ははきぎ(仮名)
イ:や行の「い」/エ:や行の「え」
001 ひかる-げんじ なのみことことしう いひけたれたまふとがおほかなるに いとど かかるすきごと-どもを すゑのよにもききつたへて かろびたるなをやながさむと しのびたまひけるかくろへごとをさへ かたりつたへけむ ひとのものいひさがなさよ
002 さるは いといたくよをはばかり まめだちたまひけるほど なよびかにをかしきことはなくて かたの-の-せうしやうにはわらはれたまひけむかし
003 まだちゆうじやうなどにものしたまひしときは うちにのみさぶらひようしたまひて おほいどのにはたエだエまかでたまふ
004 しのぶのみだれやと うたがひきこゆることもありしかど さしもあだめきめなれたるうちつけのすきずきしさなどはこのましからぬご-ほんしやうにて まれには あながちにひきたがへこころづくしなることを み-こころにおぼし-とどむるくせなむあやにくにて さるまじきおほむ-ふるまひもうち-まじりける
005 ながあめはれまなきころ うちのおほむ-ものいみさしつづきていとどながゐさぶらひたまふを おほいどのにはおぼつかなくうらめしくおぼしたれど よろづのおほむ-よそひなにくれとめづらしきさまにてうじ-いでたまひつつ おほむ-むすこのきみたちただこのおほむ-とのゐどころのみやづかへをつとめたまふ
006 みやばらのちゆうじやうは なかにしたしくなれきこエたまひて あそびたはぶれをも ひとよりはこころやすく なれなれしくふるまひたり
007 みぎ-の-おとどのいたはりかしづきたまふすみかは このきみもいとものうくして すきがましきあだびとなり
008 さとにても わがかたのしつらひまばゆくして きみのいでいりしたまふにうちつれきこエたまひつつ よるひるがくもんをもあそびをももろともにして をさをさたちおくれず いづくにてもまつはれきこエたまふほどに おのづからかしこまりもえおかず こころのうちにおもふことをもかくしあへずなむ むつれきこエたまひける
009 つれづれとふりくらしてしめやかなるよひのあめに てんじやうにもをさをさひとずくなに おほむ-とのゐどころもれいよりはのどやかなるここちするに おほとなぶらちかくてふみ-どもなどみたまふ
010 ちかきみづしなるいろいろのかみなるふみ-どもひきいでて ちゆうじやうわりなくゆかしがれば
011 さりぬべきすこしはみせむ かたはなるべきもこそとゆるしたまはねば
012 そのうちとけてかたはらいたしとおぼされむこそゆかしけれ おしなべたるおほかたのは かずならねどほどほどにつけてかきかはしつつもみはべりなむ おのがじしうらめしきをりをり まちがほならむゆふぐれなどのこそみどころはあらめとゑんずれば
013 やむごとなくせちにかくしたまふべきなどは かやうにおほぞうなるみづしなどにうちおきちらしたまふべくもあらず ふかくとりおきたまふべかめれば にのまちのこころやすきなるべし
014 かたはし-づつみるに かくさまざまなるもの-どもこそはべりけれとて こころあてに それかかれかなどとふなかに いひあつるもあり もてはなれたることをもおもひよせてうたがふもをかしとおぼせど ことずくなにてとかくまぎらはしつつ とりかくしたまひつ
015 そこにこそおほくつどへたまふらめ すこしみばや さてなむこのづしもこころよくひらくべき とのたまへば
016 ごらんじ-どころあらむこそ かたくはべらめなど きこエたまふついでに
017 をむなのこれはしもとなんつくまじきは かたくもあるかなと やうやうなむみたまへしる
018 ただうはべばかりのなさけにてはしりかき をりふしのいらへこころえてうち-しなどばかりは ずいぶんによろしきもおほかりとみたまふれど そもまことにそのかたをとりいでむえらびに かならずもるまじきは いとかたしや
019 わがこころえたることばかりを おのがじしこころをやりて ひとをばおとしめなど かたはらいたきことおほかり
020 おやなどたちそひもてあがめて おひさきこもれるまどのうちなるほどは ただかたかどをききつたへて こころをうごかすこともあめり
021 かたちをかしくうちおほどきわかやかにて まぎるることなきほど はかなきすさびをも ひとまねにこころをいるることもあるに おのづからひとつゆゑづけてしいづることもあり
022 みるひと おくれたるかたをばいひかくし さてありぬべきかたをばつくろひて まねびいだすに それしかあらじと そらにいかがはおしはかりおもひくたさむ まことかとみもてゆくに みおとりせぬやうはなくなむあるべきと うめきたるけしきもはづかしげなれば
023 いとなべてはあらねど われおぼし-あはすることやあらむ うち-ほほゑみて そのかたかどもなきひとはあらむやとのたまへば
024 いとさばかりならむあたりには たれかはすかされよりはべらむ
025 とるかたなくくちをしききはと いうなりとおぼゆばかりすぐれたるとは かずひとしくこそはべらめ
026 ひとのしなたかくむまれぬれば ひとにもて-かしづかれてかくるることおほく じねんにそのけはひこよなかるべし
027 なかのしなになむ ひとのこころごころおのがじしのたてたるおもむきもみエて わかるべきことかたがたおほかるべき
028 しものきざみといふきはになれば ことにみみたたずかしとて いとくまなげなるけしきなるもゆかしくて
029 そのしなじなやいかに いづれをみつのしなにおきてかわくべき もとのしなたかくむまれながら みはしづみくらゐみじかくてひとげなき またなほびとのかむだちめなどまでなりのぼり われはがほにていへのうちをかざりひとにおとらじとおもへる そのけぢめをば いかがわくべきと とひたまふほどに ひだり-の-むまのかみとう-しきぶのじようおほむ-ものいみにこもらむとてまゐれり
030 よのすきものにてものよくいひとほれるを ちゆうじやうまちとりて このしなじなをわきまへさだめあらそふ
031 いとききにくきことおほかり
032 なりのぼれども もとよりさるべきすぢならぬは よひとのおもへることも さはいへどなほことなり
033 またもとはやむごとなきすぢなれど よにふるたづきすくなく ときよにうつろひておぼエおとろへぬれば こころはこころとして ことたらずわろびたること-どもいでくるわざなめれば とりどりにことわりてなかのしなにぞおくべき
034 ずりやうといひて ひとのくにのことにかかづらひいとなみて しなさだまりたるなかにもまたきざみ-きざみありて なかのしなのけしうはあらぬ えりいでつべきころほひなり
035 なまなまのかむだちめよりも ひ-さむぎのしゐ-どもの よのおぼエくちをしからず もとのねざしいやしからぬ やすらかにみをもてなしふるまひたる いとかはらかなりや いへのうちにたらぬことなどはたなかめるままに はぶかずまばゆきまでもて-かしづけるむすめなどの おとしめ-がたくおひいづるも あまたあるべし
036 みやづかへにいでたちて おもひかけぬさいはひとりいづるためし-どもおほかりかし などいへば
037 すべて にぎははしきによるべきななり とて わらひたまふを ことひとのいはむやうに こころえずおほせらると ちゆうじやうにくむ
038 もとのしな ときよのおぼエうちあひ やむごとなきあたりのうちうちのもてなしけはひおくれたらむは さらにもいはず なにをしてかくおひいでけむと いふかひ-なくおぼゆべし
039 うちあひてすぐれたらむもことわり これこそはさるべきこととおぼエて めづらかなることとこころもおどろくまじ
040 なにがしがおよぶべきほどならねば かみがかみはうちおきはべりぬ
041 さて よにありとひとにしられず さびしくあばれたらむむぐらのかどに おもひのほかにらうたげならむひとの とぢられたらむこそ かぎりなくめづらしくはおぼエめ
042 いかではたかかりけむと おもふよりたがへることなむ あやしくこころとまるわざなる
043 ちちのとしおイ もの-むつかしげにふとりすぎ せうとのかほにくげに おもひやりことなることなきねやのうちに いといたくおもひあがり はかなくしいでたることわざも ゆゑなからずみエたらむかたかどにても いかがおもひのほかにをかしからざらむ
044 すぐれてきずなきかたのえらびにこそおよばざらめ さるかたにてすて-がたきものをは とてしきぶをみやれば わがいもうと-どものよろしききこエあるをおもひてのたまふにやとやこころうらむ ものもいはず
045 いでや かみのしなとおもふにだにかたげなるよを ときみはおぼすべし
046 しろきおほむ-ぞ-どものなよらかなるに なほしばかりをしどけなくきなしたまひて ひもなどもうちすてて そひふしたまへるおほむ-ほかげいとめでたく をむなにてみたてまつらまほし このおほむ-ためには かみがかみをえりいでてもなほあくまじくみエたまふ
047 さまざまのひとのうへ-どもをかたりあはせつつ
048 おほかたのよにつけてみるにはとがなきも わがものとうちたのむべきをえらむに おほかるなかにもえなむおもひさだむまじかりける
049 をのこのおほやけにつかうまつり はかばかしきよのかためとなるべきも まことのうつはものとなるべきをとりいださむには かたかるべしかし
050 されどかしこしとても ひとりふたりよのなかをまつりごちしるべきならねば かみはしもにたすけられ しもはかみになびきて ことひろきにゆづろふらむ
051 せばきいへのうちのあるじとすべきひとひとりをおもひ-めぐらすに たらはであしかるべきだいじ-どもなむかたがたおほかる
052 とあれば-かかりあふさきるさにて なのめにさてもありぬべきひとのすくなきを すきずきしきこころのすさびにて ひとのありさまをあまたみあはせむのこのみならねど ひとへにおもひさだむべきよるべとすばかりに おなじくはわがちからいりをしなほしひきつくろふべきところなく こころにかなふやうにもやと えりそめつるひとのさだまり-がたきなるべし
053 かならずしもわがおもふにかなはねど みそめつるちぎりばかりをすて-がたくおもひとまるひとは ものまめやかなりとみエ さて たもたるるをむなのためも こころにくくおしはからるるなり
054 されどなにか よのありさまをみたまへあつむるままに こころにおよばずいとゆかしきこともなしや きむだちのかみなきおほむ-えらびには ましていかばかりのひとかはたらひたまはむ
055 かたちきたなげなくわかやかなるほどの おのがじしはちりもつかじとみをもてなし ふみをかけどおほどかにことえりをし すみつきほのかにこころもとなくおもはせつつ またさやかにもみてしがなとすべなくまたせ わづかなるこゑきくばかりいひよれど いきのしたにひきいれことずくななるが いとよくもてかくすなりけり
056 なよびかにをむなしとみれば あまりなさけにひきこめられて とりなせばあだめく これをはじめのなんとすべし
057 ことがなかに なのめなるまじきひとのうしろみのかたは もののあはれしりすぐし はかなきついでのなさけあり をかしきにすすめるかたなくてもよかるべしとみエたるに
058 また まめまめしきすぢをたてて みみはさみがちに びさうなきいへとうじの ひとへにうちとけたるうしろみばかりをして あさゆふのいでいりにつけても おほやけわたくしのひとのたたずまひ よきあしきことのめにもみみにもとまるありさまを うときひとにわざとうち-まねばむやは ちかくてみむひとのききわきおもひしるべからむにかたりもあはせばやと うちもゑまれなみだもさしぐみもしはあやなきおほやけ-はらだたしくこころひとつにおもひあまることなどおほかるを なににかはきかせむとおもへば うち-そむかれてひとしれぬおもひいでわらひもせられ あはれともうち-ひとりごたるるに なにごとぞなどあはつかにさし-あふぎゐたらむは いかがはくちをしからぬ
059 ただひたふるにこめきてやはらかならむひとを とかくひき-つくろひてはなどかみざらむ こころもとなくともなほし-どころあるここちすべし
060 げにさしむかひてみむほどは さてもらうたきかたにつみゆるしみるべきを たち-はなれてさるべきことをもいひやり をりふしにしいでむわざのあだごとにもまめごとにもわがこころとおもひ-うることなくふかきいたりなからむは いとくちをしくたのもしげなきとがや なほくるしからむ
061 つねはすこしそばそばしくこころづきなきひとの をりふしにつけていでばエするやうもありかしなど くまなきものいひも さだめかねていたくうち-なげく
062 いまはただ しなにもよらじ かたちをばさらにもいはじ
063 いとくちをしくねぢけがましきおぼエだになくは ただひとへにもの-まめやかにしづかなるこころのおもむきならむよるべをぞ つひのたのみ-どころにはおもひおくべかりける
064 あまりのゆゑよしこころばせうち-そへたらむをばよろこびにおもひ すこしおくれたるかたあらむをもあながちにもとめくはへじ うしろやすくのどけきところだにつよくは うはべのなさけはおのづからもてつけつべきわざをや
065 えんにものはぢして うらみいふべきことをもみしらぬさまにしのびて うへはつれなくみさをづくり こころひとつにおもひあまるときは いはむかたなくすごきことのはあはれなるうたをよみおき しのばるべきかたみをとどめて ふかきやまざとよ-ばなれたるうみづらなどにはひ-かくれぬるをり
066 わらはにはべりしとき にようばうなどのものがたりよみしをききて いとあはれにかなしくこころふかきことかなとなみだをさへなむおとしはべりし いまおもふには いとかるがるしくことさらびたることなり
067 ころざしふかからむをとこをおきて みるめのまへにつらきことありとも ひとのこころをみしらぬやうににげ-かくれて ひとをまどはしこころをみむとするほどに ながきよのもの-おもひになる いとあぢきなきことなり
068 こころふかしやなどほめ-たてられて あはれすすみぬればやがてあまになりぬかし
069 おもひたつほどはいとこころすめるやうにて よにかへりみすべくもおもへらず
070 いであなかなし かくはたおぼしなりにけるよなどやうに あひしれるひときとぶらひ ひたすらにうしとも おもひはなれぬをとこききつけて なみだおとせば つかふひとふるごたちなど きみのみこころはあはれなりけるものを あたらおほむ-みをなどいふ
071 みづからひたひがみをかき-さぐりて あへなくこころぼそければ うち-ひそみぬかし
072 しのぶれどなみだこぼれ-そめぬれば をりをりごとにえねんじえず くやしきことおほかめるに ほとけもなかなかこころぎたなし とみたまひつべし
073 にごりにしめるほどよりも なまうかびにては かへりてあしきみちにもただよひぬべくぞおぼゆる
074 たエぬすくせあさからで あまにもなさでたづねとりたらむも やがてあひそひて とあらむをりもかからむきざみをも みすぐしたらむなかこそちぎりふかくあはれならめ われもひともうしろめたくこころおかれじやは
075 また なのめにうつろふかたあらむひとをうらみて けしきばみそむかむ はたをこがましかりなむ こころはうつろふかたありとも みそめしこころざしいとほしくおもはば さるかたのよすがにおもひてもありぬべきに さやうならむたぢろきに たエぬべきわざなり
076 すべて よろづのことなだらかに ゑんずべきことをばみしれるさまにほのめかし うらむべからむふしをもにくからずかすめ-なさば それにつけて あはれもまさりぬべし
077 おほくは わがこころもみるひとからをさまりもすべし
078 あまりむげにうち-ゆるべみはなちたるも こころやすくらうたきやうなれど おのづからかろきかたにぞおぼエはべるかし
079 つながぬふねのうきたるためしもげにあやなし さははべらぬかといへば ちゆうじやううなづく
080 さしあたりて をかしともあはれともこころにいらむひとの たのもしげなきうたがひあらむこそ だいじなるべけれ
081 わがこころあやまちなくてみすぐさば さしなほしてもなどかみざらむとおぼエたれど それさしもあらじ
082 ともかくも たがふべきふしあらむを のどやかにみしのばむよりほかに ますことあるまじかりけり といひて わがいもうとのひめぎみは このさだめにかなひたまへりとおもへば きみのうち-ねぶりてことばまぜたまはぬを さうざうしくこころやましとおもふ
083 むまのかみもの-さだめのはかせになりて ひひらきゐたり
084 ちゆうじやうは このことわりききはてむと こころいれて あへしらひゐたまへり
085 よろづのことによそへておぼせ
086 きのみちのたくみのよろづのものをこころにまかせてつくり-いだすも りんじのもて-あそびものの そのものとあともさだまらぬは そばつきさればみたるも げにかうもしつべかりけりと ときにつけつつさまをかへて いまめかしきにめうつりてをかしきもあり だいじとして まことにうるはしきひとのてうどのかざりとする さだまれるやうあるものをなんなくし-いづることなむ なほまことのもの-の-じやうずは さまことにみエわかれはべる
087 またゑどころにじやうずおほかれど すみがきにえらばれて つぎつぎにさらにおとりまさるけぢめ ふとしもみエわかれず
088 かかれど ひとのみおよばぬほうらい-の-やま あらうみのいかれるいをのすがた からくにのはげしきけだもののかたち めにみエぬおにのかほなどのおどろおどろしくつくりたるものは こころにまかせてひときはめおどろかして じちにはにざらめどさてありぬべし よのつねのやまのたたずまひ みづのながれ めにちかきひとのいへゐありさま げにとみエ なつかしくやはらいだるかたなどをしづかにかきまぜて すくよかならぬやまのけしき こぶかくよばなれてたたみ-なし けぢかきまがきのうちをば そのこころしらひおきてなどをなむ じやうずはいといきほひことに わろものはおよばぬところおほかめる
089 てをかきたるにも ふかきことはなくて ここかしこのてんながにはしりかき そこはかとなくけしきばめるは うち-みるにかどかどしくけしきだちたれど なほまことのすぢをこまやかにかきえたるは うはべのふできエてみゆれど いまひとたびとりならべてみれば なほじちになむよりける
090 はかなきことだにかくこそはべれ ましてひとのこころのときにあたりてけしきばめらむみるめのなさけをば えたのむまじくおもうたまへえてはべる
091 そのはじめのこと すきずきしくともまうしはべらむとてちかくゐよれば きみもめさましたまふ
092 ちゆうじやういみじくしんじて つらづえをつきてむかひゐたまへり
093 のりのしのよのことわりとききかせむところのここちするもかつはをかしけれど かかるついではおのおのむつごともえしのびとどめずなむありける
094 はやう まだいとげらふにはべりしとき あはれとおもふひとはべりき
095 きこエさせつるやうに かたちなどいとまほにもはべらざりしかば わかきほどのすき-ごころには このひとをとまりにともおもひとどめはべらず
096 よるべとはおもひながら さうざうしくて とかくまぎれはべりしを ものゑんじをいたくしはべりしかば こころづきなく いとかからで おイらかならましかばとおもひつつ あまりいとゆるしなくうたがひはべりしもうるさくて かくかずならぬみをみもはなたで などかくしもおもふらむと こころぐるしきをりをりもはべりて じねんにこころをさめらるるやうになむはべりし
097 このをむなのあるやう もとより おもひいたらざりけることにも いかでこのひとのためにはと なきてをいだし おくれたるすぢのこころをも なほくちをしくはみエじとおもひはげみつつ とにかくにつけて のまめやかにうしろみ つゆにてもこころにたがふことはなくもがなとおもへりしほどに すすめるかたとおもひしかど とかくになびきてなよびゆき みにくきかたちをも このひとにみやうとまれむと わりなくおもひつくろひ うときひとにみエば おもてぶせにやおもはむと はばかりはぢて みさをにもて-つけてみなるるままに こころもけしうはあらずはべりしかど ただこのにくきかたひとつなむ こころをさめずはべりし
098 そのかみおもひはべりしやう かうあながちにしたがひおぢたるひとなめり いかでこるばかりのわざして おどして このかたもすこしよろしくもなり さがなさもやめむとおもひて まことにうしなどもおもひてたエぬべきけしきならば かばかりわれにしたがふこころならばおもひこりなむとおもうたまへえて ことさらになさけなくつれなきさまをみせて れいのはらだちゑんずるに
099 かくおぞましくは いみじきちぎりふかくともたエてまたみじ かぎりとおもはば かくわりなきもの-うたがひはせよ ゆくさきながくみエむとおもはば つらきことありとも ねんじてなのめにおもひなりて かかるこころだにうせなば いとあはれとなむおもふべき ひと-なみなみにもなり すこしおとなびむにそへて またならぶひとなくあるべきやうなど かしこくをしへたつるかなとおもひたまへて われたけくいひそしはべるに
100 すこしうち-われひて よろづにみだてなく ものげなきほどをみすぐして ひとかずなるよもやとまつかたは いとのどかにおもひなされて こころやましくもあらず つらきこころをしのびて おもひなほらむをりをみつけむと としつきをかさねむあいなだのみは いとくるしくなむあるべければ かたみにそむきぬべききざみになむある とねたげにいふに
101 はらだたしくなりて にくげなること-どもをいひはげましはべるに をむなもえをさめぬすぢにて およびひとつをひきよせてくひてはべりしを おどろおどろしくかこちて かかるきずさへつきぬれば いよいよまじらひをすべきにもあらず はづかしめたまふめるつかさくらゐ いとどしくなににつけてかはひとめかむ よをそむきぬべきみなめりなどいひおどして さらば けふこそはかぎりなめれと このおよびをかがめてまかでぬ
102 てををりてあひみしことをかぞふれば これひとつやは きみがうきふし えうらみじなどいひはべれば
103 さすがにうち-なきて うきふしをこころひとつにかぞへきて こやきみがてをわかるべきをり など
104 いひしろひはべりしかど まことにはかはるべきことともおもひたまへずながら ひごろふるまでせうそこもつかはさず あくがれまかりありくに
105 りんじのまつりのでうがくに よふけていみじうみぞれふるよ これかれまかりあかるるところにて おもひめぐらせば なほいへぢとおもはむかたはまたなかりけり
106 うちわたりのたびねすさまじかるべく けしきばめるあたりはそぞろさむくや とおもひたまへられしかば いかがおもへると けしきもみがてら ゆきをうち-はらひつつ
107 なま-ひとわろくつめくはるれど さりともこよひひごろのうらみはとけなむ とおもうたまへしに ひほのかにかべにそむけ なエたるきぬ-どものあつごエたる おほいなるこにうち-かけて ひきあぐべきもののかたびらなどうち-あげて
108 こよひばかりやと まちけるさまなり さればよとこころおごりするに さうじみはなし
109 さるべきにようばう-どもばかりとまりて おやのいへに このよさりなむわたりぬるとこたへはべり
110 えんなるうたもよまず けしきばめるせうそこもせで いとひたやごもりになさけなかりしかば あへなきここちして さがなくゆるしなかりしも われをうとみねとおもふかたのこころやありけむと さしもみたまへざりしことなれど こころやましきままにおもひはべりしに
111 きるべきもの つねよりもこころとどめたるいろあひ しざまいとあらまほしくて さすがにわがみすててむのちをさへなむ おもひやりうしろみたりし
112 さりとも たエておもひはなつやうはあらじとおもうたまへて とかくいひはべりしを そむきもせずと たづねまどはさむともかくれしのびず かかやかしからずいらへつつ ただ ありしながらは えなむみすぐすまじき あらためてのどかにおもひならばなむ あひみるべきなどいひしを
113 さりともえおもひはなれじとおもひたまへしかば しばしこらさむのこころにて しかあらためむともいはず いたくつなびきてみせしあひだに いといたくおもひなげきて はかなくなりはべりにしかば たはぶれにくくなむおぼエはべりし
114 ひとへにうち-たのみたらむかたは さばかりにてありぬべくなむおもひたまへいでらるる はかなきあだごとをもまことのだいじをも いひあはせたるにかひなからず たつたひめといはむにもつきなからず たなばたのてにもおとるまじくそのかたもぐして うるさくなむはべりし そのかたもぐして うるさくなむはべりし とて いとあはれとおもひいでたり
115 ちゆうじやう そのたなばたのたちぬふかたをのどめて ながきちぎりにぞあエまし げに そのたつたひめのにしきには またしくものあらじ はかなきはなもみぢといふも をりふしのいろあひつきなく はかばかしからぬは つゆのはエなくきエぬるわざなり
116 さあるにより かたきよとはさだめかねたるぞや といひはやしたまふ
117 さて またおなじころ まかりかよひしところは ひともたち-まさり こころばせまことにゆゑありとみエぬべく うち-よみ はしり-かき かい-ひくつまおと てつきくちつき みなたどたどしからずみききわたりはべりき
118 みるめもこともなくはべりしかば このさがなものをうち-とけたるかたにて ときどきかくろへみはべりしほどは こよなくこころとまりはべりき
119 このひとうせてのち いかがはせむ あはれながらもすぎぬるはかひなくて しばしばまかりなるるには すこしまばゆく えんにこのましきことはめにつかぬところあるに うち-たのむべくはみエず かれがれにのみみせはべるほどに しのびてこころかはせるひとぞありけらし
120 かむなづきのころほひ つきおもしろかりしよ うちよりまかではべるに あるうへびときあひてこのくるまにあひ-のりてはべれば だいなごんのいへにまかりとまらむとするに このひといふやう こよひひとまつらむやどなむ あやしくこころぐるしきとて このをむなのいへはた よきぬみちなりければ あれたるくづれよりいけのみづかげみエて つきだにやどるすみかをすぎむもさすがにて おりはべりぬかし
121 もとよりさるこころをかはせるにやありけむ このをとこいたくすずろきて かどちかきらうのすのこ-だつものにしりかけて とばかりつきをみる
122 きくいとおもしろくうつろひわたり かぜにきほへるもみぢのみだれなど あはれと げにみエたり
123 ふところなりけるふえとりいでてふきならし かげもよしなどつづしりうたふほどに よくなるわごんを しらべととのへたりける うるはしくかき-あはせたりしほど けしうはあらずかし
124 りちのしらべは をむなのもの-やはらかにかき-ならして すのうちよりきこエたるも いまめきたるもののこゑなれば きよくすめるつきにをりつきなからず
125 をとこいたくめでて すのもとにあゆみきて にはのもみぢこそ ふみ-わけたるあともなけれなどねたます
126 きくををりて ことのねもつきもえならぬやどながら つれなきひとをひきやとめける わろかめりなどいひて いまひとこゑ きき-はやすべきひとのあるとき てなのこいたまひそなど いたくあざれ-かかれば
127 をむないたうこゑつくろひて こがらしにふきあはすめるふえのねを ひきとどむべきことのはぞなき となまめきかはすに にくくなるをもしらで また さうのことをばんしき-でうにしらべて いまめかしくかい-ひきたるつまおと かどなきにはあらねど まばゆきここちなむしはべりし
128 ただときどきうち-かたらふみやづかへ-びとなどのあくまでさればみすきたるは さてもみるかぎりはをかしくもありぬべし ときどきにても さるところにてわすれぬよすがとおもひたまへむには たのもしげなくさし-すぐいたりとこころおかれて そのよのことにことつけてこそ まかりたエにしか
129 このふたつのことをおもうたまへあはするに わかきときのこころにだに なほさやうにもて-いでたることは いとあやしくたのもしげなくおぼエはべりき
130 いまよりのちは ましてさのみなむおもひたまへらるべき
131 みこころのままに をらばおちぬべきはぎのつゆ ひろはばきエなむとみるたまざさのうへのあられなどの えんにあエかなるすきずきしさのみこそ をかしくおぼさるらめ いまさりとも ななとせあまりがほどにおぼし-しりはべなむ
132 なにがしがいやしきいさめにて すきたわめらむをむなにこころおかせたまへ
133 あやまちして みむひとのかたくななるなをもたてつべきものなり といましむ
134 ちゆうじやう れいのうなづく きみすこしかた-ゑみて さることとはおぼすべかめり いづかたにつけても ひとわろくはしたなかりけるみものがたりかな とて うち-わらひおはさうず
135 ちゆうじやう なにがしはしれもののものがたりせむとて
136 いとしのびてみそめたりしひとの さてもみつべかりしけはひなりしかば ながらふべきものとしもおもひたまへざりしかど なれゆくままにあはれとおぼエしかば たエだエわすれぬものにおもひたまへしを
137 さばかりになれば うち-たのめるけしきもみエき たのむにつけては うらめしとおもふこともあらむと こころながらおぼゆるをりをりもはべりしを みしらぬやうにて ひさしきとだエをも かうたまさかなるひとともおもひたらず ただあさゆふにもて-つけたらむありさまにみエて こころぐるしかりしかば たのめわたることなどもありきかし
138 おやもなくいとこころぼそげにて さらばこのひとこそはと ことにふれておもへるさまもらうたげなりき
139 かうのどけきにおだしくて ひさしくまからざりしころ このみたまふるわたりより なさけなくうたてあることをなむ さるたよりありてかすめいはせたりける のちにこそききはべりしか
140 さるうきことやあらむともしらず こころにはわすれずながら せうそこなどもせでひさしくはべりしに むげにおもひしをれてこころぼそかりければ をさなきものなどもありしにおもひわづらひて なでしこのはなををりておこせたりし とてなみだぐみたり
141 さて そのふみのことばは ととひたまへば いさや ことなることもなかりきや
142 やまがつのかきほあるともをりをりに あはれはかけよなでしこのつゆ
143 おもひいでしままにまかりたりしかば れいのうらもなきものから いともの-おもひがほにて あれたるいへのつゆしげきをながめて むしのねにきほへるけしき むかしものがたりめきておぼエはべりし
144 さきまじるいろはいづれとわかねども なほとこなつにしくものぞなき
145 やまとなでしこをばさし-おきて まづちりをだになど おやのこころをとる
146 うち-はらふそでもつゆけきとこなつに あらしふきそふあきもきにけり とはかなげにいひ-なして まめまめしくうらみたるさまもみエず なみだをもらしおとしても いとはづかしくつつましげにまぎらはしかくして つらきをもおもひしりけりとみエむは わりなくくるしきものとおもひたりしかば こころやすくて またとだエおきはべりしほどに あともなくこそかき-けちてうせにしか
147 まだよにあらば はかなきよにぞさすらふらむ
148 あはれとおもひしほどに わづらはしげにおもひまとはすけしきみエましかば かくもあくがらさざらまし こよなきとだエおかず さるものにしなしてながくみるやうもはべりなまし
149 かのなでしこのらうたくはべりしかば いかでたづねむとおもひたまふるを いまもえこそきき-つけはべらね
150 これこそのたまへるはかなきためしなめれ つれなくてつらしとおもひけるもしらで あはれたエざりしも やくなきかたおもひなりけり
151 いまやうやうわすれゆくきはに かれはたえしもおもひはなれず をりをりひとやりならぬむねこがるるゆふべもあらむとおぼエはべり
152 これなむ えたもつまじくたのもしげなきかたなりける
153 されば かのさがなものも おもひいであるかたにわすれがたけれど さしあたりてみむにはわづらはしく よくせずは あきたきこともありなむや ことのねすすめけむかどかどしさも すきたるつみおもかるべし
154 このこころもとなきも うたがひそふべければ いづれとつひにおもひさだめずなりぬるこそ
155 よのなかや ただかくこそ とりどりにくらべくるしかるべき
156 このさまざまのよきかぎりをとりぐし なんずべきくさはひまぜぬひとは いづこにかはあらむ
157 きちじやうてんによをおもひかけむとすれば ほふけづき くすしからむこそ また わびしかりぬべけれ とてみなわらひぬ
158 しきぶがところにぞ けしきあることはあらむ すこし-づつかたりまうせ とせめらる
159 しもがしものなかには なでふことか きこしめしどころはべらむ といへど とう-の-きみ まめやかにおそしとせめたまへば なにごとをとりまうさむとおもひめぐらすに
160 まだもんじやう-の-しやうにはべりしとき かしこきをむなのためしをなむみたまへし
161 かの むま-の-かみのまうしたまへるやうに おほやけごとをもいひあはせ わたくしざまのよにすまふべきこころおきてをおもひめぐらさむかたもいたりふかく ざえのきはなまなまのはかせはづかしく すべてくちあかすべくなむはべらざりし
162 それは あるはかせのもとにがくもんなどしはべるとて まかりかよひしほどに あるじのむすめ-どもおほかりとききたまへて はかなきついでにいひよりてはべりしを
163 おやききつけて さかづきもて-いでて わがふたつのみちうたふをきけとなむ きこエごちはべりしかど をさをさうちとけてもまからず かのおやのこころをはばかりて さすがにかかづらひはべりしほどに
164 いとあはれにおもひうしろみ ねざめのかたらひにも みのざえつき おほやけにつかうまつるべきみちみちしきことををしへて いときよげにせうそこぶみにもかんなといふものかきまぜず むべむべしくいひまはしはべるに おのづからえまかりたエで そのものをしとしてなむ わづかなるこしをれぶみつくることなどならひはべりしかば
165 いまにそのおんはわすれはべらねど なつかしきさいしとうち-たのまむには むざいのひと なまわろならむふるまひなどみエむに はづかしくなむみエはべりし
166 まいてきむだちのおほむ-ため はかばかしくしたたかなるおほむ-うしろみは なににかせさせたまはむ はかなし くちをし とかつみつつも ただわがこころにつき すくせのひくかたはべるめれば をのこしもなむ しさいなきものははべめる とまうせば
167 のこりをいはせむとて さてさてをかしかりけるをむなかな とすかいたまふを こころはえながら はなのわたりおこづきてかたり-なす
168 さて いとひさしくまからざりしに もののたよりにたちよりてはべれば つねのうちとけゐたるかたにははべらで こころやましきものごしにてなむあひてはべる
169 ふすぶるにやと をこがましくも また よきふしなりともおもひたまふるに このさかしびとはた かろがろしきもの-ゑんじすべきにもあらず よのだうりをおもひ-とりてうらみざりけり
170 こゑもはやりかにていふやう つきごろ ふびやうおもきにたへかねて ごくねちのさうやくをぶくして いとくさきによりなむ えたいめんたまはらぬ まのあたりならずとも さるべからむざうじ-らはうけたまはらむと いとあはれにむべむべしくいひはべり
171 いらへになにとかは ただ うけたまはりぬとて たちいではべるに さうざうしくやおぼエけむ このかうせなむときにたちよりたまへ とたかやかにいふを ききすぐさむもいとほし しばしやすらふべきに はたはべらねば げにそのにほひさへ はなやかにたちそへるもすべなくて にげめをつかひて
172 ささがにのふるまひしるきゆふぐれに ひるますぐせといふがあやなさ いかなることつけぞやと いひもはてずはしりいではべりぬるに おひて
173 あふことのよをしへだてぬなかならば ひるまもなにかまばゆからまし さすがにくちとくなどははべりきと しづしづとまうせば
174 きみたちあさましとおもひて そらごととてわらひたまふ
175 いづこのさるをむなかあるべき おイらかにおにとこそむかひゐたらめ むくつけきこと とつまはじきをして いはむかたなしと しきぶをあはめにくみて すこしよろしからむことをまうせ とせめたまへど
176 これよりめづらしきことはさぶらひなむやとて をり
177 すべてをとこもをむなもわろものは わづかにしれるかたのことをのこりなくみせつくさむとおもへるこそ いとほしけれ
178 さむしごきやう みちみちしきかたを あきらかにさとりあかさむこそ あいぎやうなからめ などかは をむなといはむからに よにあることのおほやけわたくしにつけて むげにしらずいたらずしもあらむ わざとならひまねばねど すこしもかどあらむひとの みみにもめにもとまること じねんにおほかるべし
179 さるままには まんなをはしりかきて さるまじき-どちのをむなぶみに なかばすぎてかきすすめたる あなうたて このひとのたをやかならましかばとみエたり
180 ここちにはさしもおもはざらめど おのづからこはごはしきこゑによみなされなどしつつ ことさらびたり じやうらふのなかにも おほかることぞかし
181 うたよむとおもへるひとの やがてうたにまつはれ をかしきふることをもはじめよりとりこみつつ すさまじきをりをり よみかけたるこそ ものものしきことなれ かへしせねばなさけなし えせざらむひとははしたなからむ
182 さるべきせちゑなど さつきのせちにいそぎまゐるあした なにのあやめもおもひしづめられぬに えならぬねをひきかけ さならでもおのづから げにのちにおもへばをかしくもあはれにもあべかりけることの そのをりにつきなく めにとまらぬなどを おしはからず よみいでたる なかなかこころおくれてみゆ
183 よろづのことに などかは さても とおぼゆるをりから ときどき おもひわかぬばかりのこころにては よしばみなさけだたざらむなむめやすかるべき
184 すべて こころにしれらむことをも しらずがほにもてなし いはまほしからむことをも ひとつふたつのふしはすぐすべくなむあべかりける といふにも きみは ひとひとりのおほむ-ありさまを こころのうちにおもひつづけたまふ
185 これはたらずまたさし-すぎたることなくものしたまひけるかな とありがたきにも いとどむねふたがる
186 いづかたによりはつともなく はてはてはあやしきこと-どもになりて あかしたまひつ
187 からうしてけふはひのけしきもなほれり
188 からうしてけふはひのけしきもなほれり
189 おほかたのけしき ひとのけはひも けざやかにけだかく みだれたるところまじらず なほ これこそは かの ひとびとのすてがたくとりいでしまめびとにはたのまれぬべけれ とおぼすものから あまりうるはしきおほむ-ありさまの とけがたくはづかしげにおもひしづまりたまへるを さうざうしくて ちうなごん-の-きみ なかつかさなどやうの おしなべたらぬわかうど-どもに たはぶれごとなどのたまひつつ あつさにみだれたまへるおほむ-ありさまを みるかひありとおもひきこエたり
190 おとどもわたりたまひて うちとけたまへれば みきちやうへだてておはしまして おほむ-ものがたりきこエたまふを あつきにとにがみたまへば ひとびとわらふ
191 あなかまとて けふそくによりおはす
192 いとやすらかなるおほむ-ふるまひなりや
193 くらくなるほどに こよひ なかがみ うちよりはふたがりてはべりけり ときこゆ
194 さかし れいはいみたまふかたなりけり
195 にでう-の-ゐんにもおなじすぢにて いづくにかたがへむ いとなやましきに とておほとのごもれり
196 いとあしきことなり とこれかれきこゆ
197 き-の-かみにてしたしくつかうまつるひとの なかがはのわたりなるいへなむ このころみづせきいれて すずしきかげにはべる ときこゆ
198 いとよかなり なやましきに うしながらひきいれつべからむところを とのたまふ
199 しのびしのびのおほむ-かたたがへ-どころは あまたありぬべけれど ひさしくほどへてわたりたまへるに かたふたげて ひき-たがへほかざまへとおぼさむは いとほしきなるべし
200 き-の-かみにおほせごとたまへば うけたまはりながら しりぞきて いよのかみ-の-あそむのいへにつつしむことはべりて にようばうなむまかりうつれるころにて せばきところにはべれば なめげなることやはべらむ と したになげくを
201 ききたまひて そのひとちかからむなむ うれしかるべき をむなとほきたびねは もの-おそろしきここちすべきを ただそのきちやうのうしろに とのたまへば
202 げに よろしきおまし-どころにもとて ひとはしらせやる
203 いとしのびて ことさらにことことしからぬところをと いそぎいでたまへば おとどにもきこエたまはず おほむ-ともにもむつましきかぎりしておはしましぬ
204 にはかにとわぶれど ひともききいれず
205 しんでんのひむがしおもてはらひあけさせて かりそめのおほむ-しつらひしたり
206 みづのこころばへなど さるかたにをかしくしなしたり
207 ゐなかいへ-だつしばがきして せんさいなどこころとめてうゑたり
208 かぜすずしくて そこはかとなきむしのこゑごゑきこエ ほたるしげくとびまがひて をかしきほどなり
209 ひとびと わたどのよりいでたるいづみにのぞきゐて さけのむ
210 あるじもさかなもとむと こゆるぎのいそぎありくほど きみはのどやかにながめたまひて かの なかのしなにとりいでていひし このなみならむかしとおぼしいづ
211 おもひあがれるけしきにききおきたまへるむすめなれば ゆかしくてみみとどめたまへるに このにしおもてにぞひとのけはひする
212 きぬのおとなひはらはらとして わかきこゑ-どもにくからず さすがにしのびて わらひなどするけはひ ことさらびたり
213 かうしをあげたりけれど かみ こころなしとむつかりておろしつれば ひともしたるすきかげ さうじのかみよりもりたるに やをらよりたまひてみゆや とおぼせど ひまもなければ しばしききたまふに このちかきもやにつどひゐたるなるべし うち-ささめきいふこと-どもをききたまへば わがおほむ-うへなるべし
214 いといたうまめだちて まだきに やむごとなきよすがさだまりたまへるこそ さうざうしかめれ
215 されど さるべきくまには よくこそ かくれありきたまふなれ などいふにも
216 おぼすことのみこころにかかりたまへば まづむねつぶれて かやうのついでにも ひとのいひもらさむを ききつけたらむとき などおぼエたまふ
217 ことなることなければ ききさしたまひつ
218 しきぶきやう-の-みやのひめぎみにあさがほたてまつりたまひしうたなどを すこしほほゆがめてかたるもきこゆ
219 くつろぎ-がましく うたずんじ-がちにもあるかな なほみおとりはしなむかし とおぼす
220 かみいできて とうろかけそへ ひあかくかかげなどして おほむ-くだものばかりまゐれり
221 とばりちやうも いかにぞは さるかたのこころもとなくては めざましきあるじならむ とのたまへば
222 なによけむとも えうけたまはらず とかしこまりてさぶらふ
223 はしつかたのおましに かりなるやうにて おほとのごもれば ひとびともしづまりぬ
224 あるじのこども をかしげにてあり わらはなる てんじやうのほどにごらんじなれたるもあり いよ-の-すけのこもあり
225 あまたあるなかに いとけはひあてはかにて じふに さむばかりなるもあり
226 いづれかいづれ などとひたまふに
227 これは こ-えもん-の-かみのすゑのこにて いとかなしくしはべりけるを をさなきほどにおくれはべりて あねなるひとのよすがに かくてはべるなり
228 ざえなどもつきはべりぬべく けしうははべらぬを てんじやうなどもおもひたまへかけながら すがすがしうはえまじらひはべらざめる とまうす
229 あはれのことや このあねぎみや まうとののちのおや さなむはべるとまうすに
230 にげなきおやをも まうけたりけるかな うへにもきこしめしおきて みやづかへにいだしたてむともらしそうせし いかになりにけむと いつぞやのたまはせし よこそさだめなきものなれ といとおよすけのたまふ
231 ふいに かくてものしはべるなり よのなかといふもの さのみこそ いまもむかしも さだまりたることはべらね なかについても をむなのすくせはうかびたるなむ あはれにはべる などきこエさす
232 いよ-の-すけは かしづくや きみとおもふらむな
233 いかがは わたくしのしゆうとこそはおもひてはべるめるを すきずきしきことと なにがしよりはじめて うけひきはべらずなむ とまうす
234 さりとも まうと-たちのつきづきしくいまめきたらむに おろしたてむやは かのすけは いとよしありてけしきばめるをやなど ものがたりしたまひて
235 いづかたにぞ みな しもやにおろしはべりぬるを えやまかりおりあへざらむ ときこゆ
236 ゑひすすみて みなひとびとすのこにふしつつ しづまりぬ
237 きみはとけてもねられたまはず いたづらぶしとおぼさるるにおほむ-めさめて このきたのさうじのあなたにひとのけはひするを
238 こなたや かくいふひとのかくれたるかたならむ あはれやとみこころとどめて やをらおきてたちききたまへば
239 ありつるこのこゑにて ものけたまはる いづくにおはしますぞ とかれたるこゑのをかしきにていへば
240 ここにぞふしたる まらうとはねたまひぬるか いかにちかからむとおもひつるを されどけ-どほかりけりといふ
241 ねたりけるこゑのしどけなき いとよくにかよひたれば いもうととききたまひつ
242 ひさしにぞおほとのごもりぬる おとにききつるおほむ-ありさまをみたてまつりつる げにこそめでたかりけれ とみそかにいふ
243 ひるならましかば のぞきてみたてまつりてまし とねぶたげにいひて かほひきいれつるこゑす
244 ねたう こころとどめてもとひきけかし とあぢきなくおぼす
245 まろははしにねはべらむ あなくるし とてひかかげなどすべし
246 をむなぎみは ただこのさうじぐちすぢかひたるほどにぞふしたるべき
247 ちゆうじやう-の-きみはいづくにぞ ひとげとほきここちして もの-おそろしといふなれば なげしのしもにひとびとふしていらへすなり しもにゆにおりて ただいままゐらむとはべるといふ
248 みなしづまりたるけはひなれば かけがねをこころみにひきあけたまへれば あなたよりはささざりけり
249 きちやうをさうじぐちにはたてて ひはほの-くらきに みたまへばからびつ-だつものどもをおきたれば
250 なま-わづらはしけれど うへなるきぬおしやるまで もとめつるひととおもへり
251 ちゆうじやうめしつればなむ ひとしれぬおもひの しるしあるここちしてとのたまふを
252 ともかくもおもひわかれず ものにおそはるるここちして やとおびゆれど かほにきぬのさはりておとにもたてず
253 うちつけに ふかからぬこころのほどとみたまふらむ ことわりなれど としごろおもひわたるこころのうちも きこエしらせむとてなむ かかるをりをまちいでたるも さらにあさくはあらじとおもひなしたまへと
254 いとやはらかにのたまひて おにがみもあらだつまじきけはひなれば はしたなく ここに ひと とも えののしらず ここちはたわびしく あるまじきこととおもへばあさましく ひとたがへにこそはべるめれといふもいきのしたなり
255 きエまどへるけしき いとこころぐるしくらうたげなれば をかしとみたまひて
256 たがふべくもあらぬこころのしるべを おもはずにもおぼめいたまふかな
257 すきがましきさまには よにみエたてまつらじ おもふことすこしきこゆべきぞ とて
258 いとちひさやかなれば かき-いだきてさうじのもといでたまふにぞ もとめつるちゆうじやう-だつひときあひたる
259 ややとのたまふに あやしくてさぐりよりたるにぞ いみじくにほひみちて かほにもくゆりかかるここちするに おもひよりぬ
260 あさましう こはいかなることぞとおもひまどはるれど きこエむかたなし
261 なみなみのひとならばこそあららかにもひき-かなぐらめ それだにひとのあまたしらむはいかがあらむ
262 こころもさわぎてしたひきたれどどうもなくて おくなるおましにいりたまひぬ
263 さうじをひきたてて あかつきにおほむ-むかへにものせよとのたまへば
264 をむなは このひとのおもふらむことさへしぬばかりわりなきに ながるるまであせになりて いとなやましげなる
265 いとほしけれど れいの いづこよりとうでたまふことのはにかあらむ あはれしらるばかり なさけなさけしくのたまひつくすべかめれど
266 なほいとあさましきに うつつともおぼエずこそ かずならぬみながらも おぼしくたしけるみこころばへのほども いかがあさくはおもうたまへざらむ いとかやうなるきはは きはとこそはべなれとて
267 かくおしたちたまへるを ふかくなさけなくうしとおもひいりたるさまも げにいとほしく こころはづかしきけはひなれば
268 そのきはぎはをまだしらぬうひごとぞや なかなか おしなべたるつらにおもひなしたまへるなむうたてありける おのづからききたまふやうもあらむ あながちなるすきごころはさらにならはぬを さるべきにや げに かくあはめられたてまつるもことわりなるこころまどひを みづからもあやしきまでなむなど まめ-だちてよろづにのたまへど
269 いとたぐひなきおほむ-ありさまの いよいようちとけきこエむことわびしければ すくよかにこころづきなしとはみエたてまつるとも さるかたのいふかひ-なきにてすぐしてむと おもひて つれなくのみもてなしたり
270 ひとがらのたをやぎたるに つよきこころをしひてくはへたれば なよたけのここちして さすがにをるべくもあらず
271 まことにこころやましくて あながちなるみこころばへを いふかたなしとおもひてなくさまなど いとあはれなり
272 こころぐるしくはあれど みざらましかばくちをしからましとおぼす
273 なぐさめがたく うしとおもへれば などかくうとましきものにしもおぼすべき おぼエなきさまなるしもこそ ちぎりあるとはおもひたまはめ むげによをおもひしらぬやうにおぼほれたまふなむ いとつらきとうらみられて
274 いとかくうきみのほどのさだまらぬ ありしながらのみにて かかるみこころばへをみましかば あるまじきわがたのみにてみなほしたまふのちせをも おもひたまへなぐさめましを いとかうかりなるうきねのほどをおもひはべるに たぐひなくおもうたまへまどはるるなり
275 よし いまはみきとなかけそ とておもへるさま げにいとことわりなり
276 おろかならずちぎりなぐさめたまふことおほかるべし
277 とりもなきぬ ひとびとおきいでて いといぎたなかりけるよかな みくるまひきいでよなどいふなり
278 かみもいできて をむななどのおほむ-かたたがへこそ よぶかくいそがせたまふべきかはなどいふもあり
279 きみは またかやうのついであらむこともいとかたく さしはえてはいかでか おほむ-ふみなどもかよはむことのいとわりなきをおぼすに いとむねいたし
280 おくのちゆうじやうもいでて いとくるしがれば ゆるしたまひても またひきとどめたまひつつ いかでかきこゆべき よにしらぬみこころのつらさもあはれも あさからぬよのおもひいでは さまざまめづらかなるべきためしかなとて うち-なきたまふけしき いとなまめきたり
281 とりもしばしばなくに こころあわたたしくて つれなきをうらみもはてぬしののめに とりあへぬまでおどろかすらむ
282 をむな みのありさまをおもふに いとつきなくまばゆきここちして めでたきおほむ-もてなしもなにともおぼエず つねはいとすくすくしくこころづきなしと おもひあなづるいよのかたのおもひやられて ゆめにやみゆらむと そら-おそろしくつつまし
283 みのうさをなげくにあかであくるよは とりかさねてぞねもなかれける
284 こととあかくなれば さうじぐちまでおくりたまふ
285 うちもともひとさわがしければ ひきたてて わかれたまふほど こころぼそく へだつるせきとみエたり
286 おほむ-なほしなどきたまひて みなみのかうらんにしばしうち-ながめたまふ
287 にしおもてのかうしそそきあげて ひとびとのぞくべかめる
288 すのこのなかのほどにたてたるこさうじのかみよりほのかにみエたまへるおほむ-ありさまを みにしむばかりおもへるすきごころ-どもあめり
289 つきはありあけにて ひかりをさまれるものから かげけざやかにみエて なかなかをかしきあけぼのなり
290 なにごこころなきそらのけしきも ただみるひとから えんにもすごくもみゆるなりけり
291 ひとしれぬみこころには いとむねいたく ことづてやらむよすがだになきをと かへりみ-がちにていでたまひぬ
292 とのにかへりたまひても とみにもまどろまれたまはず
293 またあひみるべきかたなきを まして かのひとのおもふらむこころのうち いかならむと こころぐるしくおもひやりたまふ
294 すぐれたることはなけれど めやすくもてつけてもありつるなかのしなかな くまなくみあつめたるひとのいひしことは げに とおぼしあはせられけり
295 このほどは おほいどのにのみおはします
296 なほいとかき-たエて おもふらむことのいとほしくみこころにかかりて くるしくおぼしわびて き-の-かみをめしたり
297 かの ありしちうなごんのこは えさせてむや らうたげにみエしを みぢかくつかふひとにせむ うへにもわれたてまつらむとのたまへば
298 いとかしこきおほせごとにはべるなり あねなるひとにのたまひみむとまうすも むねつぶれておぼせど
299 そのあねぎみは あそむのおとうとやもたる
300 さもはべらず このふたとせばかりぞ かくてものしはべれど おやのおきてにたがへりとおもひなげきて こころゆかぬやうになむ ききたまふる
301 あはれのことや よろしくきこエしひとぞかし まことによしやとのたまへば
302 けしうははべらざるべし もて-はなれてうとうとしくはべれば よのたとひにて むつびはべらずとまうす
303 さて いつかむゆかありて このこゐてまゐれり
304 こまやかにをかしとはなけれど なまめきたるさまして あてびととみエたり
305 めしいれて いとなつかしくかたらひたまふ
306 わらはごこちに いとめでたくうれしとおもふ
307 いもうとのきみのこともくはしくとひたまふ
308 さるべきことはいらへきこエなどして はづかしげにしづまりたれば うち-いでにくし されどいとよくいひしらせたまふ
309 かかることこそはと ほの-こころうるも おもひのほかなれど をさなごこちにふかくしもたどらず
310 おほむ-ふみをもてきたれば をむなあさましきになみだもいできぬ
311 このこのおもふらむこともはしたなくて さすがに おほむ-ふみをおもがくしにひろげたり
312 いとおほくて みしゆめをあふよありやとなげくまに めさへあはでぞころもへにける ぬるよなければなど めもおよばぬおほむ-かきざまも きりふたがりて こころえぬすくせうち-そへりけるみをおもひつづけてふしたまへり
313 またのひ こぎみめしたれば まゐるとておほむ-かへりこふ
314 かかるおほむ-ふみみるべきひともなし ときこエよとのたまへば
315 うち-ゑみて たがふべくものたまはざりしものを いかがさはまうさむといふに こころやましく のこりなくのたまはせ しらせてけるとおもふに つらきことかぎりなし
316 いで およすけたることはいはぬぞよき さは なまゐりたまひそとむつかられて
317 めすには いかでかとて まゐりぬ
318 き-の-かみ すきごころにこのままははのありさまをあたらしきものにおもひて ついしようしありけば このこをもてかしづきて ゐてありく
319 きみ めしよせて きのふまちくらししを なほあひおもふまじきなめりとゑんじたまへば かほうち-あかめてゐたり
320 いづらとのたまふに しかしかとまうすに いふかひ-なのことや あさましとて またもたまへり
321 あこはしらじな そのいよのおきなよりは さきにみしひとぞ
322 されど たのもしげなくくびほそしとて ふつつかなるうしろみまうけて かくあなづりたまふなめり
323 さりとも あこはわがこにてをあれよ このたのもしびとは ゆくさきみじかかりなむとのたまへば
324 さもやありけむ いみじかりけることかなとおもへる をかしとおぼす
325 このこをまつはしたまひて うちにもゐてまゐりなどしたまふ
326 わがみくしげどのにのたまひて さうぞくなどもせさせ まことにおやめきてあつかひたまふ
327 おほむ-ふみはつねにあり されど このこもいとをさなし こころよりほかにちりもせば かろがろしきなさへとり-そへむ みのおぼエをいとつきなかるべくおもへば めでたきこともわがみからこそとおもひて うちとけたるおほむ-いらへもきこエず
328 ほのかなりしおほむ-けはひありさまは げに なべてにやはと おもひいできこエぬにはあらねど をかしきさまをみエたてまつりても なににかはなるべきなどおもひかへすなりけり
329 きみはおぼしおこたるときのまもなく こころぐるしくもこひしくもおぼしいづ
330 おもへりしけしきなどのいとほしさも はるけむかたなくおぼしわたる
331 かろがろしくはひ-まぎれたちよりたまはむも ひとめしげからむところに びんなきふるまひやあらはれむと ひとのためもいとほしく とおぼしわづらふ
332 れいの うちにひかずへたまふころ さるべきかたのいみまちいでたまふ
333 にはかにまかでたまふまねして みちのほどよりおはしましたり
334 き-の-かみおどろきて やりみづのめいぼくとかしこまりよろこぶ
335 こぎみには ひるより かくなむおもひよれる とのたまひちぎれり
336 あけくれまつはしならしたまひければ こよひもまづめしいでたり
337 をむなもさるおほむ-せうそこありけるに おぼしたばかりつらむほどは あさくしもおもひなされねど さりとてうちとけ ひとげなきありさまをみエたてまつりても あぢきなく ゆめのやうにてすぎにしなげきを またやくはへむとおもひみだれて なほさてまちつけきこエさせむことのまばゆければ こぎみがいでていぬるほどに
338 いとけ-ぢかければ かたはらいたし なやましければ しのびてうち-たたかせなどせむに ほどはなれてをとて わたどのに ちゆうじやうといひしがつぼねしたるかくれに うつろひぬ
339 さるこころして ひととくしづめて おほむ-せうそこあれど こぎみはたづねあはず
340 よろづのところもとめありきて わたどのにわけいりて からうしてたどりきたり
341 いとあさましくつらしとおもひて いかにかひなしとおぼさむと なきぬばかりいへば
342 かく けしからぬこころばへは つかふものか をさなきひとのかかることいひつたふるは いみじくいむなるものをといひおどして
343 ここちなやましければ ひとびとさけずおさへさせてなむときこエさせよ あやしとたれもたれもみるらむといひ-はなちて
344 こころのうちには いと かくしなさだまりぬるみのおぼエならで すぎにしおやのおほむ-けはひとまれるふるさとながら たまさかにもまちつけたてまつらば をかしうもやあらまし
345 しひておもひしらぬかほにみけつも いかにほどしらぬやうにおぼすらむと こころながらもむねいたく さすがにおもひみだる
346 とてもかくても いまはいふかひ-なきしゆくせなりければ むじんにこころづきなくてやみなむとおもひはてたり
347 きみは いかにたばかりなさむと まだをさなきをうしろめたくまちふしたまへるに ふようなるよしをきこゆれば あさましくめづらかなりけるこころのほどを みもいとはづかしくこそなりぬれと いといとほしきみけしきなり
348 とばかりものものたまはず いたくうめきて うしとおぼしたり
349 ははきぎのこころをしらでそのはらの みちにあやなくまどひぬるかな きこエむかたこそなけれとのたまへり
350 をむなもさすがにまどろまざりければ かずならぬふせやにおふるなのうさに あるにもあらずきゆるははきぎ ときこエたり
351 こぎみ いといとほしさにねぶたくもあらでまどひありくを ひとあやしとみるらむとわびたまふ
352 れいの ひとびとはいぎたなきに ひとところすずろにすさまじくおぼしつづけらるれど ひとににぬこころざまの なほきエずたちのぼれりけるとねたく かかるにつけてこそこころもとまれと かつはおぼしながら めざましくつらければ さばれとおぼせども さもおぼしはつまじく
353 かくれたらむところに なほゐていけとのたまへど
354 いとむつかしげにさし-こめられて ひとあまたはべるめれば かしこげにときこゆ いとほしとおもへり
355 よし あこだになすてそとのたまひて おほむ-かたはらにふせたまへり
356 わかくなつかしきおほむ-ありさまを うれしくめでたしとおもひたれば つれなきひとよりは なかなかあはれにおぼさるとぞ