたまふめるを、うらなくしもうちとけ、頼みきこえたまふらむこそ、心苦しけれ」

 とのたまへば、

 「など、頼もしげなくやはあるべき」

 と聞こえたまへば、

 「いでや、われにても、また忍びがたう、もの思はしき折々ありし御心ざまの、思ひ出でらるるふしぶしなくやは」

 と、ほほ笑みて聞こえたまへば、「あな、心疾」とおぼいて、

 「うたても思し寄るかな。いと見知らずしもあらじ」
 とて、わづらはしければ、のたまひさして、心のうちに、「人のかう推し量りたまふにも、いかがはあべからむ」と思し乱れ、かつは、ひがひがしう、けしからぬ我が心のほども、思ひ知られたまうけり。
 心にかかれるままに、しばしば渡りたまひつつ見たてまつりたまふ。

 [第三段 源氏、玉鬘を訪問し恋情を訴える]

 雨のうち降りたる名残の、いとものしめやかなる夕つ方、御前の若楓、柏木などの、青やかに茂りあひたるが、何となく心地よげなる空を見い出したまひて、
 「和してまた清し」
 とうち誦じたまうて、まづ、この姫君の御さまの、匂ひやかげさを思し出でられて、例の、忍びやかに渡りたまへり。

 手習などして、うちとけたまへりけるを、起き上がりたまひて、恥ぢらひたまへる顔の色あひ、いとをかし。なごやかなるけはひの、ふと昔思し出でらるるにも、忍びがたくて、

 「見そめたてまつりしは、いとかうしもおぼえたまはずと思ひしを、あやしう、ただそれかと思ひまがへらるる折々こそあれ。あはれなるわざなりけり。中将の、さらに昔ざまの匂ひにも見えぬならひに、さしも似ぬものと思ふに、かかる人もものしたまうけるよ」

 とて、涙ぐみたまへり。箱の蓋なる御果物の中に、橘のあるをまさぐりて、

 「橘の薫りし袖によそふれば
  変はれる身とも思ほえぬかな

 世とともの心にかけて忘れがたきに、慰むことなくて過ぎつる年ごろを、かくて見たてまつるは、夢にやとのみ思ひなすを、なほえこそ忍ぶまじけれ。思し疎むなよ」

 とて、御手をとらへたまへれば、女、かやうにもならひたまはざりつるを、いとうたておぼゆれど、おほどかなるさまにてものしたまふ。

 「袖の香をよそふるからに橘の
  身さへはかなくなりもこそすれ」

 むつかしと思ひてうつぶしたまへるさま、いみじうなつかしう、手つきのつぶつぶと肥えたまへる、身なり、肌つきのこまやかにうつくしげなるに、なかなかなるもの思ひ添ふ心地したまて、今日はすこし思ふこと聞こえ知らせたまひける。
 女は、心憂く、いかにせむとおぼえて、わななかるけしきもしるけれど、

 「何か、かく疎ましとは思いたる。いとよくも隠して、人に咎めらるべくもあらぬ心のほどぞよ。さりげなくてをもて隠したまへ。浅くも思ひきこえさせぬ心ざしに、また添ふべければ、世にたぐひあるまじき心地なむするを、この訪づれきこゆる人びとには、思し落とすべくやはある。いとかう深き心ある人は、世にありがたかるべきわざなれば、うしろめたくのみこそ」

 とのたまふ。いとさかしらなる御親心なりかし。

 [第四段 源氏、自制して帰る]

 雨はやみて、風の竹に生るほど、はなやかにさし出でたる月影、をかしき夜のさまもしめやかなるに、人びとは、こまやかなる御物語にかしこまりおきて、気近くもさぶらはず。

 常に見たてまつりたまふ御仲なれど、かくよき折しもありがたければ、言に出でたまへるついでの、御ひたぶる心にや、なつかしいほどなる御衣どものけはひは、いとよう紛らはしすべしたまひて、近やかに臥したまへば、いと心憂く、人の思はむこともめづらかに、いみじうおぼゆ。

 「まことの親の御あたりならましかば、おろかには見放ちたまふとも、かくざまの憂きことはあらましや」と悲しきに、つつむとすれどこぼれ出でつつ、いと心苦しき御けしきなれば、

 「かう思すこそつらけれ。もて離れ知らぬ人だに、世のことわりにて、皆許すわざなめるを、かく年経ぬる睦ましさに、かばかり見えたてまつるや、何の疎ましかるべきぞ。これよりあながちなる心は、よも見せたてまつらじ。おぼろけに忍ぶるにあまるほどを、慰むるぞや」

 とて、あはれげになつかしう聞こえたまふこと多かり。まして、かやうなるけはひは、ただ昔の心地して、いみじうあはれなり。

 わが御心ながらも、「ゆくりかにあはつけきこと」と思し知らるれば、いとよく思し返しつつ、人もあやしと思ふべければ、いたう夜も更かさで出でたまひぬ。

 「思ひ疎みたまはば、いと心憂くこそあるべけれ。よその人は、かうほれぼれしうはあらぬものぞよ。限りなく、そこひ知らぬ心ざしなれば、人の咎むべきさまにはよもあらじ。ただ昔恋しき慰めに、はかなきことをも聞こえむ。同じ心に応へなどしたまへ」

 と、いとこまかに聞こえたまへど、我にもあらぬさまして、いといと憂しと思いたれば、

 「いとさばかりには見たてまつらぬ御心ばへを、いとこよなくも憎みたまふべかめるかな」

 と嘆きたまひて、

 「ゆめ、けしきなくてを」

 とて、出でたまひぬ。

 女君も、御年こそ過ぐしたまひにたるほどなれ、世の中を知りたまはぬなかにも、すこしうち世馴れたる人のありさまをだに見知りたまはねば、これより気近きさまにも思し寄らず、「思ひの外にもありける世かな」と、嘆かしきに、いとけしきも悪しければ、人びと、御心地悩ましげに見えたまふと、もて悩みきこゆ。

 「殿の御けしきの、こまやかに、かたじけなくもおはしますかな。まことの御親と聞こゆとも、さらにかばかり思し寄らぬことなくは、もてなしきこえたまはじ」

 など、兵部なども、忍びて聞こゆるにつけて、いとど思はずに、心づきなき御心のありさまを、疎ましう思ひ果てたまふにも、身ぞ心憂かりける。

 [第五段 苦悩する玉鬘]

 またの朝、御文とくあり。悩ましがりて臥したまへれど、人びと御硯など参りて、「御返りとく」と聞こゆれば、しぶしぶに見たまふ。白き紙の、うはべはおいらかに、すくすくしきに、いとめでたう書いたまへり。

 「たぐひなかりし御けしきこそ、つらきしも忘れがたう。いかに人見たてまつりけむ。

  うちとけて寝も見ぬものを若草の
  ことあり顔にむすぼほるらむ

 幼くこそものしたまひけれ」

 と、さすがに親がりたる御言葉も、いと憎しと見たまひて、御返り事聞こえざらむも、人目あやしければ、ふくよかなる陸奥紙に、ただ、

 「うけたまはりぬ。乱り心地の悪しうはべれば、聞こえさせぬ」

 とのみあるに、「かやうのけしきは、さすがにすくよかなり」とほほ笑みて、恨みどころある心地したまふ、うたてある心かな。

 色に出でたまひてのちは、「太田の松の」と思はせたることなく、むつかしう聞こえたまふこと多かれば、いとど所狭き心地して、おきどころなきもの思ひつきて、いと悩ましうさへしたまふ。

 かくて、ことの心知る人は少なうて、疎きも親しきも、むげの親ざまに思ひきこえたるを、
 「かうやうのけしきの漏り出でば、いみじう人笑はれに、憂き名にもあるべきかな。父大臣などの尋ね知りたまふにても、まめまめしき御心ばへにもあらざらむものから、ましていとあはつけう、待ち聞き思さむこと」
 と、よろづにやすげなう思し乱る。

 宮、大将などは、殿の御けしき、もて離れぬさまに伝へ聞きたまうて、いとねむごろに聞こえたまふ。この岩漏る中将も、大臣の御許しを見てこそ、かたよりにほの聞きて、まことの筋をば知らず、ただひとへにうれしくて、おりたち恨みきこえまどひありくめり。


第一章 玉鬘の物語 蛍の光によって姿を見られる
 [第一段 玉鬘、養父の恋に悩む]
 今はかく重々しきほどに、よろづのどやかに思ししづめたる御ありさまなれば、頼みきこえさせたまへる人びと、さまざまにつけて、皆思ふさまに定まり、ただよはしからで、あらまほしくて過ぐしたまふ。

 対の姫君こそ、いとほしく、思ひのほかなる思ひ添ひて、いかにせむと思し乱るめれ。かの監が憂かりしさまには、なずらふべきけはひならねど、かかる筋に、かけても人の思ひ寄りきこゆべきことならねば、心ひとつに思しつつ、「様ことに疎まし」と思ひきこえたまふ。

 何ごとをも思し知りにたる御齢なれば、とざまかうざまに思し集めつつ、母君のおはせずなりにける口惜しさも、またとりかへし惜しく悲しくおぼゆ。

 大臣も、うち出でそめたまひては、なかなか苦しく思せど、人目を憚りたまひつつ、はかなきことをもえ聞こえたまはず、苦しくも思さるるままに、しげく渡りたまひつつ、御前の人遠く、のどやかなる折は、ただならずけしきばみきこえたまふごとに、胸つぶれつつ、けざやかにはしたなく聞こゆべきにはあらねば、ただ見知らぬさまにもてなしきこえたまふ。

 人ざまのわららかに、気近くものしたまへば、いたくまめだち、心したまへど、なほをかしく愛敬づきたるけはひのみ見えたまへり。

 [第二段 兵部卿宮、六条院に来訪]

 兵部卿宮などは、まめやかにせめきこえたまふ。御労のほどはいくばくならぬに、五月雨になりぬる愁へをしたまひて、

 「すこし気近きほどをだに許したまはば、思ふことをも、片端はるけてしがな」

 と、聞こえたまへるを、殿御覧じて、

 「なにかは。この君達の好きたまはむは、見所ありなむかし。もて離れてな聞こえたまひそ。御返り、時々聞こえたまへ」

 とて、教へて書かせたてまつりたまへど、いとどうたておぼえたまへば、「乱り心地悪し」とて、聞こえたまはず。

 人びとも、ことにやむごとなく寄せ重きなども、をさをさなし。ただ、母君の御叔父なりける、宰相ばかりの人の娘にて、心ばせなど口惜しからぬが、世に衰へ残りたるを、尋ねとりたまへる、宰相の君とて、手などもよろしく書き、おほかたも大人びたる人なれば、さるべき折々の御返りなど書かせたまへば、召し出でて、言葉などのたまひて書かせたまふ。

 ものなどのたまふさまを、ゆかしと思すなるべし。
 正身は、かくうたてあるもの嘆かしさの後は、この宮などは、あはれげに聞こえたまふ時は、すこし見入れたまふ時もありけり。何かと思ふにはあらず、「かく心憂き御けしき見ぬわざもがな」と、さすがにされたるところつきて思しけり。

 殿は、あいなくおのれ心懸想して、宮を待ちきこえたまふも知りたまはで、よろしき御返りのあるをめづらしがりて、いと忍びやかにおはしましたり。
 妻戸の間に御茵参らせて、御几帳ばかりを隔てにて、近きほどなり。

 いといたう心して、空薫物心にくきほどに匂はして、つくろひおはするさま、親にはあらで、むつかしきさかしら人の、さすがにあはれに見えたまふ。宰相の君なども、人の御いらへ聞こえむこともおぼえず、恥づかしくてゐたるを、「埋もれたり」と、ひきつみたまへば、いとわりなし。

 [第三段 玉鬘、夕闇時に母屋の端に出る]

 夕闇過ぎて、おぼつかなき空のけしきの曇らはしきに、うちしめりたる宮の御けはひも、いと艶なり。うちよりほのめく追風も、いとどしき御匂ひのたち添ひたれば、いと深く薫り満ちて、かねて思ししよりもをかしき御けはひを、心とどめたまひけり。

 うち出でて、思ふ心のほどをのたまひ続けたる言の葉、おとなおとなしく、ひたぶるに好き好きしくはあらで、いとけはひことなり。大臣、いとをかしと、ほの聞きおはす。

 姫君は、東面に引き入りて大殿籠もりにけるを、宰相の君の御消息伝へに、ゐざり入りたるにつけて、

 「いとあまり暑かはしき御もてなしなり。よろづのこと、さまに従ひてこそめやすけれ。ひたぶるに若びたまふべきさまにもあらず。この宮たちをさへ、さし放ちたる人伝てに聞こえたまふまじきことなりかし。御声こそ惜しみたまふとも、すこし気近くだにこそ」

 など、諌めきこえたまへど、いとわりなくて、ことづけてもはひ入りたまひぬべき御心ばへなれば、とざまかうざまにわびしければ、すべり出でて、母屋の際なる御几帳のもとに、かたはら臥したまへる。

 [第四段 源氏、宮に蛍を放って玉鬘の姿を見せる]

 何くれと言長き御応へ聞こえたまふこともなく、思しやすらふに、寄りたまひて、御几帳の帷子を一重うちかけたまふにあはせて、さと光るもの。紙燭をさし出でたるかとあきれたり。

 蛍を薄きかたに、この夕つ方いと多く包みおきて、光をつつみ隠したまへりけるを、さりげなく、とかくひきつくろふやうにて。

 にはかにかく掲焉に光れるに、あさましくて、扇をさし隠したまへるかたはら目、いとをかしげなり。

 「おどろかしき光見えば、宮も覗きたまひなむ。わが女と思すばかりのおぼえに、かくまでのたまふなめり。人ざま容貌など、いとかくしも具したらむとは、え推し量りたまはじ。いとよく好きたまひぬべき心、惑はさむ」

 と、かまへありきたまふなりけり。まことのわが姫君をば、かくしも、もて騷ぎたまはじ、うたてある御心なりけり。
 こと方より、やをらすべり出でて、渡りたまひぬ。

 [第五段 兵部卿宮、玉鬘にますます執心す]

 宮は、人のおはするほど、さばかりと推し量りたまふが、すこし気近きけはひするに、御心ときめきせられたまひて、えならぬ羅の帷子の隙より見入れたまへるに、一間ばかり隔てたる見わたしに、かくおぼえなき光のうちほのめくを、をかしと見たまふ。

 ほどもなく紛らはして隠しつ。されどほのかなる光、艶なることのつまにもしつべく見ゆ。ほのかなれど、そびやかに臥したまへりつる様体のをかしかりつるを、飽かず思して、げに、このこと御心にしみにけり。

 「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに
  人の消つには消ゆるものかは
 思ひ知りたまひぬや」

 と聞こえたまふ。かやうの御返しを、思ひまはさむもねぢけたれば、疾きばかりをぞ。

 「声はせで身をのみ焦がす蛍こそ
  言ふよりまさる思ひなるらめ」

 など、はかなく聞こえなして、御みづからは引き入りたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふ愁はしさを、いみじく怨みきこえたまふ。

 好き好きしきやうなれば、ゐたまひも明かさで、軒の雫も苦しさに、濡れ濡れ夜深く出でたまひぬ。時鳥などかならずうち鳴きけむかし。うるさければこそ聞きも止めね。

 「御けはひなどのなまめかしさは、いとよく大臣の君に似たてまつりたまへり」と、人びともめできこえけり。昨夜、いと女親だちてつくろひたまひし御けはひを、うちうちは知らで、「あはれにかたじけなし」と皆言ふ。

 [第六段 源氏、玉鬘への恋慕の情を自制す]

 姫君は、かくさすがなる御けしきを、

 「わがみづからの憂さぞかし。親などに知られたてまつり、世の人めきたるさまにて、かやうなる御心ばへならましかば、などかはいと似げなくもあらまし。人に似ぬありさまこそ、つひに世語りにやならむ」

 と、起き臥し思しなやむ。さるは、「まことにゆかしげなきさまにはもてなし果てじ」と、大臣は思しけり。なほ、さる御心癖なれば、中宮なども、いとうるはしくや思ひきこえたまへる、ことに触れつつ、ただならず聞こえ動かしなどしたまへど、やむごとなき方の、およびなくわづらはしさに、おり立ちあらはし聞こえ寄りたまはぬを、この君は、人の御さまも、気近く今めきたるに、おのづから思ひ忍びがたきに、折々、人見たてまつりつけば疑ひ負ひぬべき御もてなしなどは、うち交じるわざなれど、ありがたく思し返しつつ、さすがなる御仲なりけり。

 

第二章 光る源氏の物語 夏の町の物語
 [第一段 五月五日端午の節句、源氏、玉鬘を訪問]
 五日には、馬場の御殿に出でたまひけるついでに、渡りたまへり。

 「いかにぞや。宮は夜や更かしたまひし。いたくも馴らしきこえじ。わづらはしき気添ひたまへる人ぞや。人の心破り、ものの過ちすまじき人は、かたくこそありけれ」

 など、活けみ殺しみ戒めおはする御さま、尽きせず若くきよげに見えたまふ。艶も色もこぼるばかりなる御衣に、直衣はかなく重なれるあはひも、いづこに加はれるきよらにかあらむ、この世の人の染め出だしたると見えず、常の色も変へぬ文目も、今日はめづらかに、をかしくおぼゆる薫りなども、「思ふことなくは、をかしかりぬべき御ありさまかな」と姫君思す。

 宮より御文あり。白き薄様にて、御手はいとよしありて書きなしたまへり。見るほどこそをかしけれ、まねび出づれば、ことなることなしや。

 「今日さへや引く人もなき水隠れに
  生ふる菖蒲の根のみ泣かれむ」

 例にも引き出でつべき根に結びつけたまへれば、「今日の御返り」などそそのかしおきて、出でたまひぬ。これかれも、「なほ」と聞こゆれば、御心にもいかが思しけむ、

 「あらはれていとど浅くも見ゆるかな
  菖蒲もわかず泣かれける根の
 若々しく」

 とばかり、ほのかにぞあめる。「手を今すこしゆゑづけたらば」と、宮は好ましき御心に、いささか飽かぬことと見たまひけむかし。

 薬玉など、えならぬさまにて、所々より多かり。思し沈みつる年ごろの名残なき御ありさまにて、心ゆるびたまふことも多かるに、「同じくは、人の疵つくばかりのことなくてもやみにしがな」と、いかが思さざらむ。

 [第二段 六条院馬場殿の騎射]

 殿は、東の御方にもさしのぞきたまひて、

 「中将の、今日の司の手結ひのついでに、男ども引き連れてものすべきさまに言ひしを、さる心したまへ。まだ明きほどに来なむものぞ。あやしく、ここにはわざとならず忍ぶることをも、この親王たちの聞きつけて、訪らひものしたまへば、おのづからことことしくなむあるを、用意したまへ」

 など聞こえたまふ。
 馬場の御殿は、こなたの廊より見通すほど遠からず。

 「若き人びと、渡殿の戸開けて物見よや。左の司に、いとよしある官人多かるころなり。少々の殿上人に劣るまじ」

 とのたまへば、物見むことをいとをかしと思へり。

 対の御方よりも、童女など、物見に渡り来て、廊の戸口に御簾青やかに掛けわたして、今めきたる裾濃の御几帳ども立てわたし、童、下仕へなどさまよふ。菖蒲襲の衵、二藍の羅の汗衫着たる童女ぞ、西の対のなめる。
 好ましく馴れたる限り四人、下仕へは、楝の裾濃の裳、撫子の若葉の色したる唐衣、今日のよそひどもなり。

 こなたのは、濃き一襲に、撫子襲の汗衫などおほどかにて、おのおの挑み顔なるもてなし、見所あり。

 若やかなる殿上人などは、目をたててけしきばむ。未の時に、馬場の御殿に出でたまひて、げに親王たちおはし集ひたり。手結ひの公事にはさま変りて、次将たちかき連れ参りて、さまことに今めかしく遊び暮らしたまふ。

 女は、何のあやめも知らぬことなれど、舎人どもさへ艶なる装束を尽くして、身を投げたる手まどはしなどを見るぞ、をかしかりける。

 南の町も通して、はるばるとあれば、あなたにもかやうの若き人どもは見けり。「打毬楽」「落蹲」など遊びて、勝ち負けの乱声どもののしるも、夜に入り果てて、何事も見えずなり果てぬ。舎人どもの禄、品々賜はる。いたく更けて、人びと皆あかれたまひぬ。

 [第三段 源氏、花散里のもとに泊まる]

 大臣は、こなたに大殿籠もりぬ。物語など聞こえたまひて、

 「兵部卿宮の、人よりはこよなくものしたまふかな。容貌などはすぐれねど、用意けしきなど、よしあり、愛敬づきたる君なり。忍びて見たまひつや。よしといへど、なほこそあれ」

 とのたまふ。

 「御弟にこそものしたまへど、ねびまさりてぞ見えたまひける。年ごろ、かく折過ぐさず渡り、睦びきこえたまふと聞きはべれど、昔の内裏わたりにてほの見たてまつりしのち、おぼつかなしかし。いとよくこそ、容貌などねびまさりたまひにけれ。帥の親王よくものしたまふめれど、けはひ劣りて、大君けしきにぞものしたまひける」

 とのたまへば、「ふと見知りたまひにけり」と思せど、ほほ笑みて、なほあるを、良しとも悪しともかけたまはず。

 人の上を難つけ、落としめざまのこと言ふ人をば、いとほしきものにしたまへば、
 「右大将などをだに、心にくき人にすめるを、何ばかりかはある。近きよすがにて見むは、飽かぬことにやあらむ」
 と、見たまへど、言に表はしてものたまはず。

 今はただおほかたの御睦びにて、御座なども異々にて大殿籠もる。「などてかく離れそめしぞ」と、殿は苦しがりたまふ。おほかた、何やかやともそばみきこえたまはで、年ごろかく折ふしにつけたる御遊びどもを、人伝てに見聞きたまひけるに、今日めづらしかりつることばかりをぞ、この町のおぼえきらきらしと思したる。

 「その駒もすさめぬ草と名に立てる
  汀の菖蒲今日や引きつる」

 とおほどかに聞こえたまふ。何ばかりのことにもあらねど、あはれと思したり。

 「鳰鳥に影をならぶる若駒は
  いつか菖蒲に引き別るべき」

 あいだちなき御ことどもなりや。

 「朝夕の隔てあるやうなれど、かくて見たてまつるは、心やすくこそあれ」

 戯れごとなれど、のどやかにおはする人ざまなれば、静まりて聞こえなしたまふ。
 床をば譲りきこえたまひて、御几帳引き隔てて大殿籠もる。気近くなどあらむ筋をば、いと似げなかるべき筋に、思ひ離れ果てきこえたまへれば、あながちにも聞こえたまはず。

 

第三章 光る源氏の物語 光る源氏の物語論
 [第一段 玉鬘ら六条院の女性たち、物語に熱中]
 長雨例の年よりもいたくして、晴るる方なくつれづれなれば、御方々、絵物語などのすさびにて、明かし暮らしたまふ。明石の御方は、さやうのことをもよしありてしなしたまひて、姫君の御方にたてまつりたまふ。

 西の対には、ましてめづらしくおぼえたまふことの筋なれば、明け暮れ書き読みいとなみおはす。つきなからぬ若人あまたあり。さまざまにめづらかなる人の上などを、真にや偽りにや、言ひ集めたるなかにも、「わがありさまのやうなるはなかりけり」と見たまふ。

 『住吉』の姫君の、さしあたりけむ折はさるものにて、今の世のおぼえもなほ心ことなめるに、主計頭が、ほとほとしかりけむなどぞ、かの監がゆゆしさを思しなずらへたまふ。

 殿も、こなたかなたにかかるものどもの散りつつ、御目に離れねば、

 「あな、むつかし。女こそ、ものうるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ。ここらのなかに、真はいと少なからむを、かつ知る知る、かかるすずろごとに心を移し、はかられたまひて、暑かはしき五月雨の、髪の乱るるも知らで、書きたまふよ」

 とて、笑ひたまふものから、また、

 「かかる世の古言ならでは、げに、何をか紛るることなきつれづれを慰めまし。さても、この偽りどものなかに、げにさもあらむとあはれを見せ、つきづきしく続けたる、はた、はかなしごとと知りながら、いたづらに心動き、らうたげなる姫君のもの思へる見るに、かた心つくかし。

 また、いとあるまじきことかなと見る見る、おどろおどろしくとりなしけるが目おどろきて、静かにまた聞くたびぞ、憎けれど、ふとをかしき節、あらはなるなどもあるべし。

 このころ、幼き人の女房などに時々読まするを立ち聞けば、ものよく言ふものの世にあるべきかな。虚言をよくしなれたる口つきよりぞ言ひ出だすらむとおぼゆれど、さしもあらじや」

 とのたまへば、

 「げに、偽り馴れたる人や、さまざまにさも汲みはべらむ。ただいと真のこととこそ思うたまへられけれ」

 とて、硯をおしやりたまへば、

 「こちなくも聞こえ落としてけるかな。神代より世にあることを、記しおきけるななり。『日本紀』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」

 とて、笑ひたまふ。

 [第二段 源氏、玉鬘に物語について論じる]

 「その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ、善きも悪しきも、世に経る人のありさまの、見るにも飽かず、聞くにもあまることを、後の世にも言ひ伝へさせまほしき節々を、心に籠めがたくて、言ひおき始めたるなり。善きさまに言ふとては、善きことの限り選り出でて、人に従はむとては、また悪しきさまの珍しきことを取り集めたる、皆かたがたにつけたる、この世の他のことならずかし。

 人の朝廷の才、作りやう変はる、同じ大和の国のことなれば、昔今のに変はるべし、深きこと浅きことのけぢめこそあらめ、ひたぶるに虚言と言ひ果てむも、ことの心違ひてなむありける。

 仏の、いとうるはしき心にて説きおきたまへる御法も、方便といふことありて、悟りなきものは、ここかしこ違ふ疑ひを置きつべくなむ。『方等経』の中に多かれど、言ひもてゆけば、ひとつ旨にありて、菩提と煩悩との隔たりなむ、この、人の善き悪しきばかりのことは変はりける。
 よく言へば、すべて何ごとも空しからずなりぬや」

 と、物語をいとわざとのことにのたまひなしつ。

 「さて、かかる古言の中に、まろがやうに実法なる痴者の物語はありや。いみじく気遠きものの姫君も、御心のやうにつれなく、そらおぼめきしたるは世にあらじな。いざ、たぐひなき物語にして、世に伝へさせむ」

 と、さし寄りて聞こえたまへば、顔を引き入れて、

 「さらずとも、かく珍かなることは、世語りにこそはなりはべりぬべかめれ」

 とのたまへば、

 「珍かにやおぼえたまふ。げにこそ、またなき心地すれ」

 とて、寄りゐたまへるさま、いとあざれたり。

 「思ひあまり昔の跡を訪ぬれど
  親に背ける子ぞたぐひなき

 不孝なるは、仏の道にもいみじくこそ言ひたれ」

 とのたまへど、顔ももたげたまはねば、御髪をかきやりつつ、いみじく怨みたまへば、からうして、

 「古き跡を訪ぬれどげになかりけり
  この世にかかる親の心は」

 と聞こえたまふも、心恥づかしければ、いといたくも乱れたまはず。
 かくして、いかなるべき御ありさまならむ。

 [第三段 源氏、紫の上に物語について述べる]

 紫の上も、姫君の御あつらへにことつけて、物語は捨てがたく思したり。『くまのの物語』の絵にてあるを、
 「いとよく描きたる絵かな」
 とて御覧ず。小さき女君の、何心もなくて昼寝したまへるところを、昔のありさま思し出でて、女君は見たまふ。

 「かかる童どちだに、いかにされたりけり。まろこそ、なほ例にしつべく、心のどけさは人に似ざりけれ」

 と聞こえ出でたまへり。げに、たぐひ多からぬことどもは、好み集めたまへりけりかし。

 「姫君の御前にて、この世馴れたる物語など、な読み聞かせたまひそ。みそか心つきたるものの娘などは、をかしとにはあらねど、かかること世にはありけりと、見馴れたまはむぞ、ゆゆしきや」

 とのたまふも、こよなしと、対の御方聞きたまはば、心置きたまひつべくなむ。

 上、

 「心浅げなる人まねどもは、見るにもかたはらいたくこそ。『宇津保』の藤原君の女こそ、いと重りかにはかばかしき人にて、過ちなかめれど、すくよかに言ひ出でたることもしわざも、女しきところなかめるぞ、一様なめる」

 とのたまへば、

 「うつつの人も、さぞあるべかめる。人びとしく立てたる趣きことにて、よきほどにかまへぬや。よしなからぬ親の、心とどめて生ほしたてたる人の、子めかしきを生けるしるしにて、後れたること多かるは、何わざしてかしづきしぞと、親のしわざさへ思ひやらるるこそ、いとほしけれ。

 げに、さいへど、その人のけはひよと見えたるは、かひあり、おもだたしかし。言葉の限りまばゆくほめおきたるに、し出でたるわざ、言ひ出でたることのなかに、げにと見え聞こゆることなき、いと見劣りするわざなり。
 すべて、善からぬ人に、いかで人ほめさせじ」

 など、ただ「この姫君の、点つかれたまふまじく」と、よろづに思しのたまふ。
 継母の腹ぎたなき昔物語も多かるを、このころ、「心見えに心づきなし」と思せば、いみじく選りつつなむ、書きととのへさせ、絵などにも描かせたまひける。

 [第四段 源氏、子息夕霧を思う]

 中将の君を、こなたには気遠くもてなしきこえたまへれど、姫君の御方には、さしもさし放ちきこえたまはずならはしたまふ。

 「わが世のほどは、とてもかくても同じことなれど、なからむ世を思ひやるに、なほ見つき、思ひしみぬることどもこそ、取り分きてはおぼゆべけれ」

 とて、南面の御簾の内は許したまへり。台盤所、女房のなかは許したまはず。あまたおはせぬ御仲らひにて、いとやむごとなくかしづききこえたまへり。

 おほかたの心もちゐなども、いとものものしく、まめやかにものしたまふ君なれば、うしろやすく思し譲れり。まだいはけたる御雛遊びなどのけはひの見ゆれば、かの人の、もろともに遊びて過ぐしし年月の、まづ思ひ出でらるれば、雛の殿の宮仕へ、いとよくしたまひて、折々にうちしほたれたまひけり。

 さもありぬべきあたりには、はかなしごとものたまひ触るるはあまたあれど、頼みかくべくもしなさず。さる方になどかは見ざらむと、心とまりぬべきをも、強ひてなほざりごとにしなして、なほ「かの、緑の袖を見え直してしがな」と思ふ心のみぞ、やむごとなき節にはとまりける。

 あながちになどかかづらひまどはば、倒ふるる方に許したまひもしつべかめれど、「つらしと思ひし折々、いかで人にもことわらせたてまつらむ」と思ひおきし、忘れがたくて、正身ばかりには、おろかならぬあはれを尽くし見せて、おほかたには焦られ思へらず。

 兄の君達なども、なまねたしなどのみ思ふこと多かり。対の姫君の御ありさまを、右中将は、いと深く思ひしみて、言ひ寄るたよりもいとはかなければ、この君をぞかこち寄りけれど、

 「人の上にては、もどかしきわざなりけり」

 と、つれなく応へてぞものしたまひける。昔の父大臣たちの御仲らひに似たり。

 [第五段 内大臣、娘たちを思う]

 内の大臣は、御子ども腹々いと多かるに、その生ひ出でたるおぼえ、人柄に従ひつつ、心にまかせたるやうなるおぼえ、御勢にて、皆なし立てたまふ。女はあまたもおはせぬを、女御も、かく思ししことのとどこほりたまひ、姫君も、かくこと違ふさまにてものしたまへば、いと口惜しと思す。

 かの撫子を忘れたまはず、ものの折にも語り出でたまひしことなれば、

 「いかになりにけむ。ものはかなかりける親の心に引かれて、らうたげなりし人を、行方知らずなりにたること。すべて女子といはむものなむ、いかにもいかにも目放つまじかりける。さかしらにわが子と言ひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。とてもかくても、聞こえ出で来ば」

 と、あはれに思しわたる。君達にも、

 「もし、さやうなる名のりする人あらば、耳とどめよ。心のすさびにまかせて、さるまじきことも多かりしなかに、これは、いとしか、おしなべての際にも思はざりし人の、はかなきもの倦むじをして、かく少なかりけるもののくさはひ一つを、失ひたることの口惜しきこと」

 と、常にのたまひ出づ。中ごろなどはさしもあらず、うち忘れたまひけるを、人の、さまざまにつけて、女子かしづきたまへるたぐひどもに、わが思ほすにしもかなはぬが、いと心憂く、本意なく思すなりけり。

 夢見たまひて、いとよく合はする者召して、合はせたまひけるに、

 「もし、年ごろ御心に知られたまはぬ御子を、人のものになして、聞こしめし出づることや」

 と聞こえたりければ、

 「女子の人の子になることは、をさをさなしかし。いかなることにかあらむ」

 など、このころぞ、思しのたまふべかめる。

2020-02-29

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