きりつぼ(仮名)
イ:や行の「い」/エ:や行の「え」
001 いづれのおほむときにか にようごかういあまたさぶらひたまひけるなかに いとやむごとなききはにはあらぬが すぐれてときめきたまふ ありけり
002 はじめより われはとおもひあがりたまへるおほむかたがた めざましきものにおとしめそねみたまふ
003 おなじほど それよりげらふのかういたちは ましてやすからず
004 あさゆふのみやづかへにつけても ひとのこころをのみうごかし うらみをおふつもりにやありけむ いとあづしくなりゆき ものこころぼそげにさとがちなるを いよいよあかずあはれなるものにおもほして ひとのそしりをもえはばからせたまはず よのためしにもなりぬべきおほむもてなしなり
005 かむだちめうへびとなどもあいなくめをそばめつつ いとまばゆきひとのおほむおぼえなり もろこしにもかかることのおこりにこそよもみだれあしかりけれと やうやうあめのしたにもあぢきなうひとのもてなやみぐさになりて やうきひのためしもひきいでつべくなりゆくに いとはしたなきことおほかれど かたじけなきみこころばへのたぐひなきをたのみにて まじらひたまふ
006 ちちのだいなごんはなくなりて ははきたのかたなむいにしへのひとのよしあるにて おやうちぐしさしあたりてよのおぼえはなやかなるおほむかたがたにもいたうおとらず なにごとのぎしきをももてなしたまひけれど とりたててはかばかしきうしろみしなければ ことあるときはなほよりどころなくこころぼそげなり
007 さきのよにもおほむちぎりやふかかりけむ よになくきよらなるたまのをのこみこさへむまれたまひぬ
008 いつしかとこころもとながらせたまひて いそぎまゐらせてごらんずるに めづらかなるちごのおほむかたちなり
009 いちのみこはうだいじんのにようごのおほむはらにて よせおもくうたがひなきまうけのきみとよにもてかしづききこゆれど このおほむにほひにはならびたまふべくもあらざりければ おほかたのやむごとなきおほむおもひにて このきみをばわたくしものにおもほしかしづきたまふことかぎりなし
010 はじめより おしなべてのうへみやづかへしたまふべき きはにはあらざりき
011 おぼえいとやむごとなくじやうずめかしけれど わりなくまつはさせたまふあまりに さるべきおほむあそびのをりをりなにごとにもゆゑあることのふしぶしにはまづまうのぼらせたまふ あるときにはおほとのごもりすぐしてやがてさぶらはせたまひなど あながちにおまへさらずもてなさせたまひしほどに おのづからかろきかたにもみえしを
012 このみこうまれたまひてのちは いとこころことにおもほしおきてたれば ばうにもようせずはこのみこのゐたまふべきなめりと いちのみこのにようごはおぼしうたがへり
013 ひとよりさきにまゐりたまひて やむごとなきおほむおもひなべてならず みこたちなどもおはしませば このおほむかたのおほむいさめをのみぞ なほわづらはしうこころぐるしうおもひきこえさせたまひける
014 かしこきみかげをばたのみきこえながら おとしめきずをもとめたまふひとはおほく わがみはかよわく ものはかなきありさまにて なかなかなるものおもひをぞしたまふ
015 みつぼねはきりつぼなり
016 あまたのおほむかたがたをすぎさせたまひて ひまなきおまへわたりに ひとのみこころをつくしたまふも げにことわりとみえたり
017 まうのぼりたまふにも あまりうちしきるをりをりは うちはしわたどののここかしこのみちに あやしきわざをしつつ おほむおくりむかへのひとのきぬのすそ たへがたくまさなきこともあり
018 またあるときには えさらぬめだうのとをさしこめ こなたかなたこころをあはせて はしたなめわづらはせたまふときもおほかり
019 ことにふれてかずしらずくるしきことのみまされば いといたうおもひわびたるを いとどあはれとごらんじて こうらうでんにもとよりさぶらひたまふかういのざうしを ほかにうつさせたまひて うへつぼねにたまはす
020 そのうらみましてやらむかたなし
021 このみこみつになりたまふとし おほむはかまぎのこと いちのみやのたてまつりしにおとらず くらづかさをさめどののものをつくしていみじうせさせたまふ
022 それにつけてもよのそしりのみおほかれど このみこのおよすげもておはするおほむかたちこころばへ ありがたくめづらしきまでみえたまふを えそねみあへたまはず
023 もののこころしりたまふひとは かかるひともよにいでおはするものなりけりと あさましきまでめをおどろかしたまふ
024 そのとしのなつ みやすむどころはかなきここちにわづらひたまひて まかでなむとしたまふを いとまさらにゆるさせたまはず
025 としごろつねのあづしさになりたまへれば おほむめなれてなほしばしこころみよとのみのたまはするに ひびにおもりたまひて ただいつかむゆかのほどにいとよわうなれば ははぎみなくなくそうしてまかでさせたてまつりたまふ
026 かかるをりにも あるまじきはぢもこそとこころづかひして みこをばとどめたてまつりて しのびてぞいでたまふ
027 かぎりあれば さのみもえとどめさせたまはず ごらんじだにおくらぬおぼつかなさを いふかたなくおもほさる
028 いとにほひやかにうつくしげなるひとの いたうおもやせて いとあはれとものをおもひしみながら ことにいでてもきこえやらず あるかなきかにきえいりつつものしたまふを ごらんずるに きしかたゆくすゑおぼしめされず よろづのことをなくなくちぎりのたまはすれど おほむいらへもえきこえたまはず まみなどもいとたゆげにて いとどなよなよとわれかのけしきにてふしたれば いかさまにとおぼしめしまどはる
029 てぐるまのせんじなどのたまはせても またいらせたまひて さらにえゆるさせたまはず
030 かぎりあらむみちにもおくれさきだたじと ちぎらせたまひけるを さりともうちすててはえゆきやらじ とのたまはするを をむなもいといみじとみたてまつりて
031 かぎりとて わかるるみちのかなしきに いかまほしきはいのちなりけり
いとかくおもひたまへましかばと
032 いきもたえつつ きこえまほしげなることはありげなれど いとくるしげにたゆげなれば かくながらともかくもならむを ごらんじはてむとおぼしめすに けふはじむべきいのりども さるべきひとびとうけたまはれる こよひよりと きこえいそがせば わりなくおもほしながら まかでさせたまふ
033 おほむむねつとふたがりて つゆまどろまれず あかしかねさせたまふ
034 おほむつかひのゆきかふほどもなきに なほいぶせさをかぎりなくのたまはせつるを よなかうちすぐるほどになむたえはてたまひぬる とてなきさわげば おほむつかひもいとあへなくてかへりまゐりぬ
035 きこしめすみこころまどひ なにごともおぼしめしわかれず こもりおはします
036 みこはかくてもいとごらんぜまほしけれど かかるほどにさぶらひたまふ れいなきことなれば まかでたまひなむとす
037 なにごとかあらむともおぼしたらず さぶらふひとびとのなきまどひ うへもおほむなみだのひまなくながれおはしますを あやしとみたてまつりたまへるを よろしきことにだにかかるわかれのかなしからぬはなきわざなるを ましてあはれにいふかひなし
038 かぎりあれば れいのさほふにをさめたてまつるを ははきたのかた おなじけぶりにのぼりなむとなきこがれたまひて おほむおくりのにようばうのくるまにしたひのりたまひて おたぎといふところに いといかめしうそのさほふしたるに おはしつきたるここち いかばかりかはありけむ
039 むなしきおほむからをみるみる なほおはするものとおもふがいとかひなければ はひになりたまはむをみたてまつりて いまはなきひととひたぶるにおもひなりなむと さかしうのたまひつれど くるまよりもおちぬべうまろびたまへば さはおもひつかしと ひとびともてわづらひきこゆ
040 うちよりおほむつかひあり みつのくらゐおくりたまふよし ちよくしきてそのせんみやうよむなむ かなしきことなりける
041 にようごとだにいはせずなりぬるが あかずくちをしうおぼさるれば いまひときざみのくらゐをだにと おくらせたまふなりけり
042 これにつけても にくみたまふひとびとおほかり
043 ものおもひしりたまふは さまかたちなどのめでたかりしこと こころばせのなだらかにめやすくにくみがたかりしことなど いまぞおぼしいづる さまあしきおほむもてなしゆゑこそ すげなうそねみたまひしか
044 ひとがらのあはれに なさけありしみこころを うへのにようばうなどもこひしのびあへり
045 なくてぞとは かかるをりにや とみえたり
046 はかなくひごろすぎて のちのわざなどにもこまかにとぶらはせたまふ
047 ほどふるままに せむかたなうかなしうおぼさるるに おほむかたがたのおほむとのゐなどもたえてしたまはず ただなみだにひちてあかしくらさせたまへば みたてまつるひとさへつゆけきあきなり
048 なきあとまで ひとのむねあくまじかりけるひとの おほむおぼえかなとぞ こうきでんなどには なほゆるしなうのたまひける
049 いちのみやをみたてまつらせたまふにも わかみやのおほむこひしさのみおもほしいでつつ したしきにようばうおほむめのとなどをつかはしつつ ありさまをきこしめす
050 のわきだちてにはかにはださむきゆふぐれのほど つねよりもおぼしいづることおほくて ゆげひのみやうぶといふをつかはす
051 ゆふづくよのをかしきほどに いだしたてさせたまひて やがてながめおはします
052 かうやうのをりは おほむあそびなどせさせたまひしに こころことなるもののねをかきならし はかなくきこえいづることのはも ひとよりはことなりしけはひかたちのおもかげにつとそひておぼさるるにも やみのうつつにはなほおとりけり
053 みやうぶかしこにまでつきて かどひきいるるより けはひあはれなり
054 やもめずみなれど ひとひとりのおほむかしづきに とかくつくろひたてて めやすきほどにて すぐしたまひつる やみにくれてふししづみたまへるほどに くさもたかくなり のわきにいとどあれたるここちして つきかげばかりぞ やへむぐらにもさはらずさしいりたる
055 みなみおもてにおろして ははぎみもとみにえものものたまはず
056 いままでとまりはべるがいとうきを かかるおほむつかひのよもぎふのつゆわけいりたまふにつけても いとはづかしうなむとて げにえたふまじくないたまふ
057 まゐりては いとどこころぐるしう こころぎももつくるやうになむと ないしのすけのそうしたまひしを ものおもうたまへしらぬここちにも げにこそいとしのびがたうはべりけれとて ややためらひて おほせごとつたへきこゆ
058 しばしはゆめかとのみたどられしを やうやうおもひしづまるにしも さむべきかたなくたへがたきは いかにすべきわざにかとも とひあはすべきひとだになきを しのびてはまゐりたまひなむや
059 わかみやのいとおぼつかなく つゆけきなかにすぐしたまふも こころぐるしうおぼさるるを とくまゐりたまえなど はかばかしうものたまはせやらず むせかへらせたまひつつ かつはひともこころよわくみたてまつるらむと おぼしつつまぬにしもあらぬみけしきのこころぐるしさに うけたまはりはてぬやうにてなむ まかではべりぬるとて おほむふみたてまつる
060 めもみえはべらぬに かくかしこきおほせごとをひかりにてなむとて みたまふ
061 ほどへばすこしうちまぎるることもやと まちすぐすつきひにそへていとしのびがたきは わりなきわざになむ いはけなきひとをいかにとおもひやりつつ もろともにはぐくまぬおぼつかなさを いまはなほむかしのかたみになずらへてものしたまへなど こまやかにかかせたまへり
062 みやぎののつゆふきむすぶかぜのおとに こはぎがもとをおもひこそやれ
とあれど えみたまひはてず
063 いのちながさのいとつらうおもひたまへしらるるに まつのおもはむことだにはづかしうおもうたまへはべれば ももしきにゆきかひはべらむことはましていとはばかりおほくなむ かしこきおほせごとをたびたびうけたまはりながら みづからはえなむおもひたまへたつまじき
064 わかみやはいかにおもほししるにか まゐりたまはむことをのみなむおぼしいそぐめれば ことわりにかなしうみたてまつりはべるなど うちうちにおもうたまふるさまをそうしたまへ ゆゆしきみにはべれば かくておはしますもいまいましうかたじけなくなむ とのたまふ
065 みやはおほとのごもりにけり
066 みたてまつりて くはしうみありさまもそうしはべらまほしきを まちおはしますらむに よふけはべりぬべし とていそぐ
067 くれまどふこころのやみもたへがたき かたはしをだにはるくばかりに きこえまほしうはべるを わたくしにもこころのどかにまかでたまへ
068 としごろうれしくおもだたしきついでにてたちよりたまひしものを かかるおほむせうそこにてみたてまつる かへすがへすつれなきいのちにもはべるかな
069 うまれしときよりおもふこころありしひとにて こだいなごんいまはとなるまで ただこのひとのみやづかへのほい かならずとげさせたてまつれ われなくなりぬとてくちをしうおもひくづほるなと かへすがへすいさめおかれはべりしかば
070 はかばかしううしろみおもふひともなきまじらひは なかなかなるべきこととおもひたまへながら ただかのゆいごんをたがへじ とばかりにいだしたてはべりしを みにあまるまでのみこころざしのよろづにかたじけなきに ひとげなきはぢをかくしつつまじらひたまふめりつるを ひとのそねみふかくつもり やすからぬことおほくなりそひはべりつるに よこさまなるやうにてつひにかくなりはべりぬれば かへりてはつらくなむかしこきみこころざしをおもひたまへられはべる
071 これもわりなきこころのやみになむと いひもやらずむせかへりたまふほどに よもふけぬ
072 うへもしかなむ
073 わがみこころながら あながちにひとめおどろくばかりおぼされしも ながかるまじきなりけりと いまはつらかりけるひとのちぎりになむ よにいささかもひとのこころをまげたることはあらじとおもふを ただこのひとのゆゑにて あまたさるまじきひとのうらみをおひしはてはては かううちすてられて こころをさめむかたなきに いとどひとわろうかたくなになりはつるも さきのよゆかしうなむと うちかへしつつ おほむしほたれがちにのみおはしますと かたりてつきせず
074 なくなく よいたうふけぬれば こよひすぐさずおほむかへりそうせむと いそぎまゐる
075 つきはいりがたの そらきようすみわたれるに かぜいとすずしくなりて くさむらのむしのこゑごゑもよほしがほなるも いとたちはなれにくきくさのもとなり
076 すずむしのこゑのかぎりをつくしても ながきよあかずふるなみだかな えものりやらず
077 いとどしくむしのねしげきあさぢふに つゆおきそふる くものうへびと かごともきこえつべくなむ といはせたまふ
078 をかしきおほむおくりものなどあるべきをりにもあらねば ただかのおほむかたみにとて かかるようもやとのこしたまへりけるおほむさうぞくひとくだり みぐしあげのてうどめくもの そへたまふ
079 わかきひとびと かなしきことはさらにもいはず うちわたりをあさゆふにならひていとさうざうしく うへのおほむありさまなどおもひいできこゆれば とくまゐりたまはむことをそそのかしきこゆれど
080 かくいまいましきみのそひたてまつらむも いとひとぎきうかるべし また みたてまつらでしばしもあらむは いとうしろめたうおもひきこえたまひて すがすがともえまゐらせたてまつりたまはぬなりけり
081 みやうぶは まだおほとのごもらせたまはざりけると あはれにみたてまつる
082 お-まへのつぼせんざいのいとおもしろきさかりなるをごらんずるやうにて しのびやかに こころにくきかぎりのにようばうしご-にんさぶらはせたまひて おほむ-ものがたりせさせたまふなりけり
083 このごろあけくれごらんずるちやうごんかのおほむ-ゑ ていじ-の-ゐんのかかせたまひて いせつらゆきによませたまへる やまと-ことのはをも もろこしのうたをも ただそのすぢをぞまくらごとにせさせたまふ
084 いとこまやかにありさまとはせたまふ あはれなりつることしのびやかにそうす
085 おほむ-かへりごらんずれば いともかしこきはおきどころもはべらず かかるおほせごとにつけても かき-くらすみだりごこち になむ
086 あらきかぜふせぎしかげのかれしより こはぎがうへぞしづごころなき などやうにみだりがはしきを こころをさめざりけるほどとごらんじゆるすべし
087 いとかうしもみエじとおぼししづむれど さらにえしのびあへさせたまはず ごらんじはじめしとしつきのことさへかきあつめ よろづにおぼしつづけられて ときのまもおぼつかなかりしを かくてもつきひはへにけり とあさましうおぼしめさる
088 こ-だいなごんのゆいごんあやまたず みやづかへのほいふかくものしたりしよろこびは かひあるさまにとこそおもひわたりつれ いふかひ-なしやとうち-のたまはせて いとあはれにおぼし-やる
089 かくてもおのづから わかみやなどおひ-いでたまはば さるべきついでもありなむ いのちながくとこそおもひ-ねんぜめなど のたまはす
090 かのおくりものごらんぜさす なきひとのすみかたづね-いでたりけむ しるしのかむざしならましかば とおもほすもいとかひなし
091 たづねゆくまぼろしもがな つてにてもたまのありかをそことしるべく
092 ゑにかけるやうきひのかたちは いみじきゑしといへども ふでかぎりありければ いとにほひすくなし
093 たいえき-の-ふようびやう-の-やなぎも げにかよひたりしかたちを からめいたるよそひはうるはしうこそありけめ なつかしうらうたげなりしをおぼし-いづるに はなとりのいろにもねにも よそふべきかたぞなき
094 あさゆふのこと-ぐさに はねをならべ えだをかはさむ とちぎらせたまひしに かなはざりけるいのちのほどぞ つきせずうらめしき
095 かぜのおとむしのねにつけて もののみかなしうおぼさるるに こうきでんにはひさしくうへ-の-み-つぼねにもまうのぼりたまはず つきのおもしろきによふくるまで あそびをぞしたまふなる
096 いとすさまじうものしときこしめす このごろのみ-けしきをみたてまつるうへびとにようばうなどは かたはらいたしとききけり
097 いとおしたちかどかどしきところものしたまふおほむ-かたにて ことにもあらずおぼし-けちて もてなしたまふなるべし
098 つきもいりぬ くものうへもなみだにくるるあきのつき いかですむらむ あさぢふのやど
099 おぼしめし-やりつつ ともしびをかかげ-つくしておきおはします
100 うこん-の-つかさのとのゐまうしのこゑ きこゆるはうしになりぬるなるべし
101 ひとめをおぼして よるのおとどにいらせたまひても まどろませたまふことかたし
102 あしたにおきさせたまふとても あくるもしらでとおぼし-いづるにも なほあさまつりごとはおこたらせたまひぬべかめり
103 ものなどもきこしめさず あさがれひのけしきばかりふれさせたまひて だいしやうじのお-ものなどはいとはるかにおぼしめしたれば はいぜんにさぶらふかぎりは こころぐるしきみ-けしきをみたてまつりなげく
104 すべてちかうさぶらふかぎりは をとこをむな いとわりなきわざかな といひあはせつつなげく
105 さるべきちぎりこそはおはしましけめ そこらのひとのそしりうらみをもはばからせたまはず このおほむ-ことにふれたることをばだうりをもうしなはせたまひ いまはたかくよのなかのことをもおもほし-すてたるやうになり-ゆくは いとたいだいしきわざなりと ひと-の-みかどのためしまでひき-いで ささめきなげきけり
106 つきひへて わかみやまゐりたまひぬ
107 いとどこのよのものならずきよらにおよすげたまへれば いとゆゆしうおぼしたり
108 あくる-としのはる ばうさだまりたまふにも いとひきこさまほしうおぼせど おほむ-うしろみすべきひともなく またよのうけひくまじきことなりければ なかなかあやふくおぼし-はばかりて いろにもいださせたまはずなりぬるを さばかりおぼしたれど かぎりこそありけれと よひともきこエにようごもみ-こころおち-ゐたまひぬ
109 かのおほむ-おばきたのかた なぐさむかたなくおぼし-しづみて おはすらむところにだにたづねゆかむとねがひたまひししるしにや つひにうせたまひぬれば またこれをかなしび-おぼすこと かぎりなし
110 みこ む-つになりたまふとしなれば このたびはおぼし-しりてこひ-なきたまふ
111 とし-ごろなれ-むつびきこエたまひつるを みたてまつりおくかなしびをなむ かへすがへすのたまひける
112 いまは うちにのみ さぶらひたまふ
113 なな-つになりたまへば ふみはじめなどせさせたまひて よにしらずさとうかしこくおはすれば あまりおそろしきまでごらんず
114 いまはたれもたれもえにくみたまはじ ははぎみなくてだにらうたうしたまへ とてこうきでんなどにもわたらせたまふおほむ-ともには やがてみ-すのうちにいれたてまつりたまふ
115 いみじきもののふあたかたきなりとも みてはうち-ゑまれぬべきさまのしたまへれば えさし-はなちたまはず
116 をむな-みこ-たちふた-ところ このおほむ-はらにおはしませど なずらひたまふべきだにぞなかりける
117 おほむ-かたがたもかくれたまはず いまよりなまめかしうはづかしげにおはすれば いとをかしううちとけぬあそびぐさに たれもたれもおもひきこエたまへり
118 わざとのご-がくもんはさるものにて ことふえのねにもくもゐをひびかし すべていひ-つづけばことごとしううたてぞなりぬべきひとの おほむ-さまなりける
119 そのころ こまうどのまゐれるなかに かしこきさうにんありけるをきこしめして みやのうちにめさむことは うだ-の-みかどのおほむ-いましめあれば いみじうしのびて このみこをこうろくわんにつかはしたり
120 おほむ-うしろみだちてつかうまつる うだいべんのこのやうにおもはせて ゐてたてまつるに さうにんおどろきて あまたたびかたぶきあやしぶ
121 くにのおやとなりて ていわうのかみなきくらゐにのぼるべきさうおはしますひとの そなたにてみれば みだれうれふることやあらむ おほやけのかためとなりて あめのしたをたすくるかたにてみれば またそのさうたがふべし といふ
122 べんもいとざえかしこきはかせにて いひ-かはしたること-どもなむ いときようありける
123 ふみなどつくりかはして けふあすかへり-さりなむとするに かくありがたきひとにたいめんしたるよろこび かへりてはかなしかるべきこころばへを おもしろくつくりたるに みこもいとあはれなるくをつくりたまへるを かぎりなうめでたてまつりて いみじきおくりもの-どもをささげたてまつる
124 おほやけよりもおほくのものたまはす おのづからことひろごりて もらさせたまはねど とうぐうのおほぢおとどなど いかなることにかと おぼし-うたがひてなむありける
125 みかどかしこきみ-こころに やまとさうをおほせて おぼしよりにけるすぢなれば いままでこのきみをみこにもなさせたまはざりけるを さうにんはまことにかしこかりけりとおぼして む-ほん-の-しんわうの げしやくのよせなきにてはただよはさじ わがみ-よもいとさだめなきを ただうどにておほやけのおほむ-うしろみをするなむ ゆくさきもたのもしげなめること とおぼし-さだめて いよいよみちみちのざえをならはさせたまふ
126 きはことにかしこくて ただうどにはいとあたらしけれど みことなりたまひなば よのうたがひおひたまひぬべくものしたまへば すくエうのかしこきみちのひとにかむがへさせたまふにも おなじさまにまうせば げんじになしたてまつるべく おぼし-おきてたり
127 としつきにそへて みやすむどころのおほむ-ことを おぼし-わするるをりなし
128 なぐさむやとさるべきひとびとまゐらせたまへど なずらひにおぼさるるだにいとかたきよかなと うとましうのみよろづにおぼし-なりぬるに せんだいのし-の-みやの おほむ-かたちすぐれたまへる きこエたかくおはします はは-ぎさきよになくかしづききこエたまふを うへにさぶらふないし-の-すけは せんだいのおほむ-ときのひとにて かのみやにもしたしうまゐりなれたりければ いはけなくおはしまししときよりみたてまつり いまもほの-みたてまつりて うせたまひにしみやすむどころのおほむ-かたちににたまへるひとを さむ-だいのみやづかへにつたはりぬるに えみたてまつりつけぬを きさい-の-みやのひめみやこそいとようおぼエて おひ-いでさせたまへりけれ ありがたきおほむ-かたちびとになむ とそうしけるに まことにやと み-こころとまりて ねむごろにきこエさせたまひけり
129 はは-ぎさき あなおそろしや とうぐう-の-にようごのいとさがなくて きりつぼ-の-かういのあらはにはかなくもてなされにしためしもゆゆしうとおぼし-つつみて すがすがしうもおぼし-たたざりけるほどに きさきもうせたまひぬ
130 こころ-ぼそきさまにておはしますに ただわがをむなみこ-たちのおなじつらにおもひきこエむ といとねむごろにきこエさせたまふ
131 さぶらふひとびと おほむ-うしろみ-たち おほむ-せうとのひやうぶきやう-の-みこなど かくこころぼそくておはしまさむよりは うちずみせさせたまひて み-こころもなぐさむべくなどおぼし-なりて まゐらせたてまつりたまへり
132 ふぢつぼときこゆ
133 げに おほむ-かたちありさま あやしきまでぞおぼエたまへる
134 これは ひとのおほむ-きはまさりて おもひなしめでたく ひともえおとしめきこエたまはねば うけばりてあかぬことなし かれは ひとのゆるしきこエざりしに み-こころざしあやにくなりしぞかし
135 おぼし-まぎるとはなけれど おのづからみ-こころうつろひて こよなうおぼし-なぐさむやうなるも あはれなるわざなりけり
136 げんじ-の-きみはおほむ-あたりさりたまはぬを ましてしげくわたらせたまふおほむ-かたはえはぢ-あへたまはず いづれのおほむ-かたも われひとにおとらむとおぼいたるやはある とりどりにいとめでたけれど うち-おとなびたまへるに いとわかううつくしげにて せちにかくれたまへど おのづからもりみたてまつる
137 はは-みやすむどころもかげだにおぼエたまはぬを いとようにたまへりとないし-の-すけのきこエけるを わかきみ-ここちにいとあはれとおもひきこエたまひて つねにまゐらまほしく なづさひみたててまつらばやとおぼエたまふ
138 うへもかぎりなきおほむ-おもひどちにて なうとみたまひそ あやしくよそへきこエつべきここちなむする なめしとおぼさでらうたくしたまへ つらつきまみなどはいとようにたりしゆゑ かよひてみエたまふもにげなからずなむ などきこエつけたまへれば をさなごこちにも はかなきはなもみぢにつけても こころざしをみエたてまつる
139 こよなうこころ-よせきこエたまへれば こうきでん-の-にようご またこのみやともおほむ-なかそばそばしきゆゑ うち-そへて もとよりのにくさもたち-いでて ものしとおぼしたり
140 よにたぐひなしとみたてまつりたまひ なだかうおはするみやのおほむ-かたちにも なほにほはしさはたとへむかたなくうつくしげなるを よのひと ひかる-きみときこゆ ふぢつぼならびたまひて おほむ-おぼエもとりどりなれば かかやく-ひのみやときこゆ
141 このきみのおほむ-わらはすがた いとかへ-ま-うくおぼせど じふ-ににておほん-げんぷくしたまふ
142 ゐ-たちおぼし-いとなみて かぎりあることにことをそへさせたまふ
143 ひととせのとうぐうのおほん-げんぷく なでんにてありしぎしき よそほしかりしおほむ-ひびきに おとさせたまはず
144 ところどころのきやうなど くらづかさこくさうゐんなど おほやけごとにつかうまつれる おろそかなることもぞと とりわきおほせごとありて きよらをつくしてつかうまつれり
145 おはします-でんのひむがしのひさし ひむがし-むきにいしたてて くわんざのご-ざ ひきいれ-の-おとどのご-ざ お-まへにあり
146 さるのときにて げんじまゐりたまふ
147 みづらゆひたまへるつらつきかほのにほひさま かへたまはむこと をしげなり
148 おほくらきやう くらびとつかうまつる
149 いときよらなるみ-ぐしをそぐほど こころぐるしげなるを うへは みやすむどころのみましかば とおぼし-いづるに たへがたきを こころ-づよくねんじ-かへさせたまふ
150 かうぶりしたまひて おほむ-やすみどころにまかでたまひて おほむ-ぞたてまつり-かへて おりてはいしたてまつりたまふさまに みなひとなみだおとしたまふ
151 みかどはた ましてえしのび-あへたまはず おぼし-まぎるるをりもありつるむかしのこと とりかへしかなしくおぼさる
152 いとかうきびはなるほどはあげおとりや とうたがはしくおぼされつるを あさましううつくしげさそひたまへり
153 ひきいれ-の-おとどのみこ-ばらに ただひとりかしづきたまふおほむ-むすめ とうぐうよりもみ-けしきあるを おぼし-わづらふことありける このきみにたてまつらむのみ-こころなりけり
154 うちにもみ-けしきたまはらせたまへりければ さらばこのをりのうしろみなかめるを そひぶしにもと もよほさせたまひければ さおぼしたり
155 さぶらひにまかでたまひて ひとびとおほみきなどまゐるほど みこ-たちのおほむ-ざのすゑに げんじつきたまへり
156 おとどけしきばみ きこエたまふことあれど もののつつましきほどにて ともかくもあへ-しらひきこエたまはず
157 お-まへより ないしせんじうけたまはりつたへて おとどまゐりたまふべきめしあれば まゐりたまふ
158 おほむ-ろくのもの うへ-の-みやうぶとりてたまふ しろきおほうちきにおほむ-ぞひと-くだり れいのことなり
159 おほむ-さかづきのついでに いときなきはつ-もとゆひに ながきよを ちぎるこころは むすびこめつや み-こころばへありて おどろかさせたまふ
160 むすびつるこころもふかきもとゆひに こきむらさきのいろしあせずは とそうして ながはしよりおりて ぶたふしたまふ
161 ひだり-の-つかさのおほむ-むま くらうど-どころのたか すゑてたまはりたまふ
162 み-はしのもとに みこ-たちかむだちめつらねて ろく-どもしなじなにたまはりたまふ
163 そのひのお-まへのをりびつものこものなど う-だいべんなむうけたまはりて つかうまつらせける
164 とんじきろくのからびつ-どもなどところせきまで とうぐうのおほん-げんぷくのをりにもかずまされり
165 なかなかかぎりもなく いかめしうなむ
166 そのよ おとどのおほむ-さとに げんじ-の-きみまかでさせたまふ
167 さほふよにめづらしきまで もて-かしづききこエたまへり
168 いときびはにておはしたるを ゆゆしううつくしと おもひきこエたまへり
169 をむなぎみはすこしすぐしたまへるほどに いとわかうおはすれば にげなくはづかしとおぼいたり
170 このおとどのおほむ-おぼエ いとやむごとなきに ははみやうちのひと-つ-きさいばらになむおはしければ いづかたにつけてもいとはなやかなるに このきみさへかくおはしそひぬれば とうぐうのおほむ-おほぢにて つひによのなかをしりたまふべきみぎ-の-おとどのおほむ-いきほいは ものにもあらずおされたまへり
171 みこ-どもあまたはらばらに ものしたまふ
172 みやのおほむ-はらは くらうど-の-せうしやうにて いとわかうをかしきを みぎ-の-おとどのおほむ-なかはいとよからねど えみ-すぐしたまはで かしづきたまふし-の-きみにあはせたまへり おとらずもて-かしづきたるは あらまほしきおほむ-あはひ-どもになむ
173 げんじ-の-きみは うへのつねにめし-まつはせば こころ-やすくさとずみもえしたまはず こころのうちには ただふぢつぼのおほむ-ありさまを たぐひなしとおもひきこエて さやうならむひとをこそみめ にるひとなくもおはしけるかな おほいどの-の-きみ いとをかしげにかしづかれたるひととはみゆれど こころにもつかずおぼエたまひて をさなきほどのこころひと-つにかかりて いとくるしきまでぞおはしける
174 おとなになりたまひて のちは ありしやうにみ-すのうちにもいれたまはず
175 おほむ-あそびのをりをり ことふえのねにきこエかよひ ほのかなるおほむ-こゑをなぐさめにて うちずみのみこのましうおぼエたまふ
176 いつ-かむゆ-かさぶらひたまひて おほいどのにふつ-かみ-かなどたエだエにまかでたまへど ただ いまはをさなきおほむ-ほどにつみなくおぼし-なして いとなみかしづききこエたまふ
177 おほむ-かたがたのひとびと よのなかにおしなべたらぬをえりととのへすぐりて さぶらはせたまふ
178 み-こころにつくべきおほむ-あそびをし おほなおほなおぼしいたつく
179 うちには もとのしげいさをおほむ-ざうしにて はは-みやすむどころのおほむ-かたのひとびと まかでちらずさぶらはせたまふ
180 さとのとのは すり-しきたくみ-づかさにせんじくだりて になうあらためつくらせたまふ
181 もとのこだちやまのたたずまひ おもしろきところなりけるを いけのこころひろくしなして めでたくつくりののしる
182 かかるところにおもふやうならむひとをすゑて すまばやとのみ なげかしうおぼしわたる
183 ひかる-きみといふなは こまうどのめできこエてつけたてまつりける とぞいひつたへたるとなむ